鎌倉時代の興亡が悲しい跡を落とす、歴史に彩られた伊豆最古の温泉地
〈静岡県伊豆市〉

伊豆半島の中で、もっとも古い歴史を持つ修善寺温泉は、大同2年(807年)に弘法大師がこの地を訪れたさいに『独鈷の湯(とっこのゆ)』を湧出させたとする話を起源としています。室町時代後期には、やがて関東一円を配下に治めることになる北条氏の祖となる早雲が修善寺に湯治と称して間者で忍び込み、その後の『討入り』への下準備をしたと言われています。
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明治から大正にかけては、夏目漱石や川端康成をはじめとする文豪たちが湯治に訪れたことでも知られる修善寺。これまで多くの文学作品のなかにも登場し、その町並みは現在でも当時の面影を色濃く漂わせています。※注・写真中央は現在の『独鈷の湯』。
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桂川沿いにかかる朱塗りの橋。“伊豆の小京都”と呼ばれるにふさわしいしっとりした情緒が感じられる散策コースです。
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桂橋を渡った先の『竹林の小径』も、文学作品の舞台にぴったりな古都の風情が感じられます。
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さらに、歴史好きなら立ち寄りたいのが『指月殿』。23歳の若さで修善寺に幽閉され、その後、祖父である北条時政がさし向けた刺客により殺害されたとされる源頼朝の息子・頼家の菩提を弔うために母である政子が建てた経堂で、伊豆最古の木造建築と言われています。
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『指月殿』の中に安置されている御本尊の釈迦如来坐像。静岡県の指定文化財で、右手に蓮の花を持っているたいへん珍しいお釈迦さまです。
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頼家ばかりではなく、父である頼朝の弟、頼家にとっては叔父にあたる源範頼もここ修善寺で亡くなりました。兄である頼朝に謀反の疑いをかけられた末の非業の死(自害)という説もあります。ここ『日枝神社』の境内には、源範頼が幽閉され住んでいたという信功院跡(庚申塔のみ現存)がいまも残っています。

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また『日枝神社』は、明治元年に神仏分離令が発令されるまで、修禅寺の山王社(鎮守)でした。修禅寺と隣り合わせなのもそのためで、現在は、根元が一つにつながった樹齢約800年の『子宝の杉』のご利益を授かりに若い夫婦が訪れることでも知られています。
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温泉街の中心にシンボルのように鎮座する修禅寺。温泉とおなじく、こちらも弘法大師を祖(弘法大師により創建)としています。鎌倉時代の貴重な遺品類を多く収蔵することで知られる宝物殿(宝物館)では、岡本綺堂の『修禅寺物語』が生まれるきっかけとなった頼家の面も見られます。
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大晦日の「除夜の鐘」には、大ぜいの参詣客が並ぶことでも知られる境内脇にある「鐘楼堂」。丸い石積みの上に組まれた木の堂が、周囲の緑と調和する姿は、まさに日本の美!
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質素でありながらも格調が感じられる本堂とその建築。弘法大師にはじまり〜鎌倉時代〜そして文豪たちが訪れた明治・大正時代〜現在へ。ときに暗い翳を落としながらも、絶えることなく続く“ニンゲンたちの営みと暮らし”をこの寺はずっとこの場所で見守り続けてきたのかもしれません。

 

写真:乃梨花

吟醸酒のふるさと、東広島の魅力 ~酒造りに賭けた男たちの物語~
<広島県東広島市>

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クセのない口当たり、フルーティーかつ辛口、すっきりした味わい、そして後に残らぬ酔い心地。昨今人気の旨い日本酒といえば、大吟醸あるいは吟醸などと呼ばれる酒が多い。この吟醸酒が生まれるのには、東広島が大きく貢献したということをご存知だろうか?
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“吟醸酒の父”とも呼ばれる「三浦仙三郎」(↑安芸津・榊山八幡神社の銅像)は、現在の東広島市安芸津町の出身である。酒造業は殖産興業とともに明治期に大きく発展したが、広島には酒造家にとって不利な条件があった。それは、広島の水が、酒造りには適さない軟水であったことだ。軟水には酵母の栄養分となるミネラル分が少なく、通常の醸造法ではうまく発酵が進まなかったのだ。この不利な条件を逆手にとって、仙三郎は「軟水醸造法」という画期的な製法を確立し、ふくよかでキメ細かな酒を造りだしたのである。

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また吟醸酒誕生に大きく貢献した人物として、現・東広島市西条町出身の「佐竹利市」を忘れるわけにはいかない。日本初の動力式精米機(↑写真)を完成させ、佐竹機械製作所を創立して、金剛砥石を使用した画期的な精米機「竪型金剛砂精米機」を開発したのだ。ちなみに、精米歩合60%以下が吟醸、50%以下が大吟醸なのだが、50%以下にするには機械精米で2昼夜もかかるのだという。つまり重労働かつ非効率な足踏み式精米機では、とてもじゃないが不可能だったわけだ。

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東広島を中心とした酒造りの歴史に貢献したのは、三浦や佐竹というイノベーターだけではなかった。国の醸造技師として試験場に赴任してから、終生広島を離れずに杜氏の育成や酒質の向上に尽力した「橋爪陽」、賀茂鶴酒造の創業者であり酒造学校を造って「軟水醸造法」を世に広める努力をした「木村静彦」など、この地にかかわる多数の人たちの工夫と努力があったからこそなのだ。

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東広島市西条が日本三大銘醸地のひとつを謳っているのは、こういう歴史に根拠があるのだ。現在も西条には多数の酒蔵が操業しており、大きな蔵の甍が連なりレンガ煙突の立ち並ぶ眺めは、まさに酒造りの都と呼ぶにふさわしい。もちろん良い酒造りは、水と米。町に湧き出る竜王山の伏流水、広島を代表する酒米「八反錦」、そのルーツである「八反草」、盆地ならではの寒暖差など、ここが銘醸地として名を馳せるに至った条件はたくさんある。
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これら良い酒造りに欠かせない条件は、まさに豊かな自然環境ということでもある。海側の安芸津は、生産量日本一を誇る広島の牡蠣を養殖する拠点であり、その旨さは折り紙つき。

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同じ安芸津の赤い粘土質の畑で採れる赤ジャガイモは、でんぷん質が多くとてもホクホクしていて甘い。コロッケにすると絶品である。

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西条のグルメといえば、この美酒鍋。味付けはとてもシンプルで、たっぷりのお酒と塩・胡椒のみ。それだけに素材そのものの旨みを酒が引き出し、あっさりしたなかに奥深い味わいが楽しめる。

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ここでは紹介しきれない東広島の魅力はまだまだあるが、最後に「酒まつり」を紹介しよう。毎年10月初旬の土日に催され、とにかくもう町中が酒一色、人出が20万人を超えるというから、ちょっと他所にはない規模である。二日間しこたま呑めるということで、酒好きにはたまらないイベントである。左党の方はもとより、そうでない方も、ぜひ一度訪れてみてほしい。酒はただの飲み物ではない、文化なのだ。連綿と続く酒造りの伝統を大切にし、この町に誇りを持つ地元の方々の意気込みと熱い想いが伝わってくる、それこそが「酒まつり」の本領だと思う。

オリーブの島。それだけじゃない小豆島② 
<香川県小豆郡>

■オリーブ

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国産オリーブは小豆島が発祥の地であり、香川県の県木、県花に指定されている。平成20年には栽培開始から100周年を迎えた。収穫、加工されたオリーブオイルは全国に流通しており、最高級品として扱われている。日照時間、降水量などオリーブの栽培に適した気候と先人たちの努力による賜物である。

 

■オリーブ商品

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オリーブはオリーブオイルだけではなく、様々な商品として愛されている。新漬けや化粧品、お茶などにも使用されている。オリーブを使ったブランド食材も注目したい。オリーブの絞りかすを配合した餌で育った「オリーブ牛」「オリーブ夢豚」。脂身の甘みが特徴だ。またオリーブの葉を配合して餌で育った「オリーブはまち」も食してみたい。

 

■道の駅 小豆島オリーブ公園

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青、白、緑のコントラストが美しい小豆島オリーブ公園。青く穏やかな瀬戸内海、緑が美しい丘に建つ風車など、ギリシャを思わせる風景につつまれている。約2,000本のオリーブや様々なハーブも栽培されており、これらを使用したクラフトショップも好評だ。春には満開の桜、秋にはオリーブの収穫体験が楽しめる。

 

■手延べそうめん

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日本三大そうめんの1つとされている小豆島手延べそうめん。幕末に書かれた「小豆島名所図会」では「色白く細くて美味なる。他国の産と異にして最よし」と記されている。太さは0.8ミリにこだわり、麺を伸ばす工程では純正ごま油を使用している。日々異なる自然条件の中で先人たちが苦労して培った技術を受け継ぎ、極上の手延べそうめんを今に継承している。

 

■寒霞渓(かんかけい)

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小豆島が誇る景勝地「寒霞渓」は、日本三大渓谷美と称される。約1,300万年前の火山活動により誕生したと伝わり、奇石と季節によって表情を変える大自然は必見。ロープウェイでは約5分で山頂に到達できる。体力に自信がある方は、片道約1時間の登山コースがオススメ。迫力ある渓谷美を肌で感じることができる。

 

■壺井栄

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小豆島が生んだ人気女流作家、壺井栄。明治32年、醤油樽職人の五女として坂手地区に生まれる。家庭が苦しかったため、他家の子守をしながら日銭を稼ぎ坂手小学校へ通っていた。後に同郷であるプロレタリア詩人の壺井繁治を頼り上京、夫婦となる。昭和13年の処女作「大根の葉」以来、作品を次々に発表。その数は全部で約300編にのぼる。昭和29年「二十四の瞳」が映画化され一躍有名となる。

「ほんとの空」を探すあだたらの里山散歩
<福島県二本松市>

01_IMGP9706詩人・彫刻家として有名な高村光太郎の詩集「智恵子抄」にある「東京に空がない」「安多多羅山の山の上に毎日でている青い空が智恵子のほんとの空」といった言葉は、教科書に採用されたこともあり多くの人が知っているだろう。それを言ったとされる光太郎の妻・高村智恵子が生まれ育った場所には、造り酒屋であった「生家」が復元されており、併設された智恵子記念館とともに観光名所のひとつとなっている。

 

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智恵子の生家の裏手にある「智恵子の杜公園」は、散策を楽しみながら智恵子と光太郎の足跡に触れることができる。東京での生活に馴染めず、実家と行き来することも多かったといわれる千恵子が安らげる場所だったのだろう。

 

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「稲荷八幡神社」までの階段は5分もかからず登れる。小ぶりだがなかなか味のある拝殿で、牧歌的な周囲の雰囲気に溶け込んでいる。この境内から先には、当時としては珍しい女性洋画家として活動していた智恵子のエピソードが書かれた石板が置かれ、作品の背景などを知ることができる。

 

04_DSC_0462神社から先は自然に包まれたなだらかな歩道がつづく。里山を登っていくのだが、良く整備されており歩きやすい。

 

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10分ほど歩くと遊具やトイレなどがある公園がある。そこから奥へ進むと、銅像の彫刻があちらこちらに置かれアートに触れ合うこともできる。「彫刻の丘」と名付けられた一帯は、芸術家であった光太郎と智恵子にちなんでいるのだろう。

 

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さらに10分歩くと「みはらしの広場」へ到着。アーティスティックな建物は展望台で、かなり複雑な構造だ。螺旋階段を登って円柱上部の手すりが付いた場所へ。

 

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上からは智恵子が住んでいた町が一望できる。阿武隈高地の山々をバックに、阿武隈川に沿うように続く町並みを眺めると、人は「自然に沿って生きている」ということを感じる。心労をかかえていたという智恵子は、この景色を見てどのような想いを抱いていたのか。

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円柱の内部は天井が無く、そこからは「あだちのほんとの空」が見えるようになっている。「丸く切り抜かれた空」は広がりが無く残念な気がしたが、これほど空だけを見ることは他ではない。智恵子が言ったとされる「ほんとの空」について自然と考えてしまう。

 

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ちなみに、みはらしの広場は自動車でも行くことが可能。駐車場から少し車道を歩くと安達太良山を眺めることができる。その安達太良山の登山道にも「このうえの空がほんとの空です」という柱があるので、機会があれば足を運んでみてはいかが。

深いブルーの湖畔に佇む“伝説”の女性とは?
〈秋田県仙北市〉

日本百景にも選ばれている景勝地「田沢湖」は最大深度423.4mを誇る“日本一深い”カルデラ湖。深さがあるため真冬でも湖面が凍らないことで知られ、透明度が高く深い湖水に差し込む太陽は、光の角度や水深に応じて明るい翡翠色から濃い藍色にまでトーンを変えるといわれています。
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この湖のシンボルにもなっている『辰子像』は、そのむかし、辰子という美しい村の娘が人から龍へと姿を変えた「辰子伝説」のヒロインがモデル。東北地方にまたがって伝わる「三湖伝説」とともにこの地方に残ります。この金色に輝く『辰子像』のほかにも「辰子観音」「姫観音像」「たつこ姫像」が湖周辺に散らばっており、伝説の力強さを物語ります。
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ここ「田沢湖」周辺や、さらに山あいの奥深くにある温泉地は、古くから湯治場として知られてきました。現在も温泉浴を楽しみに訪れる観光客や、湯治を目的に通う人まで、連綿と過去からの同じ景色が続いています。
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玉川の神代ダムの下流から抱返り神社まで約10kmにわたって続く抱返り渓谷は、東北屈指の渓谷美を誇る名所です。両岸の原生林と岸壁にかかる滝やエメラルドグリーンの独特の渓流が美しい景観をかたち作り、とくに新緑や紅葉の季節に見られる自然美は息をのむ美しさです。
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ゆるくカーブする桧木内川沿い2kmの川岸に連なる見事な桜の並木道は、1934(昭和9)年に今上天皇御誕生のお祝いに町民が植えたのが始まりとのこと。国の名勝にも指定されているこの土手の桜は、いまでは大木となって広々と枝を張り、満開時には桜のトンネルにもなります。
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「田沢湖」からバスで80分ほど揺られ、山の奥へと分け入ったところ、ちょうど八幡平に位置する「玉川温泉」は、不治の病が治ったという数えきれないほどの逸話が存在する日本有数の治癒温泉として知られています。地面のいたるところから蒸気が噴き上がる様子は、まるで地獄の底の谷のよう。独特な眺めには、心を奪われるものがあります。
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「玉川温泉」での1ヵ所からの温泉湧出量は、1分あたり9000リットルと日本一を誇ります。さらにはこれも日本一の「pH1.2の強酸性」という湯の酸性度。つかると肌がぴりぴりするといいますから、人によっては刺激的なのが癖になるかも?源泉100%の浴槽の他にも、源泉50%の浴槽、浸頭湯、寝湯、打たせ湯、蒸気湯とバラエティ豊富で、岩盤浴も依然として人気だそうです。
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「玉川温泉」と源泉をおなじくする「新玉川温泉」には、JR田沢湖駅からバスに乗ると「玉川温泉」よりすこし手前で着きます。こちらは近代的設備が揃った山荘ふうの宿舎で、奥にある老舗とどちらを選ぶかは、人それぞれ好みが分かれる所でしょう。

「四国遍路 愛媛県③」 ~煩悩を断ち切る「菩提の道場」~ <愛媛県今治市>

■第54番札所 延命寺

平安時代、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が荒廃していた堂宇を再建。近見山延命寺と名付け、信仰や学問の中心道場とした。

 

■第54番札所 延命寺 山門

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静かな佇まいを見せる山門は、今治城門のひとつを明治3、4年に今治城を取り壊した際に譲り受けたもの。

 

■第65番札所 三角寺

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煩悩を断ち切る「菩提の道場」の巡礼を締めくくる最後の札所「三角寺」。急勾配の石段を上りきると山門にたどり着く。境内は多くの緑に囲まれており、四季折々の景観が楽しめる。本尊は安産、子授けの仏様「十一面観音」であることから、多くの妊婦さんや夫婦が参拝に訪れる。

 

■三角寺 本堂

三角寺は聖武天皇の勅願により行基が開基したとされる。その後、嵯峨天皇も深く信仰し寺は繁栄を遂げたが、兵火により堂宇を焼失。本堂は、1849年(嘉永2年)に再建された。本堂近くには樹齢300年~400年と言われる山桜がある。寺を訪れた小林一茶はあまりの美しさに感嘆したそうだ。

 

■三角(みすみ)の池

弘法大師は三角の護摩壇を築き、21日間、この寺で修行を行った。三角の池は、その跡とされている。池の中央には小さな島があり、弁財天が祀られている。

 

 

懐かしき日本の情景~明治の香る街「小坂町」~<秋田県鹿角郡>

奥羽山脈の西側、鹿角盆地の北部に位置し、かつては小坂鉱山などの鉱山資源で栄えた秋田県「小坂町」。決して大きくはないが、細かい部分まで整備が行き届いた非常に美しい街である。

 

康楽館は明治43年、鉱山で働く人々の厚生施設として建てられた芝居小屋だ。労働者のみならず家族までもが招待されたとのこと。老朽化やテレビの普及により、一度、一般興業が中止されたが、町の人々の熱意により昭和61年に見事に復活。平成14年、国の重要文化財に指定された。一世紀を経た今も現役であり、大御所の歌舞伎役者もここで演じている。

 

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舞台や桟敷は江戸時代の典型的な芝居小屋をモチーフにしており、2本の花道(本花道と仮花道)が存在するのは非常に珍しいとのこと。また、切穴(すっぽん)と呼ばれる役者を舞台にせり上げる装置もあり、人力で操作をしている。

 

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天井にあるチューリップ型の電灯や洋風の板張りは明治時代のもの。創建当時、東北には電気が無かったが、小坂鉱山が国内有数の水力発電所をもっていたため電灯が設置された。和洋折衷のモダンなつくりや画期的な設備により「東北一の芝居小屋」と称された。

 

明治38年に巨費を投じて建設された「小坂鉱山事務所」。当時の繁栄を象徴しているかのごとく、絢爛豪華な建物である。ルネッサンス風を基調とした木造3階建ては、全て天然秋田杉造り。屋根に設置されたドーマーウインドー(飾り窓)やペディメント(窓飾り)は気品と格調の高さを醸し出していた。こちらも康楽館と同様に国の重要文化財に指定されている。

 

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館内はモダンなデザインが多く施されていた。壁面の白と木材のコントラストが美しい室長所や見事な曲線美を描くらせん階段は見る者を魅了する。館内にある「モダン衣装室(有料)」では100着以上のドレスが用意されており、好きな衣装をレンタルして館内で撮影が楽しめる。

 

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建物の前には美しく整備された敷地が広がる。館内を見学した後は、ぜひ、この近辺を散策していただきたい。小坂町を大切に思う地元の人々のおもてなし精神が、ひしひしと伝わってくる。

 

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樹海ライン(県道2号線)を十和田湖へ向かう途中、忽然と現れた「七滝」。高さ約60mから七段にわたって流れ落ちるこの名瀑は、日本の滝百選のひとつに数えられている。七滝の周辺は公園として整備されており、付近には「道の駅こさか七滝」やレストランがあるので、この名瀑を眺めながら食事や休憩ができる。

 

 

 

日本中の温泉ファンを魅了する“憧れの秘湯”『乳頭温泉郷』
〈秋田県仙北市〉

季節を問わず一年を通して多くの湯治客が訪れる“秘湯”で有名な「乳頭温泉郷」は、十和田八幡平国立公園内の乳頭山麓に点在する7つの湯宿が集まったエリアの総称です。
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乳頭温泉郷を代表する存在として知られる「鶴の湯温泉」は、温泉郷のなかでは最も歴史が古く、遡ることおよそ1688年頃から湯宿としての経営の記録を持つといいます。開湯当初は「田沢の湯」と呼ばれていました。
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登録有形文化財に指定された茅葺屋根の宿泊棟である「本陣」。江戸時代に秋田藩の佐竹義隆がここへ湯治に訪れた際、警護の者が泊まった施設の名残りとして残されています。「鶴の湯温泉」は、この棟に代表されるような鄙びた宿の風情ある趣で全体が包まれています。
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「鶴の湯温泉」の中でもとくに有名な乳白色の混浴露天風呂は、乳頭温泉郷全体の看板イメージに用いられることもあります。山の懐に抱かれた乳白の湯は、人を惹きつけてやまない魅力に満ちあふれています。
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「妙乃湯」は2つの源泉を持ちます。茶褐色のにごり湯で知られる『金の湯』は、デトックス効果が期待できる酸性の温泉。いっぽうの『銀の湯』は、無色透明でとろんとしたなめらかで優しい泉質といわれています。
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森と渓流を望む開放的な「妙乃湯」の混浴露天風呂。日暮れ方には、露天風呂の建屋の灯りが山あいの緑と一緒に湯面に映えて、叙情的な色彩を帯びます。
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乳頭温泉郷の最奥部に位置する「黒湯温泉」は、ブナ林に囲まれて、ひっそりとした佇まい。時代をとび越えて、昔ながらの湯治場がひょっこりと姿をあらわしたかのような趣です。
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かつて付近の沢にたくさんのサワガニが生息していたことが名前の由来とされる「蟹場温泉」は、乳頭温泉郷ではめずらしく無色透明な湯をたたえます。
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おなじ「蟹場温泉」の混浴露天風呂『唐子の湯』。冬には周囲を厚い雪が覆うため、鄙びた秘湯という雰囲気がいっそうのこと強まります。
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「大釜温泉」は、昭和の古い木造校舎を移築したノスタルジックな雰囲気の宿。殺菌効果があるといわれる緑白色の湯で満ちた露天風呂のほかに、屋内の大浴場で乳白の湯も楽しめます。
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4つの源泉を持ち、『山の薬湯』と呼ばれる湯治場として、古くから知られている「孫六温泉」。先達川のせせらぎが耳に心地よく響いてくる川そばの湯小屋と岩づくリの露天風呂では、風情もたっぷり味わえます。
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乳頭温泉郷の中では、唯一近代的な施設となる「休暇村乳頭温泉郷」。十和田石を敷き詰めた内湯は天井が高く開放感いっぱいの広々とした造り。ブナ林に囲まれたモダンな露店風呂は、戸外のさわやかな風が吹き抜けていくような爽快さに満ちています。

 

【乳頭温泉郷へのアクセス】
JR田沢湖駅下車。駅前バスターミナルより『羽後交通バス』「乳頭線乳頭温泉郷行き」バスで約55分。

水の国、わかやま。すべての源は“水”にあった~水が創る旅~
<和歌山県田辺市他>

■百閒山渓谷(ひゃっけんざんけいこく)

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美しい苔に覆われた岩や、大小30ほどの滝に囲まれた幻想的な渓谷。渓谷沿いはトレッキングコースになっており、一般向きと健脚向きの2コースがある。ニホンカモシカを自然飼育している「かもしか牧場」もオススメ。

 

■日本三美人の湯 龍神温泉 上御殿

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国の登録有形文化財に指定されている老舗旅館。日高川を見下ろす岩の露天風呂は完全貸切制で絶景をひとり占めにできると評判だ。また、新鮮な山の幸をふんだんに使った料理は質・量ともに楽しめる。

 

■川湯温泉 仙人風呂

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川底から温泉が出るという珍しい天然露天風呂。大塔川が混ざり合い適温になるという。利用できる期間は限定されており12月~2月末日まで。夜に灯篭を灯すイベントも行っている。湯けむりがうっすらと照らされる景色は、温泉とは思えないほど神秘的だ。

 

■南紀白浜温泉 崎の湯

その昔、天智天皇が訪れたとも言われる「崎の湯」は、1350年余りの歴史を誇る名湯。地平線と太平洋が大パノラマで味わえる露天風呂だ。温泉の塩分濃度が高いため、短い時間で体の芯まで温まる。

 

■みなべ 鶴の湯

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江戸時代から湯治場として人々に愛されてきた温泉。緑豊かな自然に囲まれ、こぢんまりとした佇まいが特徴だ。鶴が羽を休め、怪我を治したと伝えられる源泉掛け流しの湯は、神経痛や疲労回復に効果があるとされている。

 

■安川渓谷c01165d23b86c64ceb20e263ff88448a

県立自然公園内に位置する「安川渓谷」は、四季を通じて楽しめる観光スポットだ。ハイキングや魚釣りはもちろん、山菜採りも盛んである。渓谷を流れる清流は透明度が高く、光が差し込むときれいな青色に変わる。

 

あの東京駅と同じ!辰野金吾が手がけた『岩手銀行赤レンガ館(旧盛岡銀行)』
<岩手県盛岡市>

中津川のほとりに建つ「岩手銀行赤レンガ館(岩手銀行(旧盛岡銀行)旧本店本館)」は、明治44年(1911)、およそ今から約100年前に建てられた。設計は東京駅でも知られる、辰野金吾と盛岡出身の建築家・葛西萬司の建築設計事務所によるもの。辰野金吾が設計した建築では東北地方に残る唯一の作品となる。
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赤レンガ造りに緑のドームとルネッサンス風の輪郭を持つ建築は、当時の洋風建築の特徴をほぼ完全な形で備えており、盛岡のシンボル的な存在感を放つ。
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青森ヒバが使用された建物内装は、震災による大きな被害を免れたため、内装部分・梁・筋交いなど、建設当時のままが残っている。また、通りに面した壁面は、2階がアーチ窓の開き戸、1階は上部に装飾のある上げ下げ窓と、変化がつけられている。
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メインエントランスから入ったところには、搭屋の形をした八角形のスペースがあり、上を見上げると美しいドーム下の天井があらわれる。
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2階への階段は3ヶ所あり、手摺もふくめ、すべてケヤキ材が使われている。南西にある表の階段は、総会室に通じ、賓客をもてなす意味もあって、ゆったりとした贅沢な造り。手摺子(手摺の下の縦棒の部分)の楕円状のモダンな意匠がリズミカルにつづく。
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東京駅に限らず、辰野金吾の天井装飾は名作ぞろいだ。
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約91万個の岩手県産レンガを積み上げた外壁に、白色花崗岩を使って白いラインが配された「岩手銀行赤レンガ館」。この辰野金吾の特徴的な建築デザインは、東京駅同様に、時の風化にもまったく色あせることがない。

 

写真:乃梨花