地震に苦しむ人々のために建てられた平塚八幡宮
<神奈川県平塚市>

hiratsuka3_01
神奈川県の湘南エリアに位置する平塚市は、東海道五十三次のうち七番目の宿場「平塚宿」として栄え、当時は東西に約1・5キロ、幅10メートル前後の街道沿いに、約50軒の旅籠やそれに付随する飲食店が軒を連ねていたそうです。昭和20年に市域の戸数の約7割が焼失しまうほどの空襲あい、それ以前の遺構はほとんど残っていませんがそこから見事に復興し、広い直線道路を基調とする美しく整備された町並みを作り上げています。

 

hiratsuka01
hiratsuka3_02
毎年7月上旬に開催され、湘南に夏の訪れを告げる「湘南ひらつか七夕まつり」は、戦後の商業振興策として始められた「復興まつり」が発展したもの。開催時はJR平塚駅北口商店街を中心に多くの七夕飾りがたなびき、市内全域でパレードや様々なイベントが開催されます。

 

hiratsuka3_03
平塚駅北口からまっすぐ北に延びる道の先にある平塚八幡宮は、380(仁徳68)年に創建された鶴峯山八幡宮から続く長い歴史を持つ神社です。駅からは徒歩10分かからず繁華街にもほど近い場所にあるうえ目の前の道路は国道一号線なのですが、境内に入ると何故だかとても落ち着いた雰囲気。広々とした空間と青々と茂った木々が心に作用するのでしょうか。

 

hiratsuka3_04
hiratsuka3_05鳥居をくぐってすぐの池にかかった石橋周辺では、数種類の鳥がお出迎えというか陣取っています。向こうから近寄ってはきませんが、コチラが近寄っても逃げず…まったく人間を怖がっていない様子です。至近距離で撮影してもピクリともしません。それにしても、なぜ神社にアヒルなのでしょう。社務所にはエサも売っていましたが、理由はよくわかりませんでした。

 

hiratsuka3_06
hiratsuka3_07
大地震に苦しむ人々の様を見かねた仁徳天皇により建てられたという平塚八幡宮は、鎮地大神と仰がれています。その起源を考えると「厄除」「八方除」「方位除」などの除災・御祈祷が本筋なのでしょうか。震災や戦災に負けず発展している町を見ると、平塚の精神的支柱として大きく貢献しているように思います。また、七五三や結婚式など人生の節目の行事や、ほぼ毎月のように祭礼行事も行なわれていることから、地域の人々にとって身近な神社なのだとも感じました。

 

hiratsuka3_12
hiratsuka3_13
hiratsuka3_14
hiratsuka3_15
本殿の他にもお社がありますし、境内は美しい庭園や見どころが多いので、あまり難しいことを考えず散歩するだけでも楽しめます。

 

hiratsuka3_09
hiratsuka3_10

 

珍しい所では、境内の一隅にある日本各地の絵馬を集めた展示。絵馬を集めた展示って意外と無いような気がします…これは社格が高いからできることなのでしょうか。形やイラストなど、様々なバリエーションがあって見ごたえアリ。

 

hiratsuka3_17

hiratsuka3_18先にも述べたように国道一号線沿いにあるので、自動車でのアクセスもカンタンです。平塚付近を訪れの際は、ぜひ足を伸ばしてみてください。

 

銚子定番セットの相性はいかに!ちょっとディープな銚子旅
<千葉県銚子市>

4ef46ed18987532dcbe648f0b530567a

関東最東端に建つ「石上酒造」。1844(弘化元年)年に創業した老舗酒蔵だ。大谷石造りの明治蔵、大正蔵などは関東大震災や太平洋戦争時の大空襲などの危機に耐えてきた貴重な酒蔵であり、いまだに現役で残されている。こちらの代表銘柄は「銚子の誉(ちょうしのほまれ)」。約170年もの間、地元の人々に愛されてきた生粋の銚子酒である。

 

bcda2c5c3c21fb76d1970c41d3ba6c1a

f444df49f5388c14ef0fc0bc9a176e06

千葉県産の原料米を使用し、丁寧に仕込まれた酒はこの機械で絞られる。上から圧力をかける槽搾り(ふねしぼり)という方法で、手間はかかるが優しく搾るため、日本酒本来の味を楽しめるとのことだ。そして、搾られた酒は、穴に入れられた容器へ注がれたのち、濾過、火入れを行いタンクへ貯蔵される。

 

60ca61e99d9771e0ea27d8412e437097

昭和初期に造られた貯蔵タンクは全て同じ大きさに思えたのだが、当時は、まったく同じものを作る技術がなかったようで、それぞれ違った容量が記載されていた。ラベルを確認すると「琺瑯」と表記されていた。今でいうホーローである。また、販売店の住所には東京市とある。酒造りのみならず、その時代ならではの様子もご説明頂いたことに感謝である。

 

3f94f3c723f16a49ffa6b1301fdb7f40

飯沼観音の近くにある蕎麦屋「加満家本店」にて昼食。こちらは人気店らしく、12時を過ぎると大勢のお客さんが来店し、あっという間に満席となっていた。ベテランスタッフの方たちが手際よく注文をさばき、料理を運んでいる姿は見ていて気持ちが良かった。

 

カレー蕎麦 (1280x960)

e9a5346934f63ef90bade85adbae59c7

カレー蕎麦とまぐろ太巻きを注文。こちらは銚子の定番セットらしいが、さすがに量が多いため、太巻きはシェアすることに。出汁の効いたカレー蕎麦は豚肉とネギとの相性が良くリピート決定。いつまでもアツアツで食べられるのも嬉しい。太巻きも“これでもか”と言うほどまぐろが巻かれており、満足度が高い。そして、想像以上にカレー蕎麦との相性が良かったことも新たな発見であった。銚子に来たら外せないお店である。

 

2349693f278d909fd4c3a4483bf61887

810~824(弘仁年間)年、関東を巡っていた弘法大師が開眼したと伝わる「圓福寺(飯沼観音)」。地元をはじめ全国各地の大勢の観音信者より「ちょうしのかんのんさま」として親しまれており、銚子の商店街や繁華街はこの寺を中心に形成され繁栄した。本堂には本尊である十一面観世音菩薩が安置されており、天井に多数描かれている観音様は必見である。

 

8cfcc001b758b0f4eac6d22ae1d70fe4

2009(平成21)年に竣工された五重塔。総高約33.5m。澄み切った青い空につつまれた朱色が美しかった。

 

e5a9f999dcecf2bfff5f3b6bb6376d57

1645(正保2)年、銚子で醤油製造を始めた「ヤマサ」。今では、日本食の普及により世界各地に工場を持つ大企業となった。一日に製造される醤油は約40万ℓ。日本を代表する醤油メーカーと言っても過言ではない。工場見学では、歴史や製造工程はもちろん、もろみが醤油へ変化していく様子を映像によるバーチャル体験で学ぶことができる。※工場内は撮影禁止です。見学の後は、せんべい焼き体験や醤油ソフトを楽しもう。不定期営業であるため食べられたらラッキーな「ぬれ煎餅やきそば」も人気である。

「源氏物語」起筆の場と伝わる国宝の木造建築
<滋賀県大津市>

ishiyamadera3_01
天然記念物である「石山寺硅灰石」のビューポイントのすぐ近く石山寺の本堂があります。その歴史はとても古く、「東大寺造営資材のための造石山院所が置かれるとき、それまであった仏堂を改築し、天平宝字5~6(761~762)年に長さ7丈の仏堂となった」と正倉院文書に記録されているそう。改築時から計算しても1250年以上もこの場所に在り続けています。ちなみに、硅灰石の上に建てられていることから石山寺と名づけられたそうです。

 

ishiyamadera3_08
ishiyamadera3_02現在の本堂は再建されたものですが、建てられたのは1096(永長元)年。慶長期(1600年ごろ)に淀殿の寄進により改築された礼堂と相の間によってつながれた複合建築になっているそう。外からではどのような構造になっているのかさっぱりわかりませんが、歴史上の人物をはじめ祖先の多くの人々と同じ建物を共有していると思うと、非常に感慨深いものがあります。戦災や天災などを乗り越え900年以上もの長い間あり続ける木造建築に敬意さえ感じました。1952(昭和27)年には国宝に指定されています。

 

ishiyamadera3_03
礼堂内は高い天井の間に太い柱が並び荘厳な雰囲気。貼り紙が多いのがちょっと残念ですが、内部は外とは違った空気が流れているようでした。

 

ishiyamadera3_04
ishiyamadera3_04b
また、舞台造(懸造)という様式で建てられているため、硅灰石の岩盤からせり出すような外縁は、下から見ると舞台のよう。どのような視点から見ても個性的な建物です。

 

ishiyamadera3_05
ishiyamadera3_06礼堂入口の横には「源氏の間」があり、十二単衣を纏った平安時代の女流文学者「紫式部」の像が展示されています。この部屋は世界最古の長編小説といわれる「源氏物語」を書きはじめた場所と伝わっており、石山寺は紫式部ゆかりの寺としても有名なのです。

 

ishiyamadera3_07
変わったところでは、源紫式部風のロボットも。なんだか動いたりしそうなのですが、窓の陰に置かれているうえ、柵からも離れているので良くわかりませんでした。どうやらビデオでの解説も準備はされているようです…。紫式部とロボットの組み合わせは面白そうなのですが、ちょっと勿体無い気がしました。時間限定でも良いので動くところが見られる機会があると嬉しいかな。

 

ishiyamadera4_10

 

 

本堂以外にも、境内には紫式部の銅像や、春と秋に紫式部展が開催される豊浄殿、紫式部供養塔などの関連スポットがあり、紫式部に関する知見を得ることができるのも魅力のひとつ。名前だけは知っているという人こそ、驚きや新たな発見を楽しめるはずです。

昔と今をつなぐ懐かしい風情を残す町並み
<千葉県匝瑳市>

チイチイこと地井武男さんの故郷である匝瑳市(そうさし)。明治時代「名邑(めいゆう)」とたたえられた旧道である本町通りには、往時の面影を残す商店が佇んでいる。

 

f9814e9f28fb522e4e156e17f53c6a84

東京から特急「しおさい」で約90分、主要駅である「八日市場」に到着。駅前は背の低い建物が多く開放感に満ち溢れていた。とても居心地の良い場所である。

 

af500e6948124e38c0722852cbca092a

本町通りへ向かう途中にあるそば処「吾妻庵本店」で昼食をいただく事に。このお店は明治29年創業の老舗である。旅館のような大きな造りが特徴的で、店内も広く落ち着いた雰囲気だ。地元の方々にも人気があるようで、多くのお客さんが訪れていた。

 

f0614076b9121b4c0bbbcd7eac98b1a1

人気メニューは「三色せいろ」との事だったが、肌寒い陽気であったため「あんかけ」を注文。味も見た目も求めていたものとドンピシャなものが運ばれてきた!いわゆる「かき玉そば」である。あっさりした出汁と上品な風味をもったそばの相性が良い。わき目もふらずに夢中で食べ終えた後に、添えられたネギとしょうがに気付く・・・。次回のお楽しみとしようかな。

 

cb886be3be8f76b238be9fde7d8a5823

鶴泉堂菓子店は天平年間(1781~89年)に創業した和菓子店。店舗兼主屋と裏に建てられている石蔵庫が国の登録有形文化財である。店舗兼主屋は昭和前期、倉庫蔵は大正時代に建てられた。東日本大震災の被害により屋根の本瓦が壊滅的な被害を受けたが、ご主人の尽力により早急な対応が行われ、見事に復活を遂げた。

 

cf885f4ac947db95ea38409bd4f0f33a

彩り豊かな和菓子が所狭しと並べられていた店内。どれもが美味しそうだ。

 

528235ad4c8f51d6f7d86550730dd788

当時は天井板が張られていたが改修工事を行った際、業者さんからの勧めで梁を剥き出しにしたそうだ。昭和前期の面影を残す梁と白壁のコントラストが素晴らしい。受け継がれてきた伝統の和菓子と日本の美を味わえる貴重な老舗である。

 

e9aeb79da1eaf46e713a01fc5e5e6844

黒の漆喰壁が施され、何とも言えないオーラを放っていた「坂本総本店」。こちらも国の有形文化財に登録されている。名物は落花煎餅。明治44年、皇太子(後の大正天皇)が、この地を訪れる際に、当地方名産の落花生を原料とした煎餅を創作したのが始まりで、今もなお、名物として販売を続けている。

 

秋ナスを砂糖汁で煮込んだ後、さらに砂糖をまぶした「初夢漬」は、約220年の歴史をもつ匝瑳市の銘菓である。「一富士、二鷹、三なすび」と言われる初夢の縁起物にあやかり命名された。メディアで紹介されたことにより大人気となったそうで、この日も品切れであった。初夢漬は鶴泉堂、坂本総本店で購入できるが、仕込みの時期により購入できない場合があるので確認が必要だ。

 

新井時計店IMG_2311 (960x1280)

「新井時計店」は昭和初期の商店街の面影を伝える遺構として貴重な建物である。モルタル塗りの典型的な看板建築で、妻面を洋風ぺディメントに仕上げている。正面上部には何かを意味するイニシャルが見られる。看板建築とは、通りに面した正面のみにデザインを施す建築様式で、関東大震災後に数多く建設された。新井時計店は昭和6年に建築されたとされており、「鶴泉堂」「坂本総本店」と同じく国の登録有形文化財である。