近代日本のシルクロードを辿る⑧


江戸の旅籠と明治蚕種家屋の織りなす
ハイブリッドな町並み
〈長野県東御市〉

072こちらは蚕種で栄えたもう1つの町、長野県東御市「海野宿」です。江戸時代は北国街道の宿場町として栄えていましたが、明治時代に鉄道ができて宿場を利用する客が激減したため、養蚕を営むようになりました。旅籠の広い建物をそのまま流用して養蚕を営む家と、宿場で栄えた時の蓄財を見せつけるかのような立派な卯建(うだつ)を上げた養蚕の家が混在しているのが特徴です。上の写真では江戸時代に旅籠だった出桁造りの町家に挟まれて、漆喰を塗り込めた豪壮な白壁の蚕種の家が並んでいますが、町並みに違和感なく融合しているところがなんとも見事です。
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繊細な海野格子が美しい、江戸時代には旅籠だった町家と、卯建(うだつ)のある白壁造りの蚕種の家が混在して並んでいる海野宿の町並み。卯建というのは、建物同士の境界の一段高く突き出た子柱(子壁)部分で、本来の用途は防火壁でした。また同様に明治以降の日本で絹産業に関わってきた多くの地域でも卯建が見られます。理由は「うだつが上がらない」の表現とは逆に「卯建の上がった」家を建てられるほどに、絹産業で多くの富を手にした家が多かったのです。
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信濃鉄道田中駅と大屋駅の中間に位置する海野宿は、江戸時代には北国街道の中でも規模の大きい宿場町として栄えました。その後、明治中期に日本の生糸が世界の生糸の7割を占めるほどの隆盛期を迎えるに伴い、この海野宿でも旅籠から転身して養蚕・蚕種業で富を築く時代を迎えます。写真のように宿場内は整然と建物が並ぶ道の中央を清らかな水の流れる石造りの用水路が一直線に貫き、重伝建にも指定された素晴らしい町並景観を形づくっています。
 
写真:米山淳一

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