重厚な白壁土蔵造りが連なる美しい町並「筑後吉井」
<福岡県うきは市>

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「博多」から約1時間、「久留米駅」で乗り換えて、旅情を誘うかわいいディーゼルカーで約30分、「筑後吉井駅」へ到着します。

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駅から歩いて10分ほどで、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている古い町並の入口に着きます。土蔵造りの壁に施された紋様が、丁寧な職人技を感じさせてくれます。

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「波兎」は、日本で古くから親しまれている縁起物の図柄です。兎は月の精として神秘性をまとい、波は水で防火の意味があるといわれています。こんな建物外壁のレリーフなどを見て歩くだけでも楽しいですね。
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商家もあれば民家もある町並は、1869年の大火災を経験したあと、防火を意識して白壁土蔵が造られたのだといいます。通り沿いには、時計屋、呉服屋、和菓子屋、雑貨屋など、いまも地元のために現役で商売をしているお店が多数残っており、日本の古い景観を知るには最適の町です。

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車の多い街道を左(北側)へ折れると、人工的に掘削された水路が巡っており、この水路沿いの一帯はとても静かで、整然と積まれた石垣の上に白壁の建物が続く眺めは見事です。

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一般公開されている「居蔵の館」の中へ入ると、瀟洒な庭が見渡せる座敷など、昔の日本人の生活文化がよくわかるものをいろいろ見ることができます。

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直火で沸かした鉄の釜の湯につかる「五右衛門風呂」。この呼び名は、昔「石川五右衛門」という大盗賊が釜茹でにされたという伝説に由来するのだそうです。昭和40~50年頃までは古い家にはけっこうありましたよね。

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もう少し先へ行くと水路に沿ってあるのが「素盞鳴神社」です。楼門の先に千鳥破風を持つ入母屋造りの拝殿があり、とてもひっそりとしていますが、いかにも神様が鎮座されているという雰囲気です。いわゆる観光地としての賑やかさはありませんが、そこがこの町の魅力です。

古くからの大陸への玄関口、「博多」を散策する
<福岡県福岡市>

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地元で「お櫛田さん」と呼ばれている「櫛田神社」は、福岡を代表する祭り「博多祇園山笠」が奉納される神社です。「天照皇大神(大神宮)」、「大幡主大神(櫛田宮)」、「素戔嗚大神(祇園宮)」がお祀りされています。

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毎年7月の「博多祇園山笠」は、絢爛豪華な人形を飾る「飾り山」と勇壮に街を運行する「舁き山」が主役です。この日は、「ユネスコ無形文化遺産登録記念行事」で使われた「素戔嗚」の人形が、特別に飾られていました。すぐ間近で見るとすごい迫力です。

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池の中央にある中の島へ渡る長い橋と浮見堂が美しい「大濠公園」は、とても広々として気持ちのいい緑地です。池はかつては「福岡城」の外堀だったそうです。

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「博多」の街の成り立ちは、古代より大陸へ開いた湊であったことに由来します。「博多ポートタワー」は全高100m、地上70mの展望室からは港全体を見渡すことができ、この街が発展した理由を想像することができます。

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「福岡市文学館」は、1909年に竣工した歴史的建造物です。ドームと小塔のある銅板葺きの屋根、赤煉瓦に白い花崗岩を配した外壁は、19世紀末の英国様式を応用したといわれ、とても美しい建築物です。

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そのすぐ裏手にあるのが、この「水鏡天満宮」です。天満宮は日本中にたくさんありますが、恨みを抱いて怨霊になった「菅原道真」の魂を鎮めるための神社だといわれます。ここは都市のなかにひっそりとありますが、境内には神聖な空気が漂っています。

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「アクロス福岡」は、海を越えてアジアと交流する情報拠点として造られた複合文化施設です。都会のオアシスとして潤いと安らぎを!というテーマで、階段状の屋上が全面緑化され、たくさんの植物が生い茂っているのが特徴です。

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1910年に建てられた「旧福岡県公会堂貴賓館」は、フレンチルネッサンス風の洋風木造建物で、貴重な文化財として保存されているものです。八角の尖塔、スレート葺きの屋根、ベランダ、玄関ポーチの石柱など、とても印象的で美しい建物です。

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さて「博多」の名物と言えば、なんといっても「辛子明太子」です。「スケトウダラ」の卵巣を辛子の入った調味料に漬け込んだものですが、ご飯との相性はベストマッチで、これだけで何杯でもお代わりできます。

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近年、「博多」土産として大人気なのが、この「めんべえ」です。明太子とイカやタコを、独自の製法で直接練り込むことにより、魚介の旨みが凝縮されたせんべいになっています。おやつとしても、お酒のあてとしても、おすすめの一品です。

「大阪」を代表する繁華街「道頓堀」は娯楽の宝庫!
<大阪市大阪市>

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「大阪」は「くいだおれ」の街と言われますが、「大阪」の食といってまず思い浮かべる場所は、この「道頓堀」でしょう。江戸時代の都市計画により芝居小屋が集められたのが、繁華街形成のきっかけとなったようですが、一帯にはたくさんの飲食店や劇場などが集まり、飽きることなく一日遊ぶことができる街です。

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「道頓堀」は、この「道頓堀川」という運河に沿ってできた街です。「とんぼりリバークルーズ」の船に乗って、水上から景色を楽しむのが、いま人気のアトラクション。川面から見上げると、色とりどりの看板が、芝居の書割のように流れていきます。

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「大阪」の名物といえば「たこ焼き」です。小麦粉の生地に薬味そして蛸を入れて球形に焼いたものですが、焼き立ての熱々に甘辛いソースと青海苔や鰹節をかけて食べます。ほおばると、口中がおいしさでいっぱいに!

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「たこ焼き」の店を示す、グロテスクかつユーモラスな蛸の看板が、あちこちにあって面白いですね。

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こういうド派手な看板の草分けともいえるのは、この巨大な蟹です。まさに「道頓堀」の象徴のひとつ。なんでも目立ったほうが勝ちだという大阪文化のエッセンスが感じられます。

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この「551蓬莱」の「豚まん」は、いまや大阪土産としては大人気の一品です。いわゆる本格的な中華まんとはちょっと違い、日本風にアレンジされたものですが、他の「肉まん」とは一味も二味も違います。「豚まん」と呼ぶところに大阪らしいユーモアも感じられます。

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いまはたくさんの支店があって、いろんな場所で買うことができますが、古くからここにある「戎橋筋」のお店が「551蓬莱」の本店です。

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さて、「戎橋筋」からすこし脇に入ったところが、「法善寺横丁」。この一角だけ周囲とは違って落ち着いた雰囲気です。ここにある「水掛け地蔵」は、全身が苔で覆われています。地蔵さんに水をかけて願を掛けると願いが叶うとされていて、長年たくさんの人が願掛けに来たからですね。

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このあたりで夜の飲み屋街として有名なのが「宗右衛門町」。バーやクラブをはじめ多くの飲食店がひしめいています。魅惑的な夜を楽しむなら、この界隈がおすすめです。

もっとも「大阪」らしい「大阪」、「通天閣」&「新世界」
<大阪市大阪市>

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もっとも「大阪」らしい場所といえば、やはりこの「通天閣」界隈でしょう。日本でもっともアジアンな街といいかえてもいいと思います。どぎつい色の看板が折り重なる向こうに、「大阪」の象徴「通天閣」が見える光景は、とっても懐かしさを感じるレトロな風景です。

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1912年にパリのエッフェル塔に倣って造られた初代「通天閣」は火災にあって撤去され、現在の塔は1956年に再建された二代目で、高さは約100メートルです。もちろん通天閣の価値は、高さにあるのではなく、地元の人たちの大切なシンボルだというところにあります。

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この「通天閣」の周囲に広がる繁華街が「新世界」と呼ばれます。たくさんの飲食店や洋品店などが立ち並び、雑然とした雰囲気のなかでこれでもかと目立つ工夫をした看板を見て歩くだけでも楽しめます。

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いまでは「大阪」発グルメの定番ともなったのが、この「串かつ」。その発祥地が新世界だとされています。「串かつ」は、肉や魚介や野菜などさまざまな素材を一口大にして串に刺し、パン粉をつけて油で揚げたものですが、なんといっても旨さの決め手はソースです。日本中でこの串カツが有名になったきっかけは、“ソース二度漬け禁止”という張り紙の面白さでした。もともと下町の食べ物ですので、ソースは共用が当たり前で、一度口に入れた「串かつ」をまたソースに漬けると不衛生だ・・という理由なのですが、そんな当たり前のことを張り紙にするというところが、いかにも大阪らしいユーモアだということで他エリアの人も興味をもったようです。もちろん張り紙をしないと実際に二度漬けする人がいるというのも大阪らしさなのですが。

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いまやこの「串かつ」は大人気で、ジャンジャン横丁にある有名店「八重勝」は、ごらんの通り朝から大行列なのです。

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最後に忘れてはならないのが、この「天王寺動物園」、新世界のすぐ東側に隣接しています。猥雑な歓楽街と家族向けの動物園という組み合わせが、また面白いところです。東京の浅草とも似ていますが、この界隈は懐かしさの溢れるワンダーランドであり、我が国の庶民文化を象徴する場所だといえるでしょう。

「天王寺」から「なんば」まで、新旧の大阪をめぐる
<大阪市大阪市>

「大阪」で、北といえば「梅田」の周辺、南といえば「なんば」の周辺を指します。「梅田」周辺の歓楽街は「北新地」といいますが、北は比較的新しい街で、古い大阪の街は南にあるといってよいでしょう。

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「JR天王寺駅」から歩いて10分ほど、「四天王寺」は日本でもっとも古い寺院のひとつで、中国や朝鮮の建築様式が色濃く残る貴重な文化財です。この寺院を建立したとされるのは、中国から伝来した仏教を日本に広めた偉人として、かつては一万円札の肖像になっていた聖徳太子です。

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広い境内には、中門・五重塔・金堂・講堂など見どころがたくさんあります。なかでも、面白いと思ったのがこの無縁塔と呼ばれるお墓です。他所ではあまり見かけません。墓石がまるでピラミッドのように三角に積み上げられています。

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「四天王寺」から少し南西に歩いたところにあるのが「天王寺公園」です。広い公園内をちょっと散策してみましょうか。ちょうど「河底池」にかかった朱塗りの「和気橋」のうえから、現在高さ300メートルでビルとして日本一を誇る「あべのハルカス」が見えます。周辺に高いビルがないので、青空に屹立している姿が印象的でした。

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「天王寺公園」から「なんば」へ向かう途中にあるのが、地元で親しみを込めて「えべっさん」と呼ばれる「今宮戎神社」。毎年1月10日には「十日戎」という祭礼があって、たくさんの人出で賑わいます。大阪は昔から商業の街、戎様は商売の神様として知られ、「商売繁昌で笹持って来い!」という掛け声とともに、たいへんな盛り上がりを見せることで有名です。

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さて「なんば」は大阪南の中心、とりわけ「なんばパークス」は、段丘状のビル屋上に約40,000株の植物が配された「パークスガーデン」が目玉です。都心の中空に出現する緑の公園が、おしゃれな空間を演出しています。

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ビル内には、ショッピング・レストラン・映画館など、さまざまなアミューズメントが満載。天気がよければ、ぜひとも開放的なテラス席で、食事やお茶を楽しみたいところ。自由に座れるベンチなどもありますから、気になるものを買ってきてここで食べるのもおすすめです。

地上173メートル、視界360度の空中庭園「梅田スカイビル」 
<大阪府大阪市>

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近くから見ると、エレベーターや連絡通路などが剥き出しになっていて、近未来を感じさせるデザインがとてもカッコいい!「大阪駅」周辺のランドマークになっている「梅田スカイビル」は、ツインタワーの屋上に展望台が乗った不思議な形のビルです。

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真下から見上げると、ガラス面の映像と実像が折り重なって、複雑な幾何学文様を構成するさまが、いよいよ未来の都市空間をイメージさせます。これからこの上に登るのだと想像するだけでワクワクしてきますね。

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ガラス張りのエレベーターで35階へ向かい、そこから空中庭園までは、チューブ型シースルーの長~いエスカレーターに乗ります。ビルの下から見上げた時、まるい輪の中へ斜めに突き入っている構造物がこれです。まるでSF映画にでてくる宇宙ステーションのようで、中空へと登ってゆく期待感がさらに高まってきます。

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屋上の回廊「スカイ・ウォーク」からは、「大阪」の街をまるごと眺望することができます。高層ビルやタワーの展望台は、どこでもガラスの向こうに見える景色ですが、ここはオープンエアなので、開放的な光と風を満喫しながら、360度のパノラマ・ビューを心ゆくまで楽しめるのです。「大阪」は古くから水の都、八百八橋と称するほど橋が多いのですが、ちょうど北側にはたくさんの橋梁が掛かった「淀川」を望むことができます。

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内側へ目を転じると、エスカレーターのチューブ、円形の回廊型ラウンジ、その遥か下方に街が箱庭のように見え、うっかりすると平衡感覚を失ってクラクラしてしまいそう。また夜になれば、都市の夜景に浮かぶ空中庭園はダイヤモンドリングのようで、足元には光る道「ルミ・スカイ・ウォーク」が現れ、とても幻想的なムードに包まれるのだそうです。恋人たちには最高のデートコースでしょうね。

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さて、このビルのもう一つの目玉は、地下のレストラン街「滝見小路」です。大正・昭和時代のレトロな街を、人工的に再現した街が、さまざまなレストランになっているのです。たしかに数十年前の日本の街は、こんな感じだったと、深い郷愁を感じさせる風景です。

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店はたくさんあって、よりどりみどりですが、この日はちょっとレトロなランチにしました。甘辛い焼肉と半熟の目玉焼きがベストマッチ、懐かしい味を堪能しました。

日本のシルクロードと桜を巡る南東北の旅
<福島~山形>

明治から昭和にかけて日本の近代化を支えた絹産業、養蚕~製糸~機織などの絹産業はその当時全国各地に広がっていました。その絹産業の盛んだったエリアのうち、今回は福島~山形を巡る旅をご紹介します。
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東北新幹線の郡山からスタートして二本松・福島(宿泊)、山形新幹線で米沢・山形・蔵王(宿泊)、そして仙山線で山寺を経て仙台へというルート、2泊3日を想定します。四季折々それぞれの魅力があるエリアですが、桜を巡る旅はまた格別です。

 

モデルコースのご案内

<1日目>

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<2日目>

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<3日目>

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■関連記事リンク


■二本松の記事:        

■福島の記事 : 
 
■米沢の記事 :

 

■山形の記事 :
 

 

※行程表の所要時間は乗車時間の目安です。また、この行程で各記事に記載された場所をすべて回れるわけではありません。

 

 

 

 

 

絹産業の中心地だった福島、春の花見山はまさに桃源郷
<福島県福島市>

福島市一帯は、旧信夫郡と旧伊達郡にまたがるので信達(しんたつ)地方と呼ばれる。小倉百人一首の「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに」という歌の“しのぶ”は、この信夫という地名と忍ぶ恋をかけてある。文知摺(もちずり)とは、乱れ紋様をつくる染色技法で、当時の都人は遠い陸奥の風物に遥かなロマンを感じていたのではないだろうか。
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信達地方は、幕末から養蚕が盛んになり、戦前は福島盆地全体に桑畑が広がっていたという。いまや東北有数の桜の名所となった「花見山公園」も、もとは養蚕農家が副業として花を栽培したことに始まる。公園と呼ばれてはいるが、ここはいまも花卉園芸の畑(私有地)であり、地主の厚意により公開されているものである。畑なので、花の種類が多様で手入れも行き届いており、春にはまさに“桃源郷”と呼ぶにふさわしい。
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福島盆地は全国でも珍しく、盆地のまん中に、小山「信夫山」がぽっこり浮かんでいる。盆地が陥没したときの残丘だそうだが、この中腹にあるのが「岩谷観音」。平安末期~鎌倉時代に起源がある磨崖仏群である。
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信夫山の上には、ねこ神社こと「西坂稲荷」がある。昔ここに住んでいた悪さをする狐の伝説と、ネズミからカイコを守る養蚕の守り神=ねこが、いつしか結びついて「ねこ稲荷」と言われるようになったそうだ。いまは“ねこを幸せにする稲荷”として親しまれているので、ねこファンの人はぜひ訪れてみたい。
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ここ福島は、東北初の日本銀行出張所(のちに支店)が開設されたところ。それはここが、絹産業の中心地として、物資やカネが集積するとろだったからだ。その日銀支店長の役宅として昭和2年に建てられたのが、この「御倉邸」。かつての日本建築の雰囲気を楽しむことができる。
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養蚕王国だった福島は、戦後の絹産業衰退にともない、桑から果樹への転作が進み、いまは果樹王国といってもいい。なかでも桃は、山梨に次いで生産量が全国2位。桃といえば福島、当地を代表する名産品である。
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では、ちょっとローカル線の旅を楽しもう。ということで、福島交通の飯坂電車「いい電」に乗る。終点の二つ手前が「医王寺前」駅。「医王寺」は、当地を治めた佐藤氏の菩提寺で、安置される薬師如来は空海の作と伝わる。また、奥の細道の途次で「笈も太刀も五月にかざれ紙幟」と、芭蕉がここで詠んだ句の碑もある。笈(僧が背負う木製の箱)は弁慶のもの、太刀は義経のものとして寺に伝わったもので、笈はいまも宝物殿に展示されている。
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「いい電」の終点は、「飯坂温泉」。温泉の起源は縄文まで遡るといわれ、ヤマトタケルがこの湯で癒されたという伝説もある。ほかにも、芭蕉はじめ、西行、正岡子規、与謝野晶子、ヘレンケラーなど、多くの文化人・有名人が訪れている。古くから東北を代表する温泉といっていいだろう。山中の秘湯も魅力があるが、こういう歴史的由緒のある温泉で、先人の業に想いを馳せてみるのもすばらしい。

上杉の城下町として発展した米沢、素晴らしい文化の魅力
<山形県米沢市>

イザベラ・バードが「日本奥地紀行」で、“アジアのアルカディア”と絶賛した豊かで美しい平野、その南の中心が米沢である。
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長井・伊達・蒲生・直江と城主がかわり、その後は上杉の城下町として発展してきた。城址は、いまは松が岬公園として開放されている。
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春には約200本の桜が咲き乱れる花の名所として市民に親しまれている。
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その公園の中央にあるのが、上杉謙信・鷹山を祭神として明治9年に建立された上杉神社。境内に上杉氏ゆかりの文化財を収蔵する稽照殿があり、隣には上杉博物館もある。
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財政の逼迫していた米沢藩を救った名君といえば上杉鷹山。鷹山は、まず「大検約令」によりムダを省くことから藩政改革を進めるが、それだけなら誰でも思いつくことで、その後の目覚ましい産業振興が歴史に名を残した理由だ。とくに「養蚕手引」を発行して、養蚕・絹織物を産業化した手腕は特筆に値する。
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濠を挟んで元二の丸跡にあるのが「旧上杉伯爵邸」。明治29年に建てられ、その後火災で焼失して、大正14年に再建された邸宅。その豪壮なつくりは一見価値がある。見学だけでなく、「かてもの」を受け継いだという当地の郷土料理がいただけるのがうれしい。「かてもの」とは、凶作の備えとして鷹山がつくった食のガイドブック。山野の草木・果実約80種の食法や栽培方法などが詳しく書かれており、飢饉の際に大きく役立ったという。
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市内に見られるこの「うこぎの生垣」も、その鷹山の知恵が生んだといわれる。うこぎは、春から初夏にかけての新芽を、おしたしや天ぷらにして食べることができる。いざという時の備えとして、生垣にも食材をという、鷹山の周到な発想力に脱帽!
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城址を背にして東へ向かうと、瀟洒な洋風の建物が見えてくる。「九里(くのり)学園高等学校」の校舎で、昭和10年の建造、いまも現役だそうだ。学園の創設者は、九里とみ。裁縫を教える塾が評判となり、明治34年県内でもっとも古い私立学校として開校された。「校舎はただの箱ではない、こういう教育をしたいというメッセージ」そう語る現校長の言葉に、米沢の深い文化を感じる。
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さらに東へ向かうと、「米沢織物歴史資料館」や「米澤民藝館」などがあり、その先にあるのが「東光の酒蔵」。銘柄「東光」を造る小嶋総本店は、慶長2年(1597年)創業、“禁酒令”が出されても酒造りが許された数少ない造り酒屋のひとつだったそうだ。東北一といわれる140坪の大きな土蔵に展示された、昔ながらの酒造りの道具などを見ることができる。
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さてこんどは少し西へ行くが、国史跡の上杉家廟所はぜひ見ておきたい場所。森閑とした杉木立のなかに、越後より移されたという謙信公から十二代藩主までの廟屋が整然と並んでいる。
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廟所の近くにある「染織工房わくわく舘」では、米沢織と紅花染めの体験ができる。
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直江兼続がはじめ、その後上杉鷹山が本格的な産業として確立した「米沢織」。養蚕や紅花栽培を奨励し、京都から織物師を招いて研究するなど、養蚕から染色・機織まで当地で一貫生産する伝統が培われた。ちなみに“日本で初めて”人工絹糸(レーヨン)を開発した帝人株式会社は、ここ米沢で産声を上げた会社。米沢は、古いものを大事にし、同時に新しいものをも生む、伝統文化の厚みが蓄積されたまちである。

さくらんぼの国・山形を散策、そして蔵王、山寺へ
<山形県山形市>

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城郭が霞で隠れて見えなかったので、「霞ケ城」あるいは「霞城(かじょう)」と呼ばれたという山形城。現在は二の丸など一部が残っているが、往時には全国でも有数の大きな城で、日本百名城にも選定され、国の史跡になっている。
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春には約1,500本の桜が咲き誇り、堀に覆いかぶさる姿は江戸城・千鳥ヶ淵のような美しさ、山形を代表する花の名所である。
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「文翔館」は、大正5年に県庁・県会議事堂として建てられた、大正期の洋風建築を代表する煉瓦造りの建物。国の重要文化財であり、現在は山形県郷土館として一般公開されている。
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さて山形といえば、いちばんに思い浮かべるのは“さくらんぼ”だろう。もちろん県別生産量では、山形が全国1位。横綱は佐藤錦だろうが、紅秀峰はじめたくさんの種類が栽培されており、現地で食べ比べてみれば、お気に入りの一品が見つかるかもしれない。
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餅の食べ方は、全国各地さまざまな特徴があるが、この「納豆餅」はかなり個性的だろう。つきたての餅に、納豆とネギとしょうゆだれ。シンプルだが、モチモチとネバネバの絶妙の組み合わせ。口中がヌル・モチ・ネバの食感で満たされる幸せ。
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某テレビ番組でも有名になった「冷やしラーメン」、発祥は市内のラーメン店・栄屋本店で、夏はラーメンも冷たいのがいいという客の要望で開発されたのだという。いわゆる“冷し中華”や“冷麺”とはまるでちがうもの。まさにラーメンの冷たいやつ。スープの脂が固まらないようにするのに苦労したのだそうだ。
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開湯は1900年前という由緒ある「蔵王温泉」、川のせせらぎを聴きながらゆったり浸かれる写真の「蔵王大露天風呂」はじめ、3つの共同浴場、3つの足湯、5つの日帰り温泉施設がある。風情のある温泉街を散策するのも楽しい。
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標高約1,660mに鎮座する「蔵王地蔵尊」は、37年かけて1775年に造立されたといわれ、それから遭難者が減ったので“災難よけ地蔵”と呼ばれるようになった。いまでも災難よけ祈願のために訪れる人が後を絶たないそうだ。
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蔵王を象徴するこの「御釜」、荒涼とした火口に湛えられた水が、とても神秘的。水温は10数mの深度で2℃まで下がるが、それより深くなると温度が上がるという、世界でも稀な湖。太陽光の変化によって、さまざまに色を変えるのも、また不思議。
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スノーモンスター「樹氷」、寒い山ならどこでも見れるわけではない。日本海から吹く水蒸気を含んだ風は、まず西側の朝日連峰に雪を降らせ、山形盆地をわたって蔵王連峰を上昇する。そのとき雲は0℃以下でも凍らない過冷却水滴というものを含む。それがアオモリトドマツにぶつかって凍りつく。そこへ雪がつく、また水滴が凍りつく、その繰り返しで固ってゆくのだという。昨今は夜にライトアップもされる。とっても幻想的な世界。
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さて、山形駅から仙山線に乗って15分ほど、山寺の駅を降りると「立石寺」。「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」芭蕉がこの名句を残したところ。奥の院へむかう参道は、いくつもの堂塔を巡るように杉木立のなかを登る石段がつづき、時が止まったような静寂に支配されている。そして、まるで天空へ昇るかのように、奇岩の山肌に建つ開山堂の景観は、まさに絶景としかいいようがない。