【再編集】歩きながら見る桜。大横川の桜は名所となった。
<東京都江東区>

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東西線門前仲町駅から約5分、永代通りの裏手にある大横川。この名前を聞いてすぐに場所がわかる人は多くないだろう。以前は、隠れた桜の名所であったが、毎年、「お江戸深川桜祭り」も開催され、大きな盛り上がりを見せている。今となっては多くの人が訪れる桜の名所だ。船上から桜を楽しめる「和船体験」や「夜桜ライトアップ」など様々なイベントが開催されている。

 

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川沿いには沢山の桜が立ち並んでいる。この場所は公園などとは違い、座ってくつろげる場所が少ないため、皆、歩きながら花見を楽しんでいる。桜のトンネルを気が済むまで往復する感じだ。土日はビール片手に楽しんでいる人も多い。

 

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こちらはライトアップ。夜になるとサラリーマンやOLの方が多く訪れる。近くのコンビニでお酒とおつまみを買って「歩くお花見」を満喫している。桜だけではなく、提灯の灯りがゆらゆらと映る大横川にも注目してほしい。

丘陵地に発達した“どこか独特”な商家町~白市~後篇
<広島県東広島市>

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門構えや屋根、そして装飾などが、ひときわ目立っていた「伊原八郎家」。白市の町並みを散策するのであれば、必ず見ておきたい家屋だ。1915(大正4)年から約2年かけて建設されたと言われており、格子窓も豪華な造りである。※個人所有となっているため、内部の見学は不可となっている

 

細い路地を入っていくと、立派な山門がそびえ立っていた。こちらは「養国寺」。諸説あるようだが、町の起こりは中心部に建つ養国寺の門前町が起源と言われている。1184(元暦元年)年創建、当初は真言宗の寺院であったが、1500年代後半(天正年間)より浄土真宗白龍山・養国寺と称している。本堂は江戸時代に建てられ、当時のものとしては規模が大きく装飾的である。

 

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養国寺山門からの風景。丘陵地に発達した町である白市は、まさに「坂のまち」だ。

 

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さまざまな土地へ伺い、町歩きをしていると当初は注目しなかった部分にも目が届くようになった。石積みは、その一つである。その地域の伝統や知恵が凝縮されていることが多く、なかなか奥深いものがある。日本が誇る築城技術がもととなっていると言われるが、このような民家の一部分にまで活かされていることに感心した。

 

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いたるところで見かけた鳩の屋根飾り。正確な理由はわからないが、平和の象徴と言われるだけに縁起物として飾られているのだろう。また、神様と文通をするとも言われているらしく、ここ白市のみならず、日本の瓦屋根には、古くから鳩の飾りが据えられているようだ。

 

 

 

 

丘陵地に発達した“どこか独特”な商家町~白市~前篇
<広島県東広島市>

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四方八方、ゆるやかな坂が多く存在する「白市(しらいち)」は、瀬戸内地域で最古の商家町と言われる。江戸・明治・大正時代に建てられた赤瓦の家屋や神社が立ち並び、独特の雰囲気を醸し出している閑静な集落だ。江戸時代、牛や馬を売り買いする牛馬市がたてられ、最盛期には約500頭もの牛馬が集り、大いに賑わいをみせていたそうだ。

 

趣のある路地を見つけると、ついついテンションが上がってしまう。狭いところが好きという訳ではないが、路地を歩いていると何故か安心感を得られるとともに、この道を独占しているような気分にもなれる。また、この先に広がる風景にも期待が膨らむ。

 

昭和の香りが漂う食堂で昼食。やはり、広島に来たらコレ!という訳で注文した「お好み焼き豚天そばシングル」。シングルは麺が1玉、ダブルは2玉。育ちざかりの方はダブルがオススメ。焼きそばセットとメニューにあったので聞いたところ、焼きそば、ご飯、味噌汁がセットになった定食だそうだ。少々、驚いたが洋食に例えるならパスタ、パン、スープのセットと言ったところか・・・。

 

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1966(昭和41)年、国の重要文化財に指定された「旧木原家住宅」。木原家は江戸時代に酒造業や塩田業などを営み、豪商として繁栄した。西国のなかで最も古い町家のひとつとされている貴重な家屋であり、これといった装飾もなく、極めて素朴な造りで古い民家の形態をよく残している。

 

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屋内は、土間が奥まで続いており、左側は板間になっていた。板間の奥にある部屋から2階に上がる階段があり、従業員の寝室や納屋として使われていたそうだ。屋根を直接支える構法はとても珍しく「四天柱式(してんばしらしき)」と呼ばれ、江戸時代初期以降、ほとんど見られなくなった。

 

堂々とした造りである「伊原惣十郎家」は明治時代の特徴を色濃く残す家屋だ。井原惣十郎は、商人のまちである白市に居を構え、鋳物業を営み幅広く活躍した人物。京都御所の灯篭や厳島神社の青銅大灯籠を手がけたことで知られている。ただ、創業時期は明確にされておらず、口伝では1780(天明頃)年以降といわれている。現在、遺品として眼にできる作品は、厳島神社の青銅大灯籠のみである。

 

 

 

 

 

 

 

サムライゆかりのシルクから「絹産業の再生と継承」を学ぶ
<山形県鶴岡市>

NPO法人 街・建築・文化再生集団と(公社)横浜歴史資産調査会が絹遺産を継承するべく、共同で進めている「シルクロード・ネットワーク・フォーラム」。今年は山形県鶴岡市で開催。鶴岡市は日本で初めて「ユネスコ食文化創造都市ネットワーク」食文化分野での加盟が認定された。シルクのみならず独自の食文化も継承されている地域だ。

 

 

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多くの人で賑わっていた「鶴岡まちなかキネマ」。昭和初期に建設された絹織物工場「松文産業旧鶴岡工場」を大幅なリノベーションにより復活させ、映画館として再生活用している。鶴岡市民はもちろん、各地から訪れた人々をも癒す「まちなかのオアシス」である。

 

 

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トップライトから入り込む光が開放的な空間を演出していた。床にはフローリングが敷かれており、木のぬくもりが感じられるように配慮。キネマへの入り口や廊下も全て木材が使用されるといった“こだわり”がいたるところに感じられる施設である。

 

 

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約3,000人の藩士たちが開墾した地「松ヶ丘」に建つ史跡「松ヶ丘開墾場」。ここには国内最大級と言われる巨大な蚕室が立ち並んでいる。士族たちが生活の為ではなく、国への奉仕として開墾を行った例は全国に類がないそうだ。

 

 

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入り口付近にある2番蚕室の2階は、絹産業の歴史に関する資料が展示されている。戊辰戦争で降伏した庄内藩に寛大な処分を指示した「西郷隆盛」や、戊辰戦争降伏後、庄内藩の復興に尽力した庄内藩中老「菅実秀」など、絹産業の礎を築いた偉人たちについて学ぶことができる。

 

 

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1番蚕室(松ヶ丘開墾記念館)の2階もなかなか面白い。日本全国から集められた「土人形」や「土鈴」がずらりと展示されている。キツネ、鬼、天狗といった日本古来のものや、何をモチーフにしているのかがサッパリわからない珍品まで幅広い。日本一のコレクションと言っても過言ではないほど充実した内容であった。

 

 

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1階の天井には、2階に設置されている埋薪(まいしん)が見えていた。埋薪とは、床下の炉に生木をいれその上に炭火を置き蚕室を温める装置。今で言うところの床暖房である。徐々に生木が燃えることにより、長時間の暖房効果が得られたそうだ。

 

 

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新たな絹織文化の創造と展開をめざして取り組んでいる「鶴岡シルクタウン・プロジェクト」。その一環である「kibiso(きびそ)」は、鶴岡の強みを活かし、シルク産業を次世代につなげていく事を目的に開発された絹製品ブランドである。

 

 

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「きびそ」とは蚕が繭を作る際に、最初に吐き出す糸のことである。太くて不均等かつゴワゴワしているため製糸が難しく、織物には不向きとされてきた。しかし、そのゴワゴワとした素材感を活かし、従来の絹のイメージとは異なる独自の風合いを出すことに成功。また、オーガニックコットンとの融合により、kibisoブランドならではの様々な表情を作り出している。ラインアップも豊富で、定番のストールからスリッパ、傘、ブックカバーなど普段使いに役立つ商品が多いのも魅力だ。

 

 

 

天領として栄えた「飛騨の古都」飛騨高山~後篇~
<岐阜県高山市>

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「高山市政記念館」は明治28年から昭和43年まで使用された町役場である。三町の南端に位置しており、まるで一之町、二之町、三之町を見守っているかのようだ。ふたつの玄関が東西に配置されており、事務室用、2階会議場と向かう場所によって使い分けられていた。手がけたのは飛騨の名工といわれた大工棟梁「坂下甚吉」。低姿勢、丁寧さを表現すると言われる「むくり屋根」が採用されていたが、これは町役場のあり方を表現したかったのだろうか。

 

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国の重要文化財に指定されている「吉島家住宅」。かつては酒造業を営んできた家だが、江戸後期頃から生糸繭の売買などで栄えた。正面入口、奥にかけられていた「引両紋(ひきりょうもん)」がつけられていた暖簾は幕府から賜ったもので、吉島家が“みもとよろしき豪商”であったことを示しているそうだ。

 

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最大の見どころは土間の吹き抜けである。大きな梁や柱が巧妙に張りめぐらされ、高窓から入り込む光によって木の肌は色合いをかえていく。再建築を手がけた西田伊三郎の技と美意識が凝縮されており、いまだその魅力を放ち続ける「吉島家住宅」は飛騨高山が誇る日本建築である。

 

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吉島家の隣に建つ「日下部民藝館」も国の重要文化財に指定されている。かつて幕府の商人として栄えた商家で屋号は「谷屋」。当時の邸宅は明治8年の大火で焼失したが、明治12年に再建された。現在は民藝館として、高山や日下部家の歴史や文化を伝える施設として一般公開されている。一番の見どころは絢爛豪華なお仏壇。当時約300両(現在の約1億円の価値といわれる)をかけて作られたと伝わっている。

 

思わず二度見してしまった家屋。なんと歯医者であった。看板を目にしなければ、誰もが気づかないだろう。立派な松の木や景観を意識した造りが素晴らしい。歯医者を苦手とする人は多いと思うが、ここであれば“行ってみようかな”という気になるかも知れない。

 

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大新町の町並み。下三之町とは違って人が少なく古い町並み特有の静けさが漂っていた。良い町というのは、その土地を離れる時に後ろ髪を引かれる思いをする。当然、この町もそんな思いにさせてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

天領として栄えた「飛騨の古都」飛騨高山~前篇~
<岐阜県高山市>

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市の中心を流れる宮川の東に位置する二つの地区は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。三町と下二之町大新町である。江戸から明治にかけての町屋建築や当時の市民生活が感じられる貴重な街並みだ。下二之町大新町には国の重要文化財である「日下部民藝館」と「吉島家住宅」が立ち並んでいる。

 

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まずは郷土料理屋で昼食。民家を移築した佇まいが人気なのか、多くの外国人観光客が訪れていた。この店では高山ならではの郷土料理や旬の味を楽しむことができるようだ。飛騨の定番「朴葉味噌定食」を注文。牛肉と朴葉味噌の相性は抜群!もちろんご飯との相性も文句なし。

 

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こちらは定食の脇を固める煮物たち。少々、味が濃い朴葉味噌なのでこのような副菜は箸休めにちょうど良い。皿の右にあるのは飛騨の伝統料理である「こも豆腐」。わらを編んだ「こも」と呼ばれるもので豆腐を包み、出汁などで煮込むそうだ。婚礼、お祭りや法事などの多くの人が集まる時には欠かせないとのこと。

 

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「平田家」は、10代におよぶ飛騨高山の豪商で「打保屋(うつぼや)」の屋号でびんつけ油、ろうそくの製造販売を行っていた。「平田記念館」では商い道具、調度品や生活道具などが多数展示されており、豪商ならではの豪華な暮らしぶりが感じ取れる。母屋は典型的な高山の町屋建築で、外観からは想像できないほど邸内は広く立派である。

 

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飛騨地方の中央部を北に流れる「宮川」。全長は約76㎞。水量が少なく浅い川ではあるが、情緒溢れるのどかな雰囲気が心地よかった。きっと、古くから地元の人たちに愛され続けてきたのだろう。

 

 

見るものを圧倒する匝瑳(そうさ)の緑たち
<千葉県匝瑳市>

匝瑳市は、緑のまちと言っても過言ではない。亜熱帯雨林でよく見られるスダジイ(ブナ科シイ属の常緑広葉樹)が市内広範囲に多く存在し、植木に関しては生産量、樹種が日本でトップクラスを誇るのだ。

 

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こちらは平山さん宅。裏庭にある巨大スダジイは見るものを圧倒する。一般公開されているが個人宅なのでマナーには注意頂きたい。また、見学の際は維持管理協力金として200円が必要である。

 

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門を過ぎると歴史を感じさせる大きな古民家が姿をあらわす。周囲に置かれている庭石も立派で良く整備されていた。平山さん宅では都会で感じることができない、ゆったりとした時間が流れていた。

 

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裏庭へまわると、樹齢1,000年以上といわれる巨木がそびえ立っていた。この巨木が「安久山の大スダジイ」である。幹まわりは約10メートルもあり、根の部分は、上部が板のように伸びる「板根」になっている。安久山の大スダジイは県内最大級、全国でも十指に数えられる大きさだ。匝瑳市が全国に誇る巨木であり、市の天然記念物に指定されている。

 

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大スダジイの裏には「日本の里山 100選の地」との看板が。この先には、NHKの番組「日本の里山100選」に選ばれた谷津田風景が広がっている。

 

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足元に気を付けながら、道なき道を進む・・・。もしこちらを訪れるようであれば、革靴は避けてほしい。まさかの展開だったので、運動靴を履いていなかった私は、大変な思いをすることに。

 

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これぞ里山といった日本の原風景が広がる。このあたりの散策路は、地元の有志の方がコツコツと一人で切り開いたとのこと。地元愛に溢れた里山だ。また、絶滅危惧種の猛禽類であるサシバ(タカ目タカ科)が毎年、子育てを行う場所であり非常に貴重な一帯でもある。

 

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匝瑳市には約76店の造園業者が存在する。なかでも最大規模を誇る「共種園(きょうしゅえん)」にお邪魔させて頂いた。広い園内には、出荷予定である大きな植木が横たわっており、パッと見には、大きなブロッコリーのようだった。最近では、海外での需要も多く、アメリカ、ヨーロッパ、アジアに輸出されるそうだ。共種園は、80年以上続く造園業のノウハウを活かし、品質の高い植木を生み出すと評判だ。

 

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植木のみならず、九十九里に面している匝瑳市は海産物も有名である。こちらは国道沿いにある「波音(はおん)」で頂いた刺盛り。鮮度抜群で間違いなし!特に貝類が絶品であった。他にも焼き魚や揚げ物を注文したが、何を食べても美味しく、丁寧さが感じられる素敵なお店であった。

 

キラリと光る魅力が溢れるまち<千葉県匝瑳市>

匝瑳市(そうさし)の魅力は食、ふれあい、文化など多岐にわたる。そんなバラエティに富んだ匝瑳市を紹介したい。

 

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匝瑳市は九十九里浜に面しているため、新鮮な魚介類が堪能できる。こちらは「海めし」と称した海鮮丼。匝瑳市の南東側には安くて美味しく食べられるお店が軒を連ねている。魚をマヨネーズで和えた「おらい丼」(上)や10種類以上の具材がのった豪華な丼(下)などバラエティに富んでいる。

 

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「ふれあいパーク八日市場」は市民のみならず、県外のリピーターが多い人気施設だ。のどかな風景の中に佇むこの施設は、年間約120種類以上の商品が並ぶ。また、レストランでは地元ならではの郷土料理も味わえ、季節ごとのイベントも盛んに行われている。

 

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明治24年に開かれたロシア正教の教会「ハリストス須賀正教会(すかせいきょうかい)」。日本における女流作家の先覚者、「山下りん」が描いたイコン10面(県指定文化財)が所蔵されている。イコンとは、ギリシャ正教会やロシア正教会などの東方教会で礼拝の対象とした聖画像で、キリスト、聖母、聖者などを描いた板絵である。

 

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1998年、芸術家である「此木三紅大(このきみくお)」の住居とアトリエの一部を開放し設立された「松山庭園美術館」は多くの市民と観光客が訪れる人気スポット。自身が収集した名画、茶道具などが収蔵されている。四季折々の景色も楽しむことができ、庭の茂みや木の上に佇む猫たちが来訪者をもてなしてくれる。

 

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「八重垣神社」は素戔嗚尊(すさのおのみこと)をはじめ三神を祀る。豪華な彫刻が施された本殿は一見の価値あり。毎年8月に行われる祇園祭は300年以上の歴史を持ち、匝瑳市を代表する盛大な祭りだ。約20基の神輿が繰り出され「あんりゃどした!」と威勢のいいかけ声とともに練り歩く姿は勇壮だ。

 

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防風林として作られた「マキ塀」は匝瑳市内のあらゆる場所でみられる。最大のもので高さ約7m、長さ約80m、幅約2mもある。マキ塀の材料である「イヌマキ」は街路樹と生け垣では葉の密度が違うので、観察しながら散策するのも面白い。

 

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花見の名所として有名な「天神山公園」は、緑豊かな中でくつろげる公園として人気が高い。約500本(7種類)の桜が植えられている。展望台からは、太平洋や国の名勝及び天然記念物である「屏風ヶ浦」を望むことができる。

 

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長い歴史を誇る匝瑳市の伝統技術である「箕づくり」。約300年の歴史を持っている。国の重要無形民俗文化財に指定されており、木積(匝瑳市)の竹と藤を使って農耕用や製茶用に製作する。大正時代の最盛期には、年間約126,500枚が製作され、東京まで出荷されていた。「木積箕づくり保存会」による実演会や展示会が行われており、熟練の技を間近で見学することができる。

 

 

 

 

銚子定番セットの相性はいかに!ちょっとディープな銚子旅
<千葉県銚子市>

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関東最東端に建つ「石上酒造」。1844(弘化元年)年に創業した老舗酒蔵だ。大谷石造りの明治蔵、大正蔵などは関東大震災や太平洋戦争時の大空襲などの危機に耐えてきた貴重な酒蔵であり、いまだに現役で残されている。こちらの代表銘柄は「銚子の誉(ちょうしのほまれ)」。約170年もの間、地元の人々に愛されてきた生粋の銚子酒である。

 

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千葉県産の原料米を使用し、丁寧に仕込まれた酒はこの機械で絞られる。上から圧力をかける槽搾り(ふねしぼり)という方法で、手間はかかるが優しく搾るため、日本酒本来の味を楽しめるとのことだ。そして、搾られた酒は、穴に入れられた容器へ注がれたのち、濾過、火入れを行いタンクへ貯蔵される。

 

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昭和初期に造られた貯蔵タンクは全て同じ大きさに思えたのだが、当時は、まったく同じものを作る技術がなかったようで、それぞれ違った容量が記載されていた。ラベルを確認すると「琺瑯」と表記されていた。今でいうホーローである。また、販売店の住所には東京市とある。酒造りのみならず、その時代ならではの様子もご説明頂いたことに感謝である。

 

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飯沼観音の近くにある蕎麦屋「加満家本店」にて昼食。こちらは人気店らしく、12時を過ぎると大勢のお客さんが来店し、あっという間に満席となっていた。ベテランスタッフの方たちが手際よく注文をさばき、料理を運んでいる姿は見ていて気持ちが良かった。

 

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カレー蕎麦とまぐろ太巻きを注文。こちらは銚子の定番セットらしいが、さすがに量が多いため、太巻きはシェアすることに。出汁の効いたカレー蕎麦は豚肉とネギとの相性が良くリピート決定。いつまでもアツアツで食べられるのも嬉しい。太巻きも“これでもか”と言うほどまぐろが巻かれており、満足度が高い。そして、想像以上にカレー蕎麦との相性が良かったことも新たな発見であった。銚子に来たら外せないお店である。

 

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810~824(弘仁年間)年、関東を巡っていた弘法大師が開眼したと伝わる「圓福寺(飯沼観音)」。地元をはじめ全国各地の大勢の観音信者より「ちょうしのかんのんさま」として親しまれており、銚子の商店街や繁華街はこの寺を中心に形成され繁栄した。本堂には本尊である十一面観世音菩薩が安置されており、天井に多数描かれている観音様は必見である。

 

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2009(平成21)年に竣工された五重塔。総高約33.5m。澄み切った青い空につつまれた朱色が美しかった。

 

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1645(正保2)年、銚子で醤油製造を始めた「ヤマサ」。今では、日本食の普及により世界各地に工場を持つ大企業となった。一日に製造される醤油は約40万ℓ。日本を代表する醤油メーカーと言っても過言ではない。工場見学では、歴史や製造工程はもちろん、もろみが醤油へ変化していく様子を映像によるバーチャル体験で学ぶことができる。※工場内は撮影禁止です。見学の後は、せんべい焼き体験や醤油ソフトを楽しもう。不定期営業であるため食べられたらラッキーな「ぬれ煎餅やきそば」も人気である。

昔と今をつなぐ懐かしい風情を残す町並み
<千葉県匝瑳市>

チイチイこと地井武男さんの故郷である匝瑳市(そうさし)。明治時代「名邑(めいゆう)」とたたえられた旧道である本町通りには、往時の面影を残す商店が佇んでいる。

 

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東京から特急「しおさい」で約90分、主要駅である「八日市場」に到着。駅前は背の低い建物が多く開放感に満ち溢れていた。とても居心地の良い場所である。

 

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本町通りへ向かう途中にあるそば処「吾妻庵本店」で昼食をいただく事に。このお店は明治29年創業の老舗である。旅館のような大きな造りが特徴的で、店内も広く落ち着いた雰囲気だ。地元の方々にも人気があるようで、多くのお客さんが訪れていた。

 

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人気メニューは「三色せいろ」との事だったが、肌寒い陽気であったため「あんかけ」を注文。味も見た目も求めていたものとドンピシャなものが運ばれてきた!いわゆる「かき玉そば」である。あっさりした出汁と上品な風味をもったそばの相性が良い。わき目もふらずに夢中で食べ終えた後に、添えられたネギとしょうがに気付く・・・。次回のお楽しみとしようかな。

 

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鶴泉堂菓子店は天平年間(1781~89年)に創業した和菓子店。店舗兼主屋と裏に建てられている石蔵庫が国の登録有形文化財である。店舗兼主屋は昭和前期、倉庫蔵は大正時代に建てられた。東日本大震災の被害により屋根の本瓦が壊滅的な被害を受けたが、ご主人の尽力により早急な対応が行われ、見事に復活を遂げた。

 

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彩り豊かな和菓子が所狭しと並べられていた店内。どれもが美味しそうだ。

 

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当時は天井板が張られていたが改修工事を行った際、業者さんからの勧めで梁を剥き出しにしたそうだ。昭和前期の面影を残す梁と白壁のコントラストが素晴らしい。受け継がれてきた伝統の和菓子と日本の美を味わえる貴重な老舗である。

 

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黒の漆喰壁が施され、何とも言えないオーラを放っていた「坂本総本店」。こちらも国の有形文化財に登録されている。名物は落花煎餅。明治44年、皇太子(後の大正天皇)が、この地を訪れる際に、当地方名産の落花生を原料とした煎餅を創作したのが始まりで、今もなお、名物として販売を続けている。

 

秋ナスを砂糖汁で煮込んだ後、さらに砂糖をまぶした「初夢漬」は、約220年の歴史をもつ匝瑳市の銘菓である。「一富士、二鷹、三なすび」と言われる初夢の縁起物にあやかり命名された。メディアで紹介されたことにより大人気となったそうで、この日も品切れであった。初夢漬は鶴泉堂、坂本総本店で購入できるが、仕込みの時期により購入できない場合があるので確認が必要だ。

 

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「新井時計店」は昭和初期の商店街の面影を伝える遺構として貴重な建物である。モルタル塗りの典型的な看板建築で、妻面を洋風ぺディメントに仕上げている。正面上部には何かを意味するイニシャルが見られる。看板建築とは、通りに面した正面のみにデザインを施す建築様式で、関東大震災後に数多く建設された。新井時計店は昭和6年に建築されたとされており、「鶴泉堂」「坂本総本店」と同じく国の登録有形文化財である。