水の国、わかやま。すべての源は“水”にあった。~聖なる水に寄り添う旅~
<和歌山県>

■丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)

5770da772b8f11c4f26d3e335e080180

ここに祀られている丹生都比売大神は「水の女神」とされている。その由来は、社のある天野の里が、紀の川の水源のひとつであること、空海に授けた神領には周辺の川が多く含まれていたことだ。また、「丹生」とは水銀の原料「朱砂」を指すことから「朱の女神」ともいわれている。

 

■熊野本宮大社 大斎原(おおゆのはら)

大斎原 (1280x853)

大きな鳥居が堂々とそびえたつ大斎原は、「水霊の斎(いつ)く霊地」を意味する。かつては熊野本宮大社があり、日照りが続くと雨乞いの儀式が行われた。パワースポットとしても有名で、今では多くの観光客が訪れる。

 

■熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)

7a93dda94e69893de5fec052ee824682

熊野三山のひとつでもある熊野速玉大社。鮮やかな朱色に包まれた拝殿は見る者を圧倒する美しさだ。主祭神の一柱である速玉大神は熊野川の水勢を神格化した神様で「速玉」とは「玉(霊)のように光り輝く生命力」を象徴している。

 

■湯浅醤油

094853c11aa3daac46d389b653693042

湯浅醤油とは湯浅町で醸造される醤油の総称である。湯浅町は醤油発祥の地とされ、良質な水が豊富にあったため、古くより醤油造りが盛んに行われた。水や原料にこだわり、今もなお、昔ながらの製法にて作り続けられている。

 

■不老橋(ふろうばし)

daec4a2efac0f2eb0ad64f3448191061

紀州藩第10代藩主徳川治宝の命により、1850年(嘉永3年)に着工し、翌年に完成したアーチ型の石橋である。江戸時代に作られたアーチ型の石橋は、この地域では非常に珍しいそうだ。勾欄部分には美しい彫刻が施されており、技術の高さがうかがえる。

 

■熊野の森

熊野の森 (1280x854)

常緑広葉樹、針葉樹、落葉樹が混然一体となっている「熊野の森」は、水があふれる土地である。年間降雨量3,000mmを超える環境は、黒潮の影響を強く受けている。南方熊楠も愛した「熊野の森」は、いのちを育むエネルギーに満ち溢れている土地である。

 

写真提供:公益社団法人和歌山県観光連盟

富豪たちの別荘から名宿へ。海と温泉の町、熱海で歴史を刻む建築『起雲閣』
〈静岡県熱海市〉

全国有数の温泉街として知られ、明治期より政財界の要人や文化人が別荘を構えた静岡県熱海。「起雲閣」の名で知られる旧内田信也・根津嘉一郎邸は、非公開の岩崎別荘と今はなき住友別荘と共に「熱海の三大別荘」と称された。

もとは海運王・内田信也が、大正8年、母親の静養のために用意した別邸で、大正14年に鉄道王・根津嘉一郎が土地・建物を譲り受け、敷地を拡げて2つの洋館と広大な日本庭園を整備した。「池泉廻遊式庭園」と呼ばれる美しい庭は、山梨県にある根津氏の自宅とも同じ様式で、茶人でもある同氏の造詣の深さを物語る証左だろう。

その後、昭和22年には金沢のホテル経営者で能登の富豪・桜井兵五郎の手に渡り、旅館「起雲閣」として開業。大正時代そのままの和館と、日本、中国、西洋の修飾や様式を融合した秀麗な洋館が並び建つこの宿には、政財界人をはじめ文学者たちも多く訪れた。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
瀟洒な『サンルーム』は、根津氏により建てられた洋館の『玉姫』に隣接。国産初のステンドグラスを製造した宇野澤辰雄による天井と、池田泰山によるタイルの床が優美だ。アールデコを基調としたデザインの屋根と天井は、ガラスで葺かれ鉄骨で支える構造。天井と高窓の間には石膏で刻まれた唐草模様の装飾が見られる。

桃山風の『玉姫』の天井には、ほんらい伝承されるべき技術が一度完全に途絶えたために現在は製作困難となっている貴重な金唐革紙(きんからかわし)という壁紙が使われている。旧岩崎邸旧林家住宅にも見られる金唐革紙は、たいへん高価なことでも知られ、富豪自身の財力をひと目でわからせる“効果”も思いのほか好まれたという逸話まである。

昭和7年に完成した洋館にある食堂『玉姫』は、正面中央に暖炉がある西洋式の建築スタイルを基に「折上格天上(おりあげごうてんじょう)」など日本の神社仏閣に用いられる建築様式が混在していて面白い。さらに細部に目をこらせば中国風の彫刻もあしらわれている。

別棟の『金剛』に隣接したサンルーム。ガーデンハウスとして建てられた『金剛』にはモダンな照明器具や大正時代のものと思われるアンティーク家具まで見どころが一杯だ。

映画監督・溝口健二の作品「雪夫人絵図」の撮影がおこなわれた『ローマ風浴室』は、優美なステンドグラスが配された格調高い空間。浴槽まわりには、肌触りや滑り止め効果を考慮した木製タイルが敷かれ、上品な中にもやさしい風情を醸している。

和館『麒麟』の壁には「加賀の青漆喰」と呼ばれる石川県加賀地方の伝統的な左官の技術が施されれている。これは旅館になってから塗り替えられたもので、所有者である桜井兵五郎が自身の出身地・石川県金沢市に伝わる『高貴な色(群青色)』を取り入れたものだ。その昔、前田家の殿様のみに許された特別な色だという。

旅館となってからは、志賀直哉、山本有三、坪内逍遥、谷崎潤一郎、舟橋聖一、武田泰淳など、名だたる作家たちからも愛された「起雲閣」。歴史を刻んだ美空間はいまも人々を魅了してやまない別天地のようだ。

 

写真:乃梨花

お寺でデートの時代到来! 築地本願寺の開きっぷりがスゴイ
<東京都中央区>

tukigi1_10
ひらかれたお寺を目指す築地本願寺は、設備面でも新たな提案を見せている。

 

tukigi2_10b
なにかのモニュメントか、通風孔のように見える施設は、2017年11月に開設されたお墓「築地本願寺合同墓」。つい斬新なデザインに目がいってしまうが、ここでは墓地を新たに買えない場合や、持っていても相続する身内がいないという人々のニーズに対応した新しいスタイルの提案がなされているのだ。

 

tukigi2_11b
例えば生前の申し込みを積極的に受け付けているのもそのひとつ。代々のお墓の相続が困難であったり、そもそもそのような考えが薄まっている都市部では、死後の心配を失くすひとつの答えになるだろう。礼拝堂への刻銘は俗名で統一されるという点も従来とは異なるアプローチ(戒名・法名を追加することも可能)。また、いままで分かりづらかった墓地使用・供養料や諸々の手続きなどがホームページで明記され、墓地や供養に対しての疑問を払拭されている。

 

tukigi2_06

同じく2017年11月に開設された施設が情報発信基地「インフォメーションセンター」。寺院内の施設には見えないスタイリッシュなデザインの建物は、まさに「開かれたお寺」の象徴。館内には東京メトロ築地駅1番出口と直結されており、築地本願寺の新たな窓口として訪れた人々に様々な情報を提供してくれる。

 

tukigi2_08
エントランスを抜けると、まずは築地本願寺の総合案内窓口が現われる。まるでホテルのようなインフォメーションカウンターには、外国語対応ができるスタッフが常駐しており、各種冊子も数か国語で対応。国内はもちろん海外からの訪問者も意識して準備されている。

 

tukigi2_09
tukigi2_09bカウンターの横では築地周辺の写真展示が行なわれ、その先にはお寺の施設とは思えないほど明るくお洒落な飲食スペース「築地本願寺カフェ Tsumugi」がオープン。「Tsumugi」では仏教にちなんだ食事のほか、築地場外市場のお店のおつまみやアルコール類も置かれており、様々なシーンで利用することが可能。取材時は僧侶とともに利用されている方も多く、従来とは異なるコミュニケーションスペースにもなっているようであった。

 

tukigi2_09c
このほかにも、館内には築地本願寺のオリジナルグッズが売られているオフィシャルショップや、仏教関連図書を取り揃えた築地本願寺ブックセンターなど、観光がてらでも気軽に足を運べる施設が充実。築地にきたついでに「ちょっと本願寺でお茶だけ」なんて使い方もできそうだ。

 

tukigi2_14

ちなみに「Tsumugi」の営業時間は朝8時から夜9時まで。ライトアップされ昼間とは異なる雰囲気に包まれる本願寺を眺めながら、お洒落な店内でアルコールを楽しむ。開かれた築地本願寺は、そんな形で訪れる人も歓迎してくれるだろう。

 

tukigi2_13
少し前まで、夜のお寺といえば暗くて怖いものと相場が決まっていたが、本願寺は明るく美しい。歴史あるお寺が大きな変化をするには、賛否両論があり様々な問題も発生するはず。しかし、ただ伝統に寄りかかるのではなく「時代にあわせて変革する姿勢」は、様々な分野で求められているのかもしれない。

江戸時代の暮らしぶりが垣間見える竹原の重伝建地区
~後篇~<広島県竹原市>

松阪邸 (1280x960)

菱格子の塗り込め窓や「てり・むくり」といった、波うつような独特の大屋根が特徴的な「松阪邸」。塀からせり出した松の木が良いアクセントになっている。江戸末期に建てられ、1879年頃に全面改修が行われた。塩田経営、廻船業、醸造業と多角経営を行うとともに竹原町長も務めるなど、町の文化活動にも熱心だったそうだ。

 

「旧笠井邸」は1872年に塩田(塩浜)の浜主である「笠井清八」によって建てられた大屋敷である。現在はNPO法人ネットワーク竹原により管理されており、無料にて開放している。

 

715a49103cf63a1dc2c8ffd387119de8

2階へ上がると見事な梁が剥き出しになっていた。細工が施された竹は、「町並み竹灯り」というライトアップイベントに使用される物で、その準備が進められていた。古き街並みが数千本の竹灯篭から溢れるろうそくの灯りで、幻想的な雰囲気につつまれるとのことだ。

 

46319b97b63f6e41c2ef374835ad8820

2階から眺める本町通り。落ち着きのある街並みが広がっていた。竹原は「たまゆら」というアニメの主な舞台となっており、旧笠井邸の外観や部屋などが作中に登場している。この眺望も同じく作中のワンシーンとして使用されている。

 

旧笠井邸から本町通りを少し進んだところにある横道を入ると「愛宕神社」がひっそりと佇んでいた。文字が消えかかっており少々読みづらかったが、どうやら火災が起こらぬようにと祈願して祀られているようだ。社の中に小さなダルマが沢山並べられていたが、よく見るとひとつひとつ顔が違い、非常に気に入ってしまった。

 

f0ebdc7084ebba93a732d096868dd9c4

神明掛町通りの西側、住吉橋の近くに建つ「日の丸写真館」。その古びた感じが特異な存在感を放っていた。角を削ぐように作られた外壁がとても斬新なデザインに感じた。1932年頃に建てられた後、改修工事が行われているが当時の姿を今に残している貴重な建物である。2014年「国土の歴史的景観に寄与している」と評価され国登録有形文化財に登録された。

 

竹原市の重要文化財に指定されている「森川邸」。まるで時代劇に出てくる奉行所のような面構えをした豪邸だ。改造された箇所が少なく大正時代の姿をよく残していることや、トイレ、風呂などの付属屋が現存していることが高く評価されている。

 

「住吉橋」からの眺め。この本川は、竹原伝建地区の西側に位置する。心地よくひっそりと流れる川の様子を伺いながらの休憩。珍しい色をした漆喰?の壁が、やや薄暗い風景の差し色になっており、散策の余韻に浸るにはふさわしい場所であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲州名物。郷土料理の「ほうとう」で行列のできる店「皆吉(みなき)」
〈山梨県甲州市〉

甲州・勝沼へ来たのなら、ぜひ寄って食べたいのが、山梨県名物、郷土料理の「ほうとう」だ。「ほうとう」の由来についてはさまざまな説があり、その1つに武田氏の家臣・駒井高白斎が記したとされる記録史料『高白斎記(甲陽日記)』に、家臣に“麺を振る舞った”とする記述が見られ、この麺が「ほうとう」ではないかとされる。

いっぽう「ほうとう」の語源については、平安時代に、こねた小麦粉を麺棒で細長く延ばし、煮込んだうどん「餺飩」(ハクタク)の音が転じて「ほうとう」になったのではないか?とも言われる。語源はさておき、山梨県では「ほうとう」は、武田軍の圧倒的な強さを支えた信玄公ゆかりの陣中食として広く知られている。

この山梨きっての自慢料理「ほうとう」を歴史を感じる明治建築のお座敷でのんびり優雅に食べられるのが「皆吉」だ。ここ勝沼では知らない人がいない!といわれる有名店で、自家製味噌をつかったコクのあるスープの美味しいほうとうが味わえる。

休日には庭や軒先に順番待ちの客たちが列を作って並ぶ光景もこちらではおなじみだ。皆吉では「ほうとう」のほかにも「鳥もつ煮」「馬刺し」「合鴨のくん製」などのお酒に合う一品料理もあり、メインの「ほうとう」が来る前にそれらをつまみながらお酒を楽しむのも良さそうだ。

入店までの待ち時間には、通りをはさんだ側から建物全体を眺めてみよう。まるで盆栽のように美しく整えられた植栽が目にはいるはずだ。同様に中庭の日本庭園の佇まいも見事なので、記念にインスタ映えする写真を狙ってみるのも面白い。

室内は広い座敷にゆったりと席が組まれている。時間はまだ午後3時半。なのに、すでに店内に客の姿はほとんどない。理由は『本日の営業は(すでに)終了』のため。1日ぶんに用意した「ほうとう」の材料がなくなると、そこで営業終了!というのがこの店のルールのようだ。

「ほうとう」ができるまでの間は、白ワインを飲みながらのんびり。山梨産葡萄の「甲州」と「デラウエア」から作られた地元勝沼のワイナリー(丸藤葡萄酒)の「ルバイヤート」というワインをいただく。

そして待つこと25分。ようやく登場した「豚肉ほうとう」。特製味噌のコクのあるだしが、とろみのあるスープと一緒に野菜とほうとうの両方に沁みていて美味しい。思い出したらきっとまたどうしても食べたくなる「やみつき度A」リストにさっそく加えたい。

1日ぶんの「ほうとう」がすべて出尽くしてしまった、まだ午後も早い店先の風景。数時間前までぎゅうぎゅうに人がいた場所が急にガランとして、午後の斜陽が射す庭は心なしか淋しげに目に映った。

 

写真:乃梨花

人々の暮らしによりそうリニューアル! 現代のお寺のカタチ
<東京都中央区>

tukigi1_01京都西本願寺・第12代宗主准如上人によって1617(元和3)年に建立された「浅草御堂」に端を発し、明暦の大火や関東大震災によって場所も名称も変わってきた歴史を持つ築地本願寺。一見しただけではお寺に見えない現在の建物は1934(昭和9)年に再建されたもので、本堂や石塀、門柱などは国指定の重要文化財。築地という立地にありながらも広大な敷地を持ち、芸能人やスポーツ選手の葬儀も多く行われている。

 

tukigi1_02
そんな築地本願寺が、いまの時代に合ったカタチのお寺へと変化するべく様々な取り組みに着手している。「ひらけ!! 築地本願寺。」と銘打った『「寺と」プロジェクト』を進めているのだ。ホームページもかなり現代的に改訂され、まるで企業サイトのように見えるほどである。見学可能時間や行事のスケジュールはもちろん、インフォメーションセンターやコールセンターなどの案内も分かりやすく記されており、ユーザー(?)の目線にあわせて作られたと感じる。歴史あるお寺がココまで変われることに敬意を覚えるリニューアルだ。

 

tukigi1_03

tukigi1_03bIMGP5131まあ、建物からして異国情緒あふれていて、よくあるお寺とは全く異なるスタイル。慣例にとらわれず思い切った改革を進める下地は、元からあったと言えるのかもしれない。

tukigi1_05b

 
tukigi1_07取材日は、本堂にて報恩講日中法要が執り行われていたが、参加者以外の一般観光客も本堂に入ることが可能。後ろの方には「一般の方」向けにパイプ椅子も用意され、厳粛に行われる式典や荘厳な内装を見学することができた。

 

tukigi1_08
最後列では月によってデザインが変わる「築地本願寺参拝記念カード」が配布されているほか、参拝記念のスタンプ台が置かれていたり…

 

tukigi1_09c
芸能人(Xjapanのhide)の祭壇があり、観光客やファンの人たちが訪れていた。

 

tukigi2_05
「時代に合ったカタチに再構築した現代のお寺」の言葉通り、本館内には「TV会議室」なる部屋もある。このような現代の技術は、法話のインターネット配信や電話相談など、多くの人が気軽にお寺と触れ合えるよう、寺内だけでなく一般の人向けにも活用されている。資料請求や講座の予約はWebで可能だし、電話相談を受け付けるコールセンターも準備されている(ちなみにフリーダイヤル)。

 

tukigi1_10

本願寺の開きっぷりは、先月(2017年11月)オープンしたばかり新施設にも色濃くあらわれている。お寺の一部に見えないその施設は次回紹介する。

 

つづく

 

吟醸酒の産みの親「三浦仙三郎」誕生の地
<広島県安芸津町>

JR呉線安芸津駅より徒歩にて約5分のところに位置する「今田酒造本店」。吟醸酒の父ともいわれる三浦仙三郎の情熱と由緒ある酒銘を引き継いでいる酒蔵だ。こちらでは「富久長(ふくちょう)」という日本酒やリキュールを製造している。今回は特別に許可を取り見学させて頂いたが、食品衛生上の理由と小規模の蔵であることから、年中を通して蔵見学はお断りしていることをご理解願いたい。

 

仕込みで繁忙期を迎えていたため、作業の邪魔にならぬよう見学。もくもくと上がる水蒸気が建物を包み込んでいた。製造に使う木箱の熱による殺菌処理を行っており、辺りにはうっすらと熱気が漂っていた。

 

こちらで製造されている「富久長」は、三浦仙三郎によって命名された。広島の伝統である軟水醸造法による吟醸造りをベースとしており、繊細でやわらかいのが特徴。また、2017年フランスで初の日本酒品評会KURA MASTER純米部門において「純米吟醸 八反草」が最高位プラチナ賞を受賞した。

 

「富久長」の歴史を感じさせる酒器たち。時代は不明だが、少々濁った感じの白が味わい深い。

 

敷地内に干されていた柿。柿に含まれる成分ビタミンCとタンニンは二日酔いに効果があると言われている。そのためなのだろうか、それとも食後のデザートなのか。いずれにせよ生活感あふれる光景に微笑ましさを感じた。

 

誇らしげにそびえたつ赤煉瓦の煙突。いわゆる酒蔵の顔である。個人的な意見ではあるが、広島の酒蔵を巡るにあたって、目に焼き付けておきたいのがこの風景である。酒蔵が持つ歴史やプライドの象徴ではないだろうか。

 

紅葉に染まるぶどう畑と、明治建築の母屋を使ったワイナリー
〈山梨県甲州市〉

江戸時代には甲州街道の宿場町として栄えていた勝沼。明治から昭和初期までは養蚕のかたわら、ぶどうを主体に果物を産出する農業地帯であったが、今は『ぶどうとワインの生産地』として有名だ。日本ワイン発祥の地でもある山梨県は、国内で最も多い新旧約80(※)のワイナリーを持つ。※ワインの国山梨より

JR中央本線に乗って「勝沼ぶどう郷」駅に降り立ったら、まずはその見晴らしの良さを堪能しよう。対岸に見える小高い丘の頂上には勝沼のランドマーク『勝沼ぶどうの丘』が見える。ここから季節ごとに移り変わる田園風景の様子を見るのも、訪れた時の楽しみのひとつだ。

駅ホームから『勝沼ぶどうの丘』までは、散策するにもちょうど良い距離だ。坂や勾配もつね日頃の運動不足解消にはぴったり。降りてきた坂道を途中で振り返れば、思わず気持ちがほっこりする晩秋の里山風景にも出会える。

関東では、農業生産のかたわら養蚕をおこなうのが、江戸から戦後まで続いた農家の典型的な営農風景だった。山梨には養蚕農家だった家も数多く残っており、里山風景の中に歴史の痕跡を見ることができる。蚕にとって風通しをよくするための「高窓(突き上げ屋根)」が設けられた家は、以前に養蚕農家だったことをしめすものだ。

晩秋の陽光に照らされて輝く鮮やかなオレンジ色。本格的な冬の到来前に、軒下などに柿をいっせいに並べて寒風にさらし、ころ柿(干し柿)を作る。昔から続く甲府地方などに見られる、晩秋から初冬にかけての風物詩だ。

今回訪ねたのは『原茂(はらも)ワイン』。大正10(1924)年創業の小さな家族経営のワイナリーだ。明治期に建てられた築130年以上の母屋は、社長で代表を務める古屋氏の家を改装したものだという。屋根には養蚕農家の特徴である高窓がついている。

じつは古屋家は勝沼の地主で、もとは小作人たちを雇い、稲作や畑作、養蚕などを手がけていたという。しかし国内における養蚕業の衰退とともに、山梨県では桑畑からブドウ栽培に多くの農家がシフトしていく中で、古屋家のようにワイン造りへと進む生産者も生まれていく。

ワイナリーのガーデンは、頭上一面がぶどう棚に覆われている。透過した陽の光がキラキラと地面に落ちて、光と影のマーブル模様が愉しげだ。

『原茂ワイン』では、ワインの販売とテイスティングを母屋1階にあるショップで行っている。2階は雑誌などでもよく取り上げられる人気のカフェ『カーサ・ダ・ノーマ』。残念ながら冬の間はお休み(4〜11月営業)だが、古民家の落ち着いた空気に加え、おいしいワインと料理で、つい時間を忘れて過ごしたくなる癒やし空間だ。

地元のオーガニック野菜を使ったバーニャカウダ・サラダ。さすが地元の野菜だけあって、味も見た目も力強い。

甲州ぶどう100%で作られた白ワインにもぴったりだった。

赤ワインに合いそうな『とりレバーと牛蒡のコンフィ』。

カフェの注文カウンター。もと蚕室だったため、気抜き用の窓が今はおしゃれなアクセントに。

ぶどう棚と古民家と瓦屋根が、まるで中世の古城のような雰囲気を醸している原茂ワインの園内。ここでは都会の喧騒も、どこか遠い世界のように感じられる。

 

写真:乃梨花

豊洲移転で揺れ動く築地場内市場を覗く
<東京都中央区>

tukigi2_01前回は築地の場外市場を紹介したが、外があれば内もあるということで、今回は移転予定の場内市場。ところで場内と場外の違いをご存知だろうか?  築地場内市場は都内に11カ所ある東京都中央卸売市場のひとつで、公設と言いかえると分かりやすい。対して、場外市場は民営地に自然発生的にできたものだといわれている。

 

tukigi2_02世界最大級の水産物取扱規模を誇り、日本の市場価格に強い影響力を持つ場内市場は、東京都により管理されている。そのため、今回の移転問題が都政の場で話されているのである。

 

tukigi2_04
tukigi2_05誰でも場内市場への入場は可能だが、どちらかというとプロの方の買い付け向けという面が強く、一般客の買い物や見学は一部地域を除き午前10時以降が推奨されている。とはいえ、卸売店は昼前にほとんどが閉まってしまうので、なかなか難易度は高いといえる。仲卸業者売場で正午ごろに開いている店はほぼ無い。

 

tukigi2_10
tukigi2_12tukigi2_06飲食店や物販店が軒を連ねる「魚がし横丁」なら、お昼の営業をしているところもある。コチラにはテレビや雑誌で取り上げられた有名店も多く、多くの観光客が連日おとずれる。ただし、人気店は朝早くに行かないと列に並ぶことすらできない場合も。

 

tukigi2_13

tukigi2_11

 

長時間並ぶのが嫌な人には、市場で働く人がさっとお腹を満たす庶民的な食べ物屋が多い水神様通りがオススメ。こちらも大抵混みあっているが、回転が速いのでそんなに待たずに食べることができる。「早く・安く・うまい」食事こそ、築地市場で味わうべきものなのかも。

 

tukigi2_08
ちなみに1899(明治32)年に開業した吉野家の1号店もこの通りの一角にある。ただし、営業時間は5:00-13:00。なんと24時間営業のチェーン展開をしている企業の本店でも、13時に終了してしまう。分かりやすく吉野家の例をあげたが、他の店舗もほとんどが13時か14時には閉店。午後には、ほとんどの店舗が営業終了しているのも築地場内市場の特徴だ。

江戸時代の暮らしぶりが垣間見える竹原の重伝建地区
~前篇~<広島県竹原市>

竹原街並み_mosaic (960x1280)

江戸時代、広島藩が塩田開発に乗り出し製塩業を基盤に栄えた竹原市。平安時代、京都・下鴨神社の荘園として栄えた歴史から「安芸の小京都」と呼ばれる。なかでも江戸時代中期の街区が残る竹原町の一部は重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

 

6966eb1fb084b887475ea1a90600d337

重伝建地区の北側に建つ胡堂。西方寺の階段と共に原田知世主演映画「時をかける少女」の舞台となった場所である。メインは尾道だが竹原でもロケが行われた。竹原の小祠(しょうし)の中では最も古く最大規模の建築と言われている。

 

4cb5ad4cca02267152068b49f2240efd

頼一門発祥の地として重要な意義を持っていることから、1957年、県史跡に指定された「頼惟清旧宅(らいただすがきゅうたく)」。「日本外史」の著者である頼山陽の祖父・惟清が紺屋を営んでいた町屋であり、江戸時代中期の史跡として貴重な建物である。これにもかかわらず無料で見学できるのでオススメだ。

 

薄い青のレトロモダンな外観が目立っていた「歴史民俗資料館」。昭和初期に図書館として建てられたが、もとは江戸時代中期の儒学者、塩谷道碩の旧宅跡である。現在は、竹原町に繁栄をもたらした製塩業の歴史や資料などが展示されている。

 

その昔「西方寺(さいほうじ)」は田中町にある禅寺だった。1602年、現在地に建てられていた妙法寺が火災により焼失したため、その翌年、この地へ移り浄土宗に改宗したそうだ。こちらは1702年に再建された本堂。典型的形式をもつ仏堂は、江戸中期の造りを今に残しており、貴重な建築物であると言われている。

 

西方寺本堂横の高台に位置する「普明閣(ふめいかく)」。県重要文化財である木造十一面観音立像を祀っており、京都の清水寺を模して建立したとされる。町のどこからも望めることから、この地域の景観の中心となっている。「普明閣」からは竹原の町並みを一望できるため、観光客のみならず、地元の方々も時代を問わず訪れるという重要な場所である。

 

眺望(1280x960)

「普明閣」からの眺望。竹原の古き良き街並みが一望できる。時代を問わず、様々な人たちが訪れるのも納得がいく。「工場の煙突から出ている煙が景観を崩す!」という人もいるだろうが、今を支える産業と古き良き街並みの融合も悪くないと感じた。

 

23088a4ab33d91c8d768f82e50439667

西方寺付近にて見かけた落書き。誰かが軽い気持ちで書いたことをきっかけに増えてしまったのだろう。重伝建地区として保存・活用に尽力している方々の苦労を考えると、とても残念な気持ちになる。ラクガキ。ダメ。ゼッタイ。

 

竹鶴酒造_正面 (1280x960)

黒い漆喰壁が重厚感を醸し出していた「竹鶴酒造」。竹鶴酒造はニッカウヰスキーの創業者である「日本のウイスキーの父」と言われる竹鶴政孝の生家である。NHK連続テレビ小説「マッサン」にて、彼のウイスキーにかけた情熱と人生が描かれたことはあまりにも有名である。