鷹狩り場の名残が残る都心の特別名勝
<東京都中央区>

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潮の干満によって池の趣を変える「潮入の池」をもつ浜離宮は、徳川将軍家鷹狩の場所であった場所に、四代将軍の弟であった甲府藩主・徳川綱重が屋敷を構えたことが端緒とされる庭園で、現在は特別名勝ならびに特別史跡に指定されています。都心部にありながら、広々とした空と美しく整えられた景観が見られ、まさに都会のオアシスという呼び方がふさわしい場所と言えます。

 

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浜離宮はアクセスが容易であることも魅力のひとつ。大江戸線・浅草線・ゆりかもめ・山手線の4路線6駅から歩いて行けるほか…

 

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人気観光地である浅草やお台場から水上バスで訪れることもできます。どっぷり観光でこられるなら、オススメは水上バスかな。電車よりちょっとだけお金はかかるけど、天気が良ければ隅田川くだりも楽しめます。

 

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園内には庚申堂と新銭座と名づけられた二つの鴨場があり、江戸時代の鷹狩り施設も現存。かつての狩場の隣に高層ビルが建っているっていうのが、なかなかスゴいと思いませんか? 手前の盛り土でカモフラージュされているのが「小覗(このぞき)」、奥にある小屋が「大覗(おおのぞき)」と呼ばれる鷹狩り用の施設です。

 

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小覗きでは、江戸時代の鷹狩りの方法がイラスト付きで説明されていて、その様々な工夫を知ることができます。これを読むととても緻密な作戦を立てていたことと、チームプレーだったことに驚かされます。

 

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小覗きの覗き穴からは、おとりのアヒルが鴨を誘導してくる引堀がみえます。引堀に必要数の鴨が入ったら入口を閉じ、鷹匠や狩りをする人に合図するまでが小覗きの役割。捕まえる人たちは引堀の両側で待ち構え、逃げまどう鴨を捕獲したそうです。

 

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hamari_07元溜りと呼ばれる広い池を見渡せる施設の大覗きは、池や鴨の様子を観察して使用する引堀を決めるほか、狩りの邪魔になる野生の鷹を捕まえることも役割に含まれていたとのこと。ここは狩りの成否を分ける重要なポジションだったのではないでしょうか。実際に鷹狩りを再現するイベントなどがあれば、是非とも見てみたいですね。

 

つづく

世界文化遺産「五箇山の合掌造り集落」
~菅沼合掌造り集落~<富山県南砺市>

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五箇山とは富山県南西部にある庄川上流の地名であり約70の集落が散在する地域だ。その中で世界文化遺産に登録されているのは「菅沼合掌造り集落」と「相倉合掌造り集落」。こちらは、「菅沼合掌造り集落」。現在は9棟の合掌造り家屋が残っており、古いものであると約400年以上前に建設されたと言われている。白川郷、相倉とともに住民が実際に生活する文化遺産として高い評価を受けている。

 

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「菅沼合掌造り集落」付近を流れる庄川。想像とは違い、まったくと言って動きを感じさせなかった。川というよりは小さいダムのようだった。それだけに、しばらく眺めていても疲れを感じさせない。まさに「癒し系河川」だ。

 

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同じ合掌造りでも、その地域の気候風土や生活によってさまざまな工夫が凝らされている。白川郷と比べ、土間の取り方、入口の位置が違っていたり、水分を多く含む重たい雪に対応するため、屋根の傾斜をきつくしている。また、日本有数の豪雪地帯であるため、厳しい自然環境から生活と作業場を守る頑丈な造りが必要であった。その頑丈な造りを支える「チョンナバリ」と呼ばれる根元が曲がった太い梁も特徴的だ。この梁は五箇山、白川郷ともに使用されている。

 

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ゆらゆらと蒸気をあげる合掌造り。菅沼の人たちにとっては、日常茶飯事で当たり前の風景であろう。しかし、こんな風景こそが“豪雪地帯の合掌造り集落ならでは”であり、ぜひ自慢してもらいたいお宝であると思う。

 

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冷たく澄んだ水に野菜が浸されていた。これも日常生活の一部であり、菅沼の当たり前なのであろう。季節によって、どのような食材に変わるのだろうと非常に気になってしまう。夏はトマト?きゅうり?とか。いずれにせよ、心が和む風景であった。

 

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江戸時代の主な産業や歴史と伝統を伝える「五箇山民俗館」。合掌造り家屋を利用して資料館として公開している。当時、盛んであった養蚕、紙すきに使われた道具や生活用具など約200点が展示されている。当時の暮らしも紹介されており、寒さを凌ぐための重厚な衣類は必見。その重さには驚かされた。

 

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「塩硝の館」も五箇山民俗館と併せて訪れたい。火薬の原料である塩硝づくりはこの地域の一大産業であった。材料はよもぎ、麻殻、蚕の糞などを使う「培養法」と呼ばれる製法により、囲炉裏の下で大量の塩硝が生産された。五箇山は“人為的に塩硝を製造”しており、他藩の塩硝製造である“自然発生したものを採集”とは大きく異なった。これは加賀藩の支配下にあった事が大きく影響しており、幕府の目を盗んで製造していたとも言われている。

 

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合掌造りばかりが、菅沼の魅力ではない。集落を囲む山々の雄大さにも注目して頂きたい。律儀に並んでいる丸い雲が可愛らしく、印象的であった。

 

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「三段染め」と呼ばれる山村風景。青空、雪景色、紅葉が織りなす姿を、このように呼ぶらしい。その三段染めの風景には、人の生活が垣間見える。そこが嬉しい。五箇山のパンフレットには世界文化遺産認定により“世界のふるさと”になったと明記されていた。訪れる人たちを素朴にやさしくもてなす菅沼を象徴する言葉であると感じた。

 

 

わが町への愛情が止まらない「古川町」~後篇~<岐阜県飛騨市>

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翌朝の白壁土蔵街は、昨日とは全く違った表情を見せてくれた。運よく晴れたことに感謝だ。これ以上ないだろうと思うほど空気が澄みきっており、真っ青な空と町並みの一体感が抜群に美しい。個人的に思う良い町の必須条件である「ゴミひとつ落ちていない」ことにも感心した。

 

杉玉(1280x960)

渡辺酒造店に吊るされていた「杉玉」。杉玉とは杉の葉を集めて作られるボール状のもの。別名「酒林」。日本酒の造り酒屋の軒先に吊るされ、緑色の杉玉は新酒を搾り始めた合図となる。徐々に枯れて茶色になっていくが、その姿をみて熟成具合を判断する人もいるそうだ。造り酒屋の看板にも思えるが、もともとは酒の神様に感謝を捧げる意味があるらしい。

 

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「飛騨の匠文化館」は木造建築の歴史をつくった飛騨の匠の技術を伝えるために建てられた施設だ。飛騨の木材を使用し、梁や柱などには釘など金具は一切使わず、継手や組手を用いているのが特徴である。建物自体が飛騨古川の伝統を受け継いだ、技術の集大成と言える。

 

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館内では匠の歴史、体験コーナーや木組みなどが展示されており、飛騨の技術を体感することができる。なかでも驚いたのが「隅木小屋組」という技術。近くで見ても触れてみても到底理解できない、敗北感すら感じさせる技術であった。当時の職人たちは、これらの技を教わるのではなく、師匠から見て学んだのかと思うと尊敬に値する。

 

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国指定重要無形民俗文化財「飛騨古川祭」の様子を立体映像で体感できる「飛騨古川まつり会館」。匠の技が集結された古川祭で活躍する絢爛豪華な屋台や御神輿を常時展示している。屋台を盛り上げるからくり人形の実演はコンピューター制御により巧妙に再現されている。

 

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こちらがからくり人形実演の様子。カラカラ、ジリジリと音を立て人形が動きだし、一瞬にして真っ黒な翁のような顔に変わる。瞬き禁止レベルの早さであった。命が吹き込まれた人形が、自ら動き出しているとも思える様子は好みが分かれるであろう。日本人形が苦手な人にはオススメできないが、技術の高さが感じられる実演である。

 

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古川町の散策ではあらゆる建物で目にすることができた「雲」。軒下の小腕と呼ばれる部材に施されている。この紋様は建物を手掛けた棟梁の印で、木の葉や唐草模様など約170種類以上も存在する。自分が手掛けた建物には必ず同じ紋様を施すそうだ。古川の大工が持つプライドの象徴である。

 

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うっすらとした雪化粧をまとった山と古きよき町並み。この地に生まれ育った人間が、他の土地に行ったとしても、この風景が忘れられずいつか必ず戻ってくるのだろう。そんなことを思わせる風景であった。

 

 

 

わが町への愛情が止まらない「古川町」~前篇~<岐阜県飛騨市>

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美しく整備された落ち着きある町家が続く古川町。この町は天正年間に増島城の城下町として整えられ、当時の名残が町並みに残されている。武家屋敷があった町は殿街、商人町は壱之町、弐之町、三之町と名付けられ、今もその町名が使われている。

 

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この地域は住民の地域愛が強く感じられる町である。もちろん、自治体などの協力も得ているが、住民が主体となって町並みづくりを進めている。こちらは商店街であるが、以前、建てられていたアーチ型の看板を「景観が損なわれる」との理由で撤去してしまった。美しい町並みづくりへの強い拘りが感じられる一面だ。

 

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古川町の顔ともいえる「瀬戸川」。約400年前、新田開発の用水として作られ、町民の生活にも重宝されていたが、高度経済成長期に著しく汚染されたようだ。当時の瀬戸川を取り戻そうと一部の住民たちは募金を募り鯉が放流された。これにより住民全体の意識に変化が現れ、瀬戸川は美しさを取り戻した。2006年には「疎水百選」にも選ばれ、飛騨古川を代表する人気スポットとなっている。

 

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瀬戸川を悠々と泳ぐ鯉たち。現在は約1,000匹もの鯉が放流されている。冬季は越冬池に移動され、春に瀬戸川へ戻ってくる。なかには体長80㎝、体重10㎏を超える大物もいるようで、引っ越し作業は相当な体力を要するとのことだ。

 

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こちらも町並みづくりに拘りが感じられる一面。以前は、歩道橋が建てられていたが、商店街に建てられていたアーチ型の看板同様に景観を考慮して撤去したそうだ。信号もなく、横断歩道もない・・・。

 

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なんと、地下道を作ってしまった!しかも景観を意識した古い町並みとの相性が良いデザインである。ここまで来ると頭が下がる思いで一杯である。

 

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飛騨地方では昔から、酒を常温で飲むことは行儀が悪いとされたそうだ。そんな人々に好まれたのが燗につけると優しい甘みが楽しめる「やんちゃ酒」。「蒲酒造場」は宝永元年(1704)に商いを行い、宝永地震やその後の飢饉を乗り越えたのちに酒造りを始めた。現在も古川の人々に愛される酒を造り続けている。「やんちゃ酒」のみならず「銘酒 白真弓」も蒲酒造場を代表する逸品である。

 

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吉城の郷」にあるイタリアンカフェで地元の方と夕食。この施設は、かつての吉城郡古川町で活躍した名士「旧佐藤家」を改築し活用している。明治3年(1870)に建てられた邸宅は敷地が約800坪もある。市街地から離れていたことが幸いし、火事や都市計画の影響を受けなかったため当時の姿を今に残している。一時は無人となり老朽化が進んでいたが、地元住民の懸命な普及作業により復活を遂げた。

天台宗を二分する一因になった東塔と西塔の間
<滋賀県大津市>

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enryakuji4_13叡山ロープウェイから延暦寺へ歩く道は、一部が京都一周トレイルや東海自然歩道のコースと被ります。途中は休憩するのにちょうどよい広場があったり、苔むした石碑が連なる山道を歩いたり、変化に富んでいて楽しく歩けました。基本は下りなので楽なのもイイです。約30分の間に外国の方も含めて7・8人とすれ違いました。

 

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20分ほどで東塔エリアの少し手前までくると、西塔エリアとの分岐がありました。スケジュールを考えると行けないのですが、気になって様子見に。橋を渡ると…

 

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山王院堂(さんのういんどう)という建物がありまして、案内板には「派閥争いした僧侶の一派がここから木像を背負って三井寺(園城寺)へ移住したといわれる」なんて書かれています。調べると天台宗を山門(延暦寺)と寺門(三井寺)に2分する大事件の一因になった場所とのこと。山中の静かな場所にある小さな建物ですが、歴史はこんなところでも動いていると知り不思議な気持ちになります。

 

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山王院堂のそばに西塔エリアへ降りて行く階段がありましたが、時間がかかりそうなので今回は断念。ちょっと心残りです。

 

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先ほどの分岐からは数分で東塔エリアの裏口(?)に。各エリアのゲートでは入場券を見せる必要があるので、山を下りるまで必ず持ち歩きましょう。

 

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東塔エリアに戻ってきたので、延暦寺のシメに國寶殿へ向かいます。國寶殿近くの坂には伝教大師伝などを伝える看板がズラリ。道の両側あわせて全部で30点くらいあるでしょうか。読みたい気持ちはあったのですが、歩いてきた方向とお話の順番が逆だったのでここもあきらめてしまいました。

 

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國寶殿は別途拝観料500円を納めて入館。内部は撮影禁止なのでお見せできませんが、3フロアに渡って貴重な文化財を見ることができます。でも山内の拝観料と別に500円は少し高い気が…。編集部の近くには一日いられる東京国立博物館(一般入館料:620円)があるので、博物館系にはかなり厳しめなんです。

 

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帰りは坂本ケーブル&バスで京阪の坂本駅へ。ここから電車に乗ると15分で三井寺・35分で石山寺といった有名寺院がある駅に行くことができます。

 

比叡山には4時間半くらい滞在しましたが、東塔エリアと山頂付近あわせて本当にごく一部しか行くことができませんでした。西塔や横川などの地域や、訪問できなかった御堂なども多く、懐の深さは計り知れません。お出かけのさいは、できるだけ時間をとっておくか、行きたい場所とスケジュールをしっかり決めておくことをオススメします。

 

 

この連載おわり

なんだか寂しい気持ちになる比叡山頂とその周辺
<滋賀県大津市・京都府京都市>

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東塔の敷地と思われる場所をでると、道案内の看板がありました。智證大師御廟を経由すれば30分ほどのようなので、左側のルートで登ります。

 

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すぐに山道らしくなりますが、よく歩かれているのでスニーカーなら問題ありません。写真の所が一番歩きづらさMAXでした。傾斜も東塔エリア内の階段よりきつい所はなかったです。

 

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enryakuji4_03cただ、智證大師御廟がなかなか見つけられません。変わりに工事現場やテレビ局の中継基地があらわれてきます。しかも次々と…。近くまでは車道も通ってますので安全面では心強いですが、霊山の雰囲気を期待してきた身としてはかなり残念。

 

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中継基地群からは5分も歩かずに山頂に到着。滋賀県と京都府の境界でもあります。なのに…申し訳程度に置かれた山頂票に正直ガッカリ。樹木に囲まれて眺望もほぼありません。個人的にはピークが踏めて嬉しい気持ちもありましたが、山歩きが好きな人以外にはまったくオススメできないルートでございました。

 

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山頂から1・2分ほど京都側に降りると広い駐車場が見えてきます。こちらは京都側から比叡山への入り口となっている様子。ちょっとした食事をできそうな店は閉まっていましたが、トイレは使えました。

 

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駐車場からの展望は開けていて琵琶湖も良く見えます。比叡山を挟んで南北いずれにも琵琶湖が見え、その巨大さにただ驚くばかり。

 

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駐車場の一角は延暦寺バスセンターになっており、京都駅とつなぐバスや延暦寺内の周回バスが発着していました。周回バスは30分に1本程度で回ってくるようです。ちなみにバス停の向こうにポコっと見えるのが、さきほど行った比叡山の山頂あたり。ここからなら5分くらいでたどり着けます。

 

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冬季休業中でしたが、西洋画家たちが夢見た自然の風景を再現した「ガーデンミュージアム比叡」という施設もありました。園内には比叡山の一角をなす山頂「四明岳」のピークがあるのですが、敷地内にあるので入れず…。それにしてもこういった施設で4ヵ月半も冬季休業があるってスゴイですね。

 

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駐車場から400m先にはロープウェイもあり、その先2km歩けば東塔地区まで戻れるようなのでさらに先へ進みます。

 

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enryakuji4_10bで、まずはロープウェイ乗り場に行ってみたのですが…ボッ、ボロボロ。本当に営業しているのか疑わしい見た目です。滋賀県側の坂本ケーブルとの差にビックリです。

 

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なかに入ってみたら、京都方面を見下ろす2階は廃墟寸前。たまたま一緒になった学生たちも「なんだここ」と唖然としていました。

 

enryakuji4_11b乗り場の入り口はまさかの無人改札…車両が入ってきたときも無人なのでしょうか? なんだか悲しい気持ちになってしまいました。坂本ケーブルではロマンティックだったのに、叡山ロープウェイはメランコリックな感情がとまりません。京都側からの比叡山訪問は、自動車利用が多いのかもしれませんが、交通機関を旅の楽しみにする人もいるのでもう少し頑張っていただきたいところです。

 

 

つづく

最澄法師が計画した「六所宝塔」の中心へ
<滋賀県大津市>

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文殊楼の次は、大きく案内が出ていた阿弥陀堂へ。行く手の坂道には比叡山に関する話が書かれた看板がならんでいます。ここ以外にも同様の看板は多数あり、すべて読み進めるとかなりの知識が得られるはず。ただ、気になったのは、このような看板のほとんどがなぜか坂道に置かれているコト。歩きながら読むには情報量多いし、留まって読むには足場が斜めで落ち着かないんです。

 

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enryakuji3_02bなんてコトを考えながら歩いていたら、延暦寺東塔地区で最も標高の高いところにある阿弥陀堂に着きました。

 

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ここは1937(昭和12)年に比叡山開創1150年を記念して建立された先祖回向の道場で、一般の方の法要も行なってくれるとのこと。「こないだ親戚の法要が比叡山であってね…」「そう、延暦寺」なんて、どこかの良家と思わせるセリフも実現可能です。

 

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阿弥陀堂の横には納経所があり、阿弥陀堂と東塔の御朱印はこちらでいただくことができます。目の前にある庭園には水琴窟(すいきんくつ)が造られていて…聞こうとしなければ聞こえなかったのに…集中して耳をすますと澄んだ高い音がかすかに聞こえてきました。不思議。

 

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調べてみたらヘルムホルツ共鳴という原理を用いているそうです。創始者は不明らしいですが、どうやって思いついたのでしょうかね。水琴窟のまわりでは、かすかな音を聞こうと多くの人が静かで落ち着いた状態になっていました。なかなかすごい作用です。

 

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比較的一般の方に開かれた施設のためか、阿弥陀堂は内部の撮影もOKでした。煌びやかな内装のなかにあっても、ご本尊である阿弥陀座仏像がひときわ輝いて見えます。静謐な堂内に一人で座ってみると、日ごろ無信心の者(私)でも宗教について意識するものがありましたね。

 

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堂内の片隅には写経の用意もされていました。初心者でも書けるようにうっすらとお経が印刷されていて、心を込めてなぞればよいのです。同じくうっすらと「御奉納料一千円~」とも書かれていました(有料です)が、時間に余裕があれば般若心経を書いてみたいところです。

 

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enryakuji3_07b阿弥陀堂と並んで建っているのは法華総持院東塔。ここは「日本を護るために国内6カ所に宝塔を立て、それぞれ法華経一千部八千巻を納める」という最澄の計画の中心となる塔とのこと。当時のものは残っておらず、現在の建物は1980(昭和55)年に再興されたもの。なかには入れませんでしたが、ガラス越しに覗き見ることはできました。法華経は塔の上層部に安置されているようです。

 

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阿弥陀堂と東塔の間は山頂・や西塔エリアへの道へ続きます。せっかくなので、京都の鬼門にあたり王城鎮護の山とされた「比叡山」の山頂まで行ってみることにします。

 

つづく

想像以上! 内部に別世界が広がる延暦寺総本堂と急勾配の階段
<滋賀県大津市>

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坂本ケーブルの延暦寺駅をでると琵琶湖が見下ろせ、あらためてその大きさに驚きます。なんせ北側は陸地でなく水平線見えてますから。この景色だけでも登ってくるかいがありますよ。

 

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しかし、駅の周りをみてもお寺らしき建物は見当たりません。案内の看板をみると、延暦寺という建物があるわけじゃなさそう…広い山内は「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」の3つのエリアに区分されていて、数多くの御堂が点在しているようです。歩きで全部見て回るのは、観光より修行に近いかも?

 

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ケーブル延暦寺駅から比叡山延暦寺東塔(とうどう)エリアの入り口までは歩いて10分ほど。関東ではお寺はふらっと入っていけるイメージですが、延暦寺はしっかり管理されていますね。こちらで巡拝料700円を納めて、仏教修練の山岳道場・比叡山延暦寺の域内へ。

 

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入るとすぐに広場になっています。手前は軽食とお土産をあわせた売店で、曲がったところにトイレや喫煙スペースがありました。また、売店の奥に見える万排堂では御朱印の受付をしており、その先の一隅会館の一部は参拝者のための無料休憩所になっています。延暦寺は広い範囲に見どころが点在しているので、ここでちょっと落ち着いて拝観コースと時間を確認しておくと良いかもしれません。

 

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売店の向かい側に延暦寺総本堂の根本中堂(こんぽんちゅうどう)があります。しかし、なんと2016年から10年かけて行なう大改修が始まっていて、外観はかろうじて屋根の一部が見えるていど。1642(寛永19)年の建造で国宝に指定されている建物が、しばらく見られないのは非常に残念。

 

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しかし、内部の見学はできるので一安心。薄暗いなかでみる御本尊の薬師如来や法灯は神秘的であり、一段下からは低く読経が聞こえてきて、一般とは異なる空間を垣間見ることができました。撮影禁止のため写真をお見せできないのですが、「別世界」といって差し支えない独特の空間です。興味のある方はぜひ足を運んでみてください。

 

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enryakuji2_06_a2根本中道をひとまわりして外へでると、正面にかなり急な石段が…。これがなかなかお目にかかれない傾斜で、怖くて登れないという人がいても驚きません。やはり修行の場としての名残りなのでしょうか?

 

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enryakuji2_08その石段を登ると文殊楼(もんじゅろう)。「三人よれば文殊の知恵」で有名な文殊菩薩がまつられていて、楼の横側には合格祈願の絵馬が多数かけられています。もともとは根本中道へ至る前の門の役割を担っていて、先ほどの階段を降りてご参拝に向かったそうです。

 

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文殊菩薩は上層に祀られていて、楼内に入って見ることもできます。しかし、楼の2階へ至る階段の傾斜がこれまた急で…どちらかというとハシゴのカテゴリーに近いような…。 多くの人に踏まれた踏板もつるつるで、僕が登ったことがある階段の中でベスト3に入る怖さでした。もちろん、下りも急なので要注意!  知恵より体力とか胆力とかが向上しそうです…。

 

 

つづく

ロマンティシズムを刺激する日本一のケーブルカー
<滋賀県大津市>

寺社仏閣をめぐる観光地でまず名前があがる京都。世界的にも有名であり、外国人も含めた観光客が多数訪れる人気スポットですが、落ち着いた旅を楽しみたいと思う人にはちょっと賑やか過ぎやしませんか? そうお考えのあなたにオススメしたいのが、京都の隣にある滋賀県。「本当に昔のモノが残っているのは滋賀という人もいるよ」と京都出身の弊社社長も言ってます!

 

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ということで、東京北部の自宅を始発で出発したら8:00にJR京都駅に到着。新幹線のフォームを出たとたん通勤ラッシュに巻き込まれ、デカい荷物で京都のみなさまにご迷惑をかけつつ滋賀へと向かう湖西線へ。するとさっきまでの喧騒が嘘のようにホームはガラガラ。先頭車両に乗っているのは僕だけ。あっという間に一人旅気分トップギアです。

 

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出発して約10分で琵琶湖が見えました。いつのまに滋賀県に入ったのかは分かりませんが、めちゃくちゃ京都駅から近いです。

 

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さらに10分ほど走って比叡山坂本駅に到着。ここは織田信長に焼き討ちされたことで有名な比叡山延暦寺へのアクセスのひとつ。また、坂本地区は延暦寺を開いた最澄さんが生まれた町でもあるそうです。麓のケーブルカー乗り場へ行くバスやタクシーが待機していましたが、天気も良いので歩いて行くことに。

 

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駅から比叡山方面への道はほぼ一直線。ゆるい上り坂の途中はまさに古き良き町並み風景が残されていて、ついつい寄り道したくなります。

 

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enryakuji1_06b途中で京阪坂本駅を通過するのですが、そこから先は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。一帯は安土桃山時代~江戸時代にかけて、高齢になった僧侶が隠居のために移り住んだ里坊が50あまりも点在していた門前町。過度に観光化せず自然体でありながら、見て歩くのが楽しい地区だと感じました。

 

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比叡山坂本駅から20分ほど歩くとケーブルカーの坂本駅が見えます。1925(大正14)年建設という洋風木造2階建の駅舎は、国指定の登録有形文化財です。

 

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1993(平成5)年にリニューアルされたという車体は、新しさと懐かしさが混在したデザイン。大きく取られた窓のガラスもしっかり磨かれていて、外の景色も綺麗に見えます! 当たり前のようですが、意外と窓ガラスが傷だらけの観光ケーブルカー・ロープウェイって多いんですよ。

 

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上へ伸びる線路とレトロな内装のためか、なんとなく「銀河鉄道」のイメージが思い浮かんできます。カムパネルラもメーテルもいませんが、上に登って行く車両は旅気分を盛り上げてくれますね。

 

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琵琶湖や遠ざかっていく湖南の町並みが見えると、なぜか「みんなの幸い」を願いに行くような気がしてきました…もう、おじさん一人旅のロマンティックがとまらない。

 

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「ターンアウト」と呼ばれるケーブルが入き違う場所では、車内にシャッター音が響きわたります。ちなみに延暦寺駅までの長さはケーブルカーの営業距離日本一となる2km越え。途中の山中には希望を伝えれば降りることもできる駅が2カ所あります。それぞれ供養塔や石仏など見るものはありそうですが、山中のためあまり降りる人はいないようです。僕が乗ったときに、たまたま一人の男性が降りていったのですが、そのあと車内が少しザワつきました。

 

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延暦寺駅のなかはこんな感じ。自分の年代ではこんな駅舎みたことないのに、懐かしさを感じてしまうのはどうしてですかね。映画やTVの影響なのでしょうか?

 

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延暦寺駅も1925(大正14)年建設の洋風木造2階建。こちらは国指定有形文化財にくわえて近畿の駅百選にも選ばれています。歴史ある寺の町でなぜ洋風建築だったのかはわかりませんが、当時のハイカラ建築も100年足らずで懐かしさを感じさせる文化財になるのですね。ここから向かう1200年の歴史を持つ延暦寺が何を見せてくれるのか楽しみになります。

 

 

 

つづく

独特の景観をなす合掌造りの集落~白川郷~後篇
<岐阜県大野郡>

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朝食前の散策。うっすらと雪が積もり、冬の里山風景が広がっていた。雪囲いを始めていた家もちらほら見かけた。合掌造りが当たり前のように点在している景観に圧倒されるとともに、これが世界遺産かと朝っぱらから興奮気味。早朝であったため、人がいなかったせいか何か得した気分であった。

 

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郷土料理である朴葉味噌を中心とした朝食。朴葉の上に味噌と薬味をのせ、焼きながらご飯とともにいただく。少々焦げた部分がたまらなく香ばしくて美味しい。海苔を巻いて食べると、また違った味が楽しめる。

 

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朝食を終え、再び散策へ。日が出てきたせいか、うっすら積もっていた雪が解け始めていた。合掌造りの家屋は雪下ろしの作業軽減や水はけを考慮したと言われているが、養蚕が盛んに行われたことも関係している。山間ということもあり、耕作地を少しでも多く確保するために屋内で作業したと言われ、作業を行う際に屋根裏を活用する必要があったと推測される。1階は住居、2階は蚕室、3階は物置といった具合だ。1階から出る煙によって2階が温まるようにと床材には竹簀が使用されており、煙が抜けやすくなっている。

 

 

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白川郷の北に位置する棚田。山を彩る緑、赤、白とのバランスが見事であった。

 

城山天守閣展望台から望む集落。白川郷といえばこの風景と感じる人も多いはず。この地域の家屋は妻屋根が南北に向けられている。日当たりを良くすることにより、融雪や茅葺屋根の乾燥を促進させるほか、夏には蚕を暑さから守るため屋根裏部屋の窓を開放し、南北の風を吹き抜けさせるためと言われている。

 

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荻町で最大規模を誇る「和田家住宅」。住居でありながらも内部を公開している貴重な建物である。当日も、多くの観光客が見学に訪れていた。和田家は江戸時代に塩硝の取引で栄えた名主で、20名以上が生活していたとされる。1995年、主屋、土蔵、便所の3棟ならびに土地が国の重要文化財に指定された。