【再掲】荘厳な神事に続く熱狂の祭事「信州下諏訪 お舟祭り」
<長野県下諏訪町>

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長野県のほぼ中央に位置する諏訪湖。その諏訪湖の北側に位置する下諏訪町は、かつての中山道と甲州街道が交わる要衝地であり、宿場町として栄えた地域である。なかでも御柱祭りで有名な諏訪大社下社の春宮・秋宮周辺は当時の名残りが色濃く残り、いまでも神社を中心とした地域社会が残されている。そんな宿場町で生まれ育ったという山田昌宏さんに、下諏訪の名所や見どころを案内していただいた。

 

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suwa08_07諏訪大社下社で毎年8月1日に行われる「お舟祭り」は、御霊代を春宮から秋宮へ遷す神事に続き、翁媼人形を乗せた柴舟を曳行する祭事が行なわれる一大行事。御柱祭ほど全国的な知名度は無いが、地域の人々には生活の一部になっている祭りで、8月1日は下諏訪にある会社はお休みになるところが多いという。盛夏に行われる非常にアツいお祭りだ。

 

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メディアで紹介されるお舟祭りは、そのほとんどが春宮を出発する午後からだが、実は朝からも様々な行事が行われている。案内人の山田さんと待ち合わせた秋宮では、神官や白装束に身をつつんだ氏子衆が多数集まっており、蝉の鳴き声が響くなか荘厳な神事が粛々とすすめられていた。

 

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集まっているのは秋宮にお遷りになる神様をお迎えにいく人々で、目算ではお稚児も含めて200人以上。神様が乗る御神輿をはじめ、旗・槍・薙鎌など、多くの道具を連なって運ぶのである。それぞれが運ぶものは当日の朝に籤(くじ)で決められる。案内人の山田さんは御神輿を引き当て、「重くて大変だら」と言いながらも興奮気味。取材のタイミングで大当たりをひく強運を見せてくれた。これは日ごろの奉仕に対する諏訪の神様のはからいなのだろうか?

 

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お迎えの行列は旧中山道を通って春宮へ。温泉宿街など昔の情緒が残る町並みを伝統的装束に身を包んだ人々が粛々と歩く様は現代感・現実感が薄く、まるで物語の一部か白昼夢のよう。このお迎え時には観光客もほとんどおらず、見世物ではない伝統や信仰を感じることができる。

 

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それにしても、炎天下に1km以上の距離を運ぶのはかなりの負担になるはず。しかし、ご奉仕する氏子にとっては、大変な名誉であり誇りであるようだ。このような地域の人々の思想があるからこそ、伝統が守られていくのだろう。そして、諏訪一帯の人々はその思いがとても強い。

 

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お迎えの行列が春宮に着くころにはすでに多くの氏子衆が詰めかけ、それぞれがお舟の回りに陣取っていた。お舟祭りの開始までは時間があるのだが、見物客やメディア、警察官・消防官などのセキュリティ関係者も続々詰めかけ、境内の熱気と興奮はどんどん高まる一方。春宮内は身動きするのも大変な人数に。

 

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柴舟は長さ10m、重さ5トンという大きさで、御頭郷(おんとうごう)と呼ばれる祭りの担当地区の氏子数百人が中心となって御柱祭さながらに曳行。ただし、担当地区以外の人もお舟からでている長い綱に紐をかけて引っ張ることはできるようで、境内の外まで続いた綱にも多くの人が張り付いていた。パッとみただけで1000人以上の人が、お舟の出発をいまや遅しと待ち構えているのである。

 

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午後2時近くになると、先ほど秋宮からきて御霊代(みたましろ)をお迎えした行列が、ギャラリーを割るように出発。舟の上に白面の翁媼人形が載せられると、神職が祈りを唱え、周囲に塩をまくといよいよ出発の刻。先行する行列に続いてお舟が動き出すと、いままでの粛々とした雰囲気から熱狂的雰囲気へと一変する。

 

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乗っている人はもちろん、取り巻く人々も見事に揃った掛け声をあげ、少しずつ舟は進む。驚いたのはギャラリーと思われる人々のほとんどが掛け声合わせることができることで、まさに地域の人々に浸透しきっているお祭りなのだと感じた。初めて訪れた者には、なんと言っているのかさえ判別が難しいのだが…。

 

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suwa08_26春宮を出た舟は参道である大門通りを南下し、秋宮の参道となる大社通りで東に向きをかえて秋宮へと向かう。距離にして1.7㎞ほどを、誇らしげな掛け声とともに3時間以上かけて曳行するのである。じっくりと見せつけるような超低速で、熱狂をもたらしながら進むのだ。

 

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お舟から前に伸びる綱にはいくつもの紐が結ばれており、数百人という規模の人々がそれを引き曳行を手伝う。重さ5トンを大勢で引っ張る一体感はかなりのものだ。それにしても、柴舟自体は諏訪湖と結びつけて考えられそうだが、翁媼人形を乗せている意味が分かりづらい。聞いてみると、そこらへんは地元の人でも様々な意見があり、決定的な説はないらしい。機会をいただいたので自分も引っ張らせてもらったのだが、なぜ綱ではなくわざわざ紐をつけて引くのかも疑問に感じた。地域の歴史の積み重ねがない身にとっては、なかなか不思議が多い祭りでもある。

 

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それだけに、観光や見物で訪れれば「下諏訪ならでは」のモノや刺激と遭遇できるといえる。山田さんに案内していただいた数日間で、諏訪の名所やそこに住む人々、コミュニティの特異性をはっきりと感じる事ができた。天下の奇祭と名高い「御柱祭」や、今回紹介した「お舟祭り」はもちろん、諏訪大社を中心に据えた生活様式や伝統が日々の生活にまで浸透し、独自の文化を醸成しているのである。旅に日常と異なるものを求めるなら、下諏訪町は足を運んでみるべき地域のひとつだ。

四方の壁面に30振り以上がズラリ! 神性すら漂う日本刀の美
<東京都墨田区>

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両国駅から国技館や江戸東京博物館をこえたところにある旧安田庭園。ここは元禄年間(1688-1703)に大名庭園として造られ、安政年間(1855-1860)に入ってから、潮入回遊式庭園として整備されたと伝わっています。現在は墨田区の管理のもと無料で開放され、多くの人が江戸時代から続く文化を味わえるスポットになっています。

 

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潮入の池とは水位によって変化する景観を楽しむ仕掛けで、昔は隅田川の干満を利用していたそうです。現在の旧安田庭園ではポンプによって水位を変化させ、昔ながらの風情をうみだしています。ゆっくり一周してみると、静的で美しい空間を見ながら、聴覚では都会の喧騒を感じるという、珍しい体験が味わえました。

 

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安田庭園の北側に隣接しているメタリックな外観の建物は2018年1月にオープンした刀剣博物館。これぞ我が国の文化という日本刀を中心に保存・公開、さらに情報を発信している博物館です。江戸東京博物館・国技館からも徒歩数分なので、ぜひ足を運んでみてください。

 

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専門的が高いため、まずは入り口で渡してくれる「日本刀の基礎知識」という冊子に目を通しましょう。展示場に向かう途中にも、刀の特徴や鑑賞方法などの掲示が充実。こちらも読み込めばより鑑賞を楽しめます。

 

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緩やかな曲面の天井が特徴的な展示室では、四方の壁面にあわせて30振り以上の刀身、室内のケースには主に刀装具が展示されていました。他の博物館や美術館では、これほど多くの刀を一度にみられることはほとんど無いでしょう。

 

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刀剣がズラリと並んだ様はまさに圧巻。地金や波紋といった繊細な特徴も、まとめて間近で見ることで違いが理解できます。

 

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その本質は武器であるのに美術品にまで昇華した刀には、日本が誇るモノづくりの神髄が凝縮されているのでしょう。信仰対象や権威の象徴にもなってきた日本刀を目の前にすると、神聖なものと対峙している気分に。神域の雰囲気すら漂う刀剣博物館の展示場は、ココでしか味わえない体験ができます。

宇宙船? タイムトラベル? SF的演出が漂う江戸東京博物館
<東京都墨田区>

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JR両国駅から徒歩1分の国技館と並ぶように建つ江戸東京博物館。「江戸東京の歴史と文化をふりかえり、未来の都市と生活を考える場」として1993(平成5)年3月に開館し、近年は東京の観光名所のひとつとして定着している感があります。地下1階・地上7階だての巨大な建物は「高床式の倉」をイメージしているそう。しかし、個人的な印象は宇宙船または4本足の巨大生物…いずれにせよ江戸・東京っぽくはないですが、造形を見るだけでも面白い特徴的な建物です。

 

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チケットはホテルのような1階エントランスから入った所にあるチケット売場や、建物3階にある江戸東京ひろばで購入。常設展と特別展では料金が異なりますので、お出かけ前に確認してください。

 

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展示場へはエレベーターかエスカレーターで向かいますが、特にこだわりが無いならここはエスカレーターで。SF漫画の巨匠・松本零士さんが描くメカのような入口を通って乗るエスカレーターは、なんだか宇宙船に吸い込まれていく気分に。館内に入ってからはやや薄暗くなり、様々な絵や展示品を眺めながらゆっくり進みます。距離も長いので、ちょっとしたアトラクション気分で楽しめます。

 

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展示室に入ると、広々とした空間に驚かされます。 細長いエスカレーターを通ってきたギャップもあってか、館内とは思えない開放感を感じるハズです。 そして、まず目に飛び込んでくるのは実際の大きさで復元された日本橋でしょう。想像していなかったダイナミックな展示は、いきなり昔の町にタイムスリップしたかのような錯覚を味わえます。

 

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橋を渡って右側が東京ゾーン・左側が江戸ゾーンと分かれていて、東京ゾーンは時系列・江戸ゾーンはテーマに沿って見ごたえある展示が並んでいます。主な内容は、その時代を生きた「普通の人々の生活」。実際に使われていたものや復元モデル、ミニチュアなどを用いたリアルな展示が、当時の生活・文化・風習を思い描く手助けをしてくれます。

 

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子供の頃はもちろん、両親の若い頃やそれ以前の先祖など、各時代の人たちがどのように生きてきたのかを想像させる展示は、すべてが自分に繋がっていると感じさせます。そして、自分たちがいる「今」もこうして展示されるようになるのだと、時の流れを意識。ポケベルや携帯電話などもすでに展示物の仲間入りをしていたので、「数年後にはスマートフォンもこの中に入るのだろうなー」なんて思ったりしました。

 

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帰りのエスカレーターでは、いままで見てきた展示とのギャップが…。過去の展示から現代に戻ると、次はこの都市の未来や漫画や映画などで描かれる「TOKYO」を想像する人も多いのではないでしょうか?  様々な楽しみ方ができる江戸東京博物館、町旅的には「時を越える感覚を味わえる」スポットとしてオススメさせていただきます。

国技館を要に広がる相撲のまち
<東京都墨田区>

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当時は武蔵国と下総国の境界だった隅田川にかけられた大橋が、人々から両国橋と呼ばれ、それが地名にまでなったと言われる両国地域。もとは橋の西側(江戸方面)が本両国、東側は東両国(向両国)と呼ばれていましたが、写真の両国駅(1904年に両国橋駅として)開業や国技館の設立にともない、だんだんと東側が「両国」としてのポジションを確立していったそうです。相撲の町として有名ですが、近年は歴史・文化をたっぷり堪能できる地域として、日本人はもちろん訪日外国人にもとても人気のあるエリアになっています。

 

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両国駅を降りると、1984年(昭和59年)に完成し1985年大相撲1月場所から使用されている両国国技館が目の前に。ほぼ駅直結といっていい近さです。国技館といえば相撲の開催場所というイメージですが、ホームページには「厳粛さを、熱狂を、自在に演出する多目的ホール」とあり、コンサートや物販などのイベント、さらには企業式典や私的行事にも使うコトもできるそう。2020東京オリンピックではボクシング競技の会場としても使われる予定です。

 

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あまり知られていないようですが、国技館は相撲やイベントの無い日は無料で入場可能。国技館の看板が掲げられた正門周辺は自由に見て歩くことができ、記念撮影用の力士パネルや顔出しパネルも数カ所に設置されています。

 

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さらに、建物の一角に設けられた相撲博物館も無料で見学できちゃいます。取材時に開催されていたのは1月に引退したばかりの「72代横綱 稀勢の里」特別展。つい最近まで使われていた化粧廻しや太刀などを至近距離で見られるのは相撲博物館ならではでしょう! 最近話題になった「アメリカ合衆国大統領杯」も展示されていました。相撲博物館では、常設展示はなく企画展を年6回行っているそうなので、訪れるたびに新しい出会いや発見がありそうです。

 

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博物館を出たら売店にも立ち寄るのがオススメ。以前は本場所を観戦した人だけが購入できたという大相撲グッズがズラリと並んだ店内は、見るだけでも楽しくなってきます。記念撮影して、相撲博物館を見て、館内売店まで行くと結構観光した気分になれますよ。両国を訪れるならまずは国技館を覗いてみてはいかがでしょう。

 

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で、国技館を見て食べたくなるモノといえばちゃんこ鍋ですよね。相撲の町というだけあってちゃんこ屋も多く、ランチメニューで鍋を提供している店も。写真は両国駅目の前にある「ちゃんこ霧島 両国本店」のきりしま定食1,300円。お手軽ちゃんこを味わおうと思ったら、思いのほか紙皿ちゃんこのボリュームが多くてビックリ。両国は、鍋一人前の基準がほかとはちょっと違うのかな? 他店と食べ比べてみたいと考えていましたが、あっさりあきらめることになりました。

 

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aDSC_0145腹ごなしでもそうじゃなくても、相撲ファンなら京葉道路の南側を歩てみるのも良いかもしれません。駅から徒歩圏内に多くの相撲部屋があるのですが、マンションの1階みたいな場所にあったりと町に溶け込んでいて、なかなか見つけるのに苦労するかもしれません。しかし、路地を歩くとふいに出てくる相撲写真資料館や大きい人専用の洋品店など、相撲の町ならではの発見も楽しめるはず。相撲取りを見かけることも特別なことではありませんよ。

招き猫発祥の地と伝わる彦根藩・井伊家の菩提寺
<東京都世田谷区>

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近ごろ頻繁に訪れるようになった三軒茶屋を歩いていたら、世田谷線三軒茶屋駅に今までなかった施設を発見!「SANCHA3(サンチャキューブ)」というこの施設は、世田谷の魅力を発信する観光案内所として2019年3月末にオープンしたそうです。覗いてみると観光地図や冊子が用意されているほか、ボランティアガイドのツアー申込みもできるとか。愛想の良いスタッフさんに世田谷線で一番の人気スポットを聞いてみると「やっぱり豪徳寺ですかね~。行かれたことあります?」とのこと。名前は聞いたことあるけど訪れたことはなかったので、豪徳寺に行ってみることにしました。

 

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三軒茶屋から世田谷線に揺られること約10分。最寄駅の宮の坂駅が無人駅であることに驚くと同時に、降りようとしたらホームの外にも車両があったので、どこまでが駅構内になるのかちょっと迷いました。まぁ、世田谷線はバスのように降りるときに清算を済ませる駅が多いので、とくに後ろめたいことはないのですが…。

 

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ちなみに、ホーム横に置かれた車両は…かつて江ノ島電鉄に譲渡された世田谷線の車両が里帰り(?)して展示されているそう。駅に隣接する区民センター開館中は車内にも入ることが可能で、世田谷線の歴史や1900年代初期の写真展示などを見ることができます。また、板張りの床やいまよりシートの位置が低い座席など、ある程度の年齢以上の方は、世田谷線に乗ったことが無くても懐かしさを感じること間違い無しナシ!  僕はある程度の年齢を越えているのでとても懐かしく感じました。

 

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意外なところで足をとめてしまいましたが、改札をでて右へ進み3-4分ほど歩くと豪徳寺に到着。住宅街を通る一般道にいきなりという感じで写真の門があらわれます。「せたがや地域風景資産」にも選定されている立派な松並木の向こうに見えるのが豪徳寺です。

 

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1480(文明12)年の創建と伝わる豪徳寺は、江戸時代に井伊家の菩提寺になったという歴史を持つお寺で、国指定史跡の井伊家墓所をはじめとする数多くの文化財にくわえて、招き猫伝説に端を発する「招猫殿」など見どころが豊富。外国人の訪問客の多さにも驚きます。

 

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山門からまっすぐ進んだ場所にある豪徳寺仏殿は、1600年代後半に行われた伽藍整備事業によって建てられたとされ、世田谷区に現存する最も古い建物。区の文化財にも指定されています。真裏には本殿があるのですが、こちらの仏殿で参拝を済ませる人も多いようでした。仏殿の方が雰囲気があるので、資料を見ないと本殿に気がつかないのかもしれません。

 

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仏殿のすぐ西側にある建物が、人気スポットとなった招福殿です。彦根藩2代藩主・井伊直孝が、豪徳寺の猫の手招きに応じて寺に寄ったおかげで落雷を避けられたという言い伝えから、その猫を「招福猫児(まねぎねこ)」として祀っているとのこと。その一件で、井伊家の菩提寺となり今に至るという伝承が本当であるなら、少なくともお寺にとってはかなりの福をもたらした実績があると言えるでしょうね。

 

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で、そんな実績を信じてか、はたまた猫ブームの影響か、お堂の片側には無数の招き猫が…

 

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いっぱい居過ぎて怖いような気もしますが、写真のインパクトは絶大! 訪問時も数多くの人が様々なアングルで撮影に挑戦していました。ちなみに、豪徳寺の招き猫は小判を持っていないのが特徴。招き猫を奉納したい場合は社務所にて購入できます。

 

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仏殿から招福殿を過ぎると国指定史跡になっている「彦根藩主井伊家墓所」があります。招き猫の故事に登場する2代藩主・直孝をはじめ、6人の井伊家藩主が埋葬されているほか、江戸暮らしの正室や側室、子供達、藩士など、300基以上の墓石が据えられているそうです

 

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藩主の墓石が並ぶ一角は、都内とは思えないほど広々としていますが、墓石自体は質素と言っても良いつくり。こちらには観光客が少なかったので、ゆっくりじんわり歴史を感じられます。同じ敷地に藩士の墓を建てていることや、過度な装飾をしない墓石から、彦根藩の家風が伝わってくるような気がしました。

誰もが訪れることができる標高1640mの箱庭
<長野県下諏訪町>

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かつての中山道と甲州街道が交わる要衝に位置する下諏訪町には、諏訪大社下社をはじめ諏訪湖周辺に見どころが多く、町としての機能も湖近辺に集中しています。しかし、観光で訪れるなら北部にある「八島湿原」もオススメ。夏は多くの島ができるように見えるので「七島八島」という名前でも親しまれている国内最南の高層湿原です。標高1630mの標高に広がる湿原は、400種もの花が咲くといわれる亜高山植物の宝庫で、八ヶ岳中信高原国定公園内にある「霧ケ峯湿原植物群落」として1939(昭和14)年に天然記念物にも指定されています。

 

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七島八島への入口は、ドライブロードとして人気の高いヴィーナスライン沿い。約120台が停められる八島湿原駐車場からは、徒歩1分で「天空の箱庭」を訪れることができます。入口手前には八島湿原ビジターセンターや八島山荘などの施設もあるので、まずはしっかりと準備を。

 

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ビジターセンターには、散策コースやコースタイムのほか、その日の天候や見られる生物など情報が豊富。写真のホワイトボードのほか、書籍やパンフレット映像資料もあるので、事前に立ち寄っておけばより深く散策を楽しめます。また、途中湿原に入ると買物ができる場所がないので、ちょっとした飲食物は八島山荘で買っておいた方が良いです。

 

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なだらかに連なる山に囲まれた湿原は、箱庭や別世界という言葉がピッタリ。雲により太陽の光が目まぐるしく移ろい、変化する色合いに思わず見とれてしまいます。

 

suwa09_10湿原の周囲には木道があり、湿原一周は約3.7km、コースタイムは90分。植物が間近まで迫っているところもちょいちょい出てきますが、良く整備されているので、老若男女を問わず歩けそうです。途中まででも良いのでぜひ歩いてみてください!

 

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suwa09_12八島湿原は400種もの花が咲くといわれる亜高山植物の宝庫。遠景が素晴らしいのはもちろん、足元に咲く美しい花や様々な昆虫もみどころのひとつ。歩くほど多くの生物と遭遇することができるので、飽きることがありません。

 

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木道を半周ほどすると、「こんなところに!?」と驚く場所に「ヒュッテ みさやま」が現われます。昼にカフェとして飲み物や軽食を提供しているほか、宿泊も可能。基本は素泊まりですが、食事が必要な場合も別料金で対応しているとのことなので、ニーズに合わせて利用できそうです。

 

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このお店から見える位置に、少しだけ不自然というか作為的な木の並びがあるので、そちらへも足を運んでみてください。木に囲まれた「旧御射山(もとみさやま)神社」にお社はなく、石積みの台座のうえに石祠があるだけ。その素朴さがかえって昔から続く信仰心の強さを感じさせます。ご祭神は「建御名方神」で、諏訪大社のご祭神と同じ。御射山は諏訪信仰の原点という説もあるそうです。周囲にほとんど人工物が無い場所で、昔は来るだけでも大変だったと思われる祠がいまに続いてるのは、やはり信仰心の強さがあったからなのでしょう。

 

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suwa09_08すぐそばにある「御射山(みさやま)遺跡」も同様。草深い丘の上に建てられた碑は近代に入ってから建てられたもので、それが無ければかつて大勢の人が集まった場所とは思いもつきません。しかし、ここは鎌倉・室町時代に全国から武士が集まり馬術や弓技の技量を競う場所であったと伝わる場所で、国体発祥の地とも言われています。

 

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ビジターセンターから駐車場へ向かう道にはゲートがあり、行き止まりと勘違いしやすいので注意。コレは鹿除けのために設けられたもので、散策者は横にある通行口から通り抜けることができるのですが、遠目には通行止めに見えるので注意が必要。取材時もコチラへ進んで良いか迷っている方たちがしました。ちなみに、カンタンに空けられる鍵がついているので、通り抜けたあとは施錠することも忘れずに。

 

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御射山遺跡から約45分ほど歩くと元の駐車場に戻ることができます。ビジターセンターの横にある八島山荘は、食事や休憩、土産品の購入はもちろん、奥には宿泊者用の別棟も。山荘という名前がついていますが、個室だしお風呂にも入れるので、民宿と同じ感覚で泊まれます。そして、家族経営のアットホームな対応も魅力のひとつ。湿原が一番美しく見えるという早朝や星空観察など見どころも良くご存知なので、八島湿原を訪れる場合は相談すれば力になってくれるはずです。

【再編集】地域が誇る一本桜の華麗なる競演
<福島県二本松市>

寒さが厳しいからこそ、春を告げる桜の開花がいっそうの喜びを持って迎えられる東北地方。2017年に取材で訪れた福島県二本松市では、桜の名木には名前が付けられ地域の人々に大切にされていました。そんな一本桜には、カメラマン目線でつけられたランキングがあり、有力桜の地元では番付の上下に一喜一憂。来訪者により喜んでもらおうと、受け入れ態勢にも力を入れています。美しい桜を見るだけでなく「地域の人とも触れ合える」一本桜に会いに、福島へ足を運んでみてください!

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福島県では「桜を愛するアマチュアカメラマンの会」や「郡山観光交通株式会社」により県内の一本桜に番付がされていてます。評価は桜の見栄えだけでなく、地元住民の愛着、駐車場の整備状況なども対象のため、上位になるほど受け入れ態勢も整っているといえます。名木のある地域の人々は、格上げを狙って様々な取り組みをしているのです。

※写真は2017年時の桜を愛するアマチュアカメラマンの会による番付です

 

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二本松取材時にガイドを務めていただいた鴫原(しぎはら)さんもその一人で、地元の針道地区にある「中島の地蔵桜」を地域の方と協力して保存・整備されています。さらに、開花時期になると交通誘導や桜の説明をしてくれるほか、休憩所や軽い飲食物のおもてなしも。なんでも年々来場者が増えているため、昨年は駐車場スペースを拡大して100台以上停まれるようにしたとのこと。一本桜めぐりは迎えてくれる地域の人たちとの触れ合いも楽しみのひとつなのです。

 

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「中島の地蔵桜」は樹高10m、枝張り30mのしだれ桜で、さきほどのランキングでも三役となる「小結」を何年もキープし、さらに上位をうかがっている名木です。絵画的な美しさから、旅雑誌の特集でトップページにも使われているそう。一本桜は絵になるためでしょう、通常の花見客のほかにカメラマンの来訪者が多いというのも納得で、プロカメラマンが発見した新たな撮影スポットも増えているといいます。

 

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さらに、地蔵桜は日が暮れるとライトアップされ驚くほど幻想的な景観に。しかも、この写真は開花前の撮影なので、満開時はもっと美しいビジュアルになるはず。撮影に適した場所も地元の人が親切に教えてくれるので、明るいうちに聞いておくのがオススメ。なんと、この場所は撮影のために田植えなどを先延ばしにしているのです。

 

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地域自慢の桜はそれぞれ個性的な美しさ。地蔵桜から車で5分ほどの場所には、2019年は小結に格付けされ、地蔵桜のライバルとなった樹齢800年の「祭田の桜」があり…

 

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さらに7-8分ほど走ると、不動の大関になりつつある「合戦場の桜」も見ることができます。他にも市内にある主な桜スポットと開花状況は二本松市観光連盟のホームページで紹介されていますので、ぜひ確認して気になる場所まで足を運んでみてください。出会いを感じる桜にきっと巡りあえるはずです。

 

 

番付提供:桜を愛するカメラマンの会

画像提供:鴫原さん(5枚目の地蔵桜)/二本松市役所観光課(最後の合戦場の桜)

【再編集】開花目前! 八代将軍吉宗が作った庶民のためのお花見名所
<東京都北区>

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ouji02_01王子駅から見える小高い丘の飛鳥山公園は、広い園内の広範囲に桜が植えられていて花見の名所としても有名です。なんとこの地を最初に整備したのは八代将軍の徳川吉宗。1720(享保5)年から翌年にかけて桜を植え、10カ所の水茶屋を建設して庶民の行楽地として開放したのが始まりです。「享保の改革の一部として、吉宗自らが宴席を設けて名所とアピールした」なんて話も伝わっている歴史的なお花見スポットなのです。

 

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ouji02_10ouji02_15飛鳥山は山頂部が比較的平坦で、遊歩道の両側にも桜が植えられています。この歩道の周辺がお花見のメインスポット。当時は禁止されていた「酒宴」や「仮装」が幕府により容認された飛鳥山は、庶民が様々な趣向をこらして楽しむ場所になったそうです。300年後の現在にも伝わるスタイルは、飛鳥山が流行らせたのかもしれません。

 

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ouji02_04公園のほぼ中央に置かれている飛鳥山碑(あすかやまひ)は、1737(元分2)年に飛鳥山開放を記念して王子権現の住職により建立されたもので、地名の由来や飛鳥山の変遷が記されています。ここには吉宗の公園化事業についても詳しく書かれているそうですが、文章が非常に難しく設立当初から読み難い石碑として有名だったそう。しかし、それが飛鳥山のシンボルとして知られることになり、飛鳥山を示す浮世絵などは、芝山に桜と石碑が描かれているそうです。

 

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ouji02_0650mほど離れた所には、佐久間象山の作といわれる「桜の賦(ふ)」が刻まれた碑もあります。石碑は勝海舟が発起人として、1881(明治14)年に建てられたものですが、100年以上経ったいまでも文字はしっかり判別できます。実は象山が自らと桜を重ね合わせた意味があるという「桜の賦」は、美しい桜の花が人々の心を動かす様が記されています。

 

 

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山から南へ数メートル下った所には広場があり、そちらから眺める桜もなかなか。「北区さくらSAKASO祭り(2019年は4月6日・7日)」の開催時は、ステージで催し物が行なわれ、手前には数多くの飲食店が軒を並べます。江戸時代から続く「花見で酒宴」の伝統を守るべく、飛鳥山公園に訪れてみてはいかがでしょう。

【再編集】奇岩と桜を同時に楽しめる国指定名勝「妙義山」
<群馬県安中市・富岡市・下仁田町>

myougi16約45種類の桜が約5千本植えられている「群馬県立森林公園 さくらの里」がもうすぐ開花期に突入します。メジャーなソメイヨシノは4月初旬ごろですが、ジュウガツザクラやオオカンザクラなど早咲きの種類は3月中旬から咲くものも。妙義山周辺は他にも面白い場所がありますので、このタイミングにあわせて訪問してみてはいかがでしょう?

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群馬県の安中市・富岡市・下仁田町の境界に位置する妙義山は、赤城山・榛名山とともに上毛三山の一角をしめ、群馬を代表する山のひとつである。石門をはじめとする多数の奇岩やギザギザとした鋸状の尾根が生みだす景観は、国の名勝に指定されている。

 

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そんな妙義山は古くから山岳信仰の対象でもあり、東麓山腹には537(宣化2)年に創建されたという妙義神社がある。境内は上下に分けられ、旧寺域である下部から165段の石段を登ると本殿がある上部神域。取材時はあいにくの天候だったが、タイミングがあえば関東平野の彼方まで見渡せるそうだ。

 

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境内の建造物は江戸時代初期から中期に建てられ、写真の本殿・幣殿・拝殿のほか総門・唐門などは国指定の重要文化財。その他の建造物もほとんどが県・町指定の文化財となっている。

 

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いずれもすぐれた彫刻が各所に見られ、細部に至るまで見どころが豊富。峻険な岩山の懐に際立って見える鮮やかな色彩も見事だ。

 

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妙義神社の南門をでると、妙義山のハイキングコースへつながる。難易度の高さで有名な妙義山だが、ここから中之嶽神社へと向かう中間道は、大半が整備された道になっていて気持ちよく歩ける。

 

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案内板も頻繁にでてくるので道に迷う心配も少ない。ちなみにこの中間道は環境省の構想に基づく「関東ふれあいの道」の一部で、美しい自然や田園風景、歴史や文化遺産にふれあうことができるようになっている。

 

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ただし、一部はこんな鎖場があるので、しっかりした準備は必要。

 

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約2時間ほど歩くと様々な奇岩が集中したエリアに到着。大砲岩をはじめ、様々な名前が付けられた岩が作り出す景観は、さすが日本三大奇勝の一つとうなずいてしまう。

 

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妙義山が一味違うのは、奇岩群の近くには鎖が設置されていて、これを登ると…

 

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これらの岩を見るだけでなく、間近まで行けてしまうところ。足場が狭いので注意が必要だが、中腹なのにかなりの高度感とスリルが味わえるためか、予想以上の人気スポットになっていた。ただし滑落事故もあった場所なので不安を感じたら行かないこと。

 

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もう少し進むと第四石門というアーチ状の大きな岩がある。先ほどの奇岩群もだが、自然の造形には驚かされる。また、石門の近辺はちょっとした広場と東屋があるので、食事など休憩をとる場所としてもオススメ。

 

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広場から40分ほど歩くと中間道の一端になる中之嶽神社に到着。実は奇岩群や石門を見るだけならコチラからスタートするのが一般的(石門巡りというコースがある)。ここは、轟岩という自然石を御神体にしているため本殿を持たない珍しい神社で、拝殿も岩に食い込むように建てられていている。

 

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妙義神社とおなじく中之嶽神社も長い階段。下の境内には社務所や土産物屋のほか、金色に輝く巨大な像が…。

 

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正体は高さ20メートル、重量8.5トンという日本一大きな大黒様。大黒様は木槌を持っているのが一般的だが、中之嶽神社の大黒像が持っているのは剣。病や悪霊を祓って福を招いてくれるそうだ。

 

myougi14中之嶽神社をでると群馬県立妙義公園の看板と駐車場(自動車を使えば、最初に紹介した妙義神社から10分程度でこられる)があり、隣接してさくらの里という森林公園もある。47ヘクタールという広い園内ではシルエットも濃淡も異なる様々な桜が咲き乱れ、ほかにはない色合いを作り出している。

 

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40種類を超える桜を眺められる場所はめったにないだろう。さくらの里は桜の開花シーズンにあたる4月1日から5月10日の間は利用時間を延長しているので、中間道を歩いたあとでも十分楽しむことができる。この期間中に訪れて、妙義山をたっぷり堪能してみてはいかが。

「昔ながら」が色濃く残る西新井大師の参道
<東京都足立区>

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西新井大師の山門をでて左側へ歩けば西新井大師駅ですが、前へ進めばすぐに参道。お帰りはコチラを通るのがオススメです。で、大抵の人が最初に悩むのが「草だんご、右か?左か?」という、昔から受け継がれてきた「大師あるある」でしょう。左右からぐいぐいくる呼び込みの声は、甲乙つけがたい接戦です。

 

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西新井大師を出て向かって右側が元禄時代(1688-1704)の頃より門前で店を続けているという割烹店「清水屋」で、草団子は毎日出来立てのみを販売…

 

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daishi_18左側は1805(文化2)年に創業したという「中田屋」。歴史がより長いのは清水屋だけど、建物の風情は中田屋に軍配があがります。なぜ門前でまったく同じような業態の店が向い合せなのでしょうか?  まあ、切磋琢磨されているためかどちらもサービスが充実、しっかり試食もできるので両方食べ比べてお好みの方を。迷ったら両方とも買えばいいんです(笑)

 

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中田屋さんの隣が「すずきや」。看板には手焼煎餅としか書かれていないのですが、なぜか店舗の約半分のスペースでだるまの販売もしています。西新井大師では2月にダルマ供養祭があるので、その関係なのでしょうか?  気になるお店はまだまだあります。

 

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1939(昭和14)年から74年続いた手焼煎餅屋「たぐち埜」さん跡地にある「Mark’s Coffee(マークスコーヒー)」は、昨年(2018)4月にオープン。煎餅屋時の面影を残しながら、西新井大師らしからぬお洒落なカフェが誕生しました。参道では貴重な若者向けの店として存在感を放っています。

 

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参道の環七近くにあるのが浅香家。レトロなお店が多い参道周辺でも、ひときわ重厚な建物が目を引きます。独特のガラス容器に入れられたおせんべいの陳列も、久しぶりにみたら何だかお洒落に見えるから不思議。「せんべいってこんなに種類あったっけ」と思わせるフレーバーの豊富さも魅力です。浅香家の名物は堅焼きの「馬目焼」。そういえば、昔はせんべいって固いものでしたよね。

 

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参道から大師前駅に戻る途中にある大長商店は1868(明治元)年の創業。商店街のホームページでは「せんべいとだるまのお店」となっていますが、店内はだるまで埋め尽くされて専門店のよう…かつては写真左側の平台の方で煎餅も売っていたみたいです。前述のすずきやのようにお煎餅屋がだるまを売っていたり、大長商店のように商品がだるまだけのお店になったり…煎餅がだるまに駆逐されている気配を感じます。

 

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そういえば…西新井大師境内にもだるま売りの屋台が複数でていました。

 

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大長商店のななめ向かいにある伊勢末商店は、昭和にタイムスリップしたかのような懐かしい見た目。左の入り口が酒屋で、右が飲み屋になっています。インパクトが強いため、地元はもちろん通の酒飲みには知られたお店で、雑誌の表紙を飾ったことも! せっかく大師まできたなら、いまでは珍しいこの雰囲気のなか一杯やっていかれてはいかがでしょう。