ブラフ18番館は、関東大震災後に山手町45番地に建てられた外国人住宅です。その後、1993年に横浜市によって現在の山手イタリア山庭園の一画に移築復元されました。

建物の設計者や竣工年などは不明ですが、経緯などから、オーストラリア人貿易商のR.C.バウデン邸として建てられたと言われています。1991年に解体調査が行われた際に、この建物が震災により倒壊や火災を免れた部材を再利用して、再建されたものであることが判明しました。

バウデン氏が館を手放した1925年以降は、何人かの所有者の手を経て、第二次世界大戦後の1947年からは山手本通りにあるカトリック山手教会の司祭館として長いこと使われてきました。しかし、ついには老朽化によって平成3年(1991)に解体されることになり、その解体された部材の寄付を受けるかたちで、今にち横浜市の所有となっています。

建物は木造2階建。フランス瓦の屋根、暖炉の煙突、ベイウィンドウ、上げ下げ窓と鎧戸、南側のバルコニーとサンルームなど、震災前の外国人住宅に多く見られる特徴的なつくりとなっています。ただし外壁は震災による被害の経験から、防災を考慮した塗装(モルタルを吹き付けたスタッコ仕上げ)へと変わりました。

近づいて見るとピーコックグリーンの両開きの鎧戸と窓枠がいっそう美しく感じられます。加えて窓辺の赤い花とアイアンワークがエレガントな彩りを添えていました。

建物のドアや窓のガラス部分はすべて格子のデザインで統一されています。それでも単調に見えないのは、それぞれの意匠に工夫が凝らされているせいかもしれません。このドアの場合には、中心の大きなマス目と周囲の小さなマス目のうち、四隅のところだけに曇りガラスを嵌めこんで、変化と遊び心のあるデザインになっています。

1階のサンルームに向かって右側にあるリビングルームです。以前はこの部屋の窓辺のコーナーに旧・バーナード邸のロッキングチェアーが置かれていました。

このリビングルームの家具は横浜家具です。横浜家具とは横浜で製作された西洋家具を言いますが、その歴史は古く、幕末に横浜が開港し、海外からの居留者が横浜に増えるに従い、持ち込まれた家具の修理を地元の木工職人が請け負うようになったのが、そもそもの始まりです。それまで和の木工のみを専門としていた職人たちが西欧風の家具の修理をするうちにその形状を知り、それを元に独自の作り方で西欧風の家具を製造するようになりました。

こちらも同じく横浜家具で、ライティングビューローです。横浜家具の特徴として、釘をほとんど使わずに接合部がうまく噛み合うように特殊な細工を材木に施し、それを組み合わせて作っていることなどが上げられます。

年代物の暖炉。この木炭ブラックな色とツヤ消しマット感の風合いがいい感じです。室内が明るいせいもあり、渋さがよけいに際立っています。この暖炉に中世の甲冑のごとく厳かな風格を与えているのは、暖炉の前に置かれている「ファイアーセット」によるところが大きいのではないでしょうか?これもやはり旧・バーナード邸から借り受けたひとつです。

単体で絵になる帆船。ずっと見ていても飽きのこない魅力があります。

サンルームは庭の木立に囲まれて、夏はとっても涼しげです。

このコーナーから眺めると180度ワイドなパノラマ・ビューが楽しめます。

リビングルームからサンルームを伝ってサロンに入ります。この部屋の調度も横浜家具です。

アームや背の曲線が見事なチェア。暖炉に置かれたアンティークの置き時計。その上に飾られている額縁の中の世界地図など、ひじょうに美術的な空間を構成しています。

サンルームの戸口から見た玄関方向。玄関の扉のチェッカーガラスから滲んで見える外の景色。

アンティークのアップライトピアノからは温かな肌触りが感じられます。

ダイニングルームです。このブラフ18番館では、英国人E.V.バーナード夫妻の新居として、昭和初期に建築された西洋館「旧バーナード邸」から横浜市が一時的に預かった家具などをいくつか展示していますが、もっとも多くの家具が集まっている部屋でもあります。

この長く大きなダイニングテーブルとスペイン風チェアも旧バーナード邸からのものです。テーブルは1937年、椅子は1920年に横浜元町で作成されました。どちらもバーナード氏自身のデザインによるものです。椅子の布張りの色に合わせてテーブルクロス、カーテンがピンクベージュの同系色に揃えられ、全体に抑えたトーンでシックにまとめられています。

アンティークカットの飾りワイングラス。赤いワインが注がれたらより素敵に見えそうです。

同じく旧バーナード邸のチャイナキャビネット。1960〜70年頃に台湾で製作されました。

天井ライトも、部屋の基調カラーと同系色です。

階段を上がって、つぎは2階へ。

寝室の家具は、大正初期に造られたもので、木造平屋建ての洋風住宅、通称「唐沢26番館(横浜市南区)」で使用されていたものです。平成26年の同館の取り壊しにあたり、山手西洋館へ寄贈を受けました。寝台、ナイトテーブル、洋服箪笥は統一された個性的な意匠となっています。アールデコとロシアの構成主義をミックスしたような強いデザインで、とくに寝台は、直線的な構成にエジプト風のレリーフが美しく、優れたデザインです。(以上部屋の展示パネルより)

材料のラワン材は当時「フィリピン・マホガニー」と呼ばれ、家具材としては珍しく、その輸入時期から、大正10年から昭和の初めころに製造された家具だと考えられます。製造地については不明ですが、ラワン材の輸入を扱う業者がいたと思われることから、横浜の可能性が高いと考えられます。(以上部屋の展示パネルより)

寝室の天井照明です。閲覧室と談話室にもこれと同じ照明が使われています。

閲覧室には館の模型も展示されています。

廊下の突き当たりには、可愛らしいティーテーブルとアイアンチェアが置かれています。

談話室には、資料や説明用のモニターなどが置かれています。窓が多く、さらには出入り用のドアもあるため、こちらも明るく開放感たっぷりの部屋です。

光の加減では、壁色も微妙にトーンを変えます。

(最後に)ここが「ブラフ18番館」という名前になったのは、この場所の旧地名が「山手居留地18番」だったことに加え、山手がまだ外国人居留地だった頃、この高台が「Bluff(ブラフ)=切り立った岬」と呼ばれていたことに由来するそうです。ちなみにポーカーでハッタリをかけることを言うブラフ(Bluff)も同じ語なのが、なんだか面白いですね。
写真:乃梨花