【谷根千さんぽ②】幸運を招く「七福猫」を探せ!谷中銀座編
〈東京都台東区〉

谷中銀座の楽しみ方の1つに「猫さがし」があるのをご存知ですか。とは言っても、タダの猫(?)では、もちろんありません。ふつうの猫(注・ナマ猫以外)なら、ここではすでにいたるところで見られるからです。店先の招き猫にはじまり、各種猫グッズ、窓際の飾り猫、猫型スイーツ、身につけるものまで、まさに「猫のまち」と呼ばれるだけあってその数は圧巻!
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今回はなにを隠そう、谷中銀座の名物の1つ「七福猫」探し。以前TVで話題になった時に小耳にはさみ、ぜひとも1度コンプリート(7匹全部を人に頼らず見つける)したいと思っていたのでした。なんでも?ほかの猫さんと見間違わずに見つけるヒントは“木彫りの猫”を探しあてることだとか。
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この商店街に入る手前では、本物の猫さんにも会いました。これは幸先が良いかも?
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では早速スタートです。いきなりお店の中から猫さんに手招きされましたが、もちろんこのコではなく、、
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最初に見つけた七福猫は、あまりにも目立ちすぎていた2匹のこのコたちです。商店街の入り口からおよそ2分の「武蔵屋豆腐店」の前にいる『阿にゃん(あにゃん)』と『吽にゃん(うにゃん)』。谷中ぎんざと書かれた木の台座に鎮座しつつ、商店街全体の福々効果にもしっかり貢献していそうです。
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続いてまたもや招き猫さん登場。あっちこっちにいるため、この通りを歩くだけで運気が上昇してきそう?
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2番目にすぐ見つかったのはこのコ。天ぷら・惣菜の「初音家」さんの看板ネコ娘(?)の『スミちゃん』。ところが、まだ3匹しか見つけてないのに、もう商店街の終わりのところまで来てしまいました。失敗。スタート地点に戻って、もう1度はじめからやり直しです。
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引き返す途中ですぐに4匹目の猫さんを発見!と言っても、どうか誤解のない様に。同じお店にいる猫さんですが、店の入り口で座って店番(?)をしている猫さんの方ではなく・・
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このお店「越後屋酒店」の軒上にいました。このコが4匹めの七福猫の『屋根猫』さんです。これでやっと残りは3匹に。
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ところが、そのあとはどんなに頑張っても残りの猫さん達が見つからなかったため、やむなくググって(スマホ)みることに。すると「お茶屋さん」のヒントを発見!さっそく心当たりの店に急行してみたところ、店先に陳列してあった招き猫のお茶缶が可愛いくて、つい先にそちらにも目がいってしまいました。
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結果は「金吉園(かねきちえん)」というお茶屋さんにて、5匹目の木彫り猫ちゃんを無事発見。前に置かれた紹介文によれば、このエグザイルの谷中のボス猫さん(笑)の名前は『クロ』ちゃんだということです。
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続いて6匹目となる『クロ』ちゃんの相棒の『タマ』ちゃんも発見。シッポは骨折(?)したのか包帯が巻かれています。(人気稼業もいろいろタイヘンそうですね、、)
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店を出て通りに戻り、歩きながらつい目を奪われた店先のディスプレイ。猫中心にキャラたちが集合して、これからなにかが始まるところかな?(まるでみんな仲良しのよう。楽しげで和気あいあいに見えますね。)
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そしてヒントとなる情報にアクセスしたにも関わらず、なかなか見つけられずにいた7匹目の猫さんをついに発見。その名も『イス猫』さんは、たしかに見つかりにくい場所にありました。(伸びた植物でほぼ通りから隠れていたため。ちなみにお店は「満満堂」です。)
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こうして今回、自力ですべての猫さんを探すことは無理だったとはいえ「七福猫」参りを無事終えることができました。あとは猫神様(?)たちによる「七福」が訪れるのを首を長〜くして待ちたいと思います。(③へ続く。)

 

写真:乃梨花

連なる赤い鳥居をくぐり抜け、鉄格子を開いて参る「穴稲荷」
<東京都台東区>

ueno09_01上野東照宮から少し坂を下ると赤い鳥居の連なりが見える。花園稲荷神社だ。連続する鳥居といえば、京都にある伏見稲荷大社が有名だが、近年の訪日観光客増加の影響もあり、コチラも知名度が上がっている。

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縁結びにご利益があるといわれるためか、外国人もカップルが多く見受けられた。ただ物珍しい場所を訪れているだけではなく、しっかりと神社の特性を理解して来ているのだなぁと感心する。それほど長くはない距離でも、赤い鳥居が続く階段を二人で降りていく体験は、それだけで特別なコトのように思える。

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鳥居の道を抜けると小ぶりだが賑やかな感じのする社殿がある。ここが花園稲荷神社で、現在の社殿は昭和3年に建てられたもので、花園稲荷という名前は明治6年の再興時に改められた名前。しかし、創祀時からの正しい名称は忍岡稲荷(しのぶがおかいなり)といい、いつからこの地にあったかが分かっていないほど古い神社とのことである。すぐ隣にある五條天神社よりも前ということなので、もしかしたら最古級の神社のひとつといえるのかもしれない。

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さらに、この稲荷神社にはかって石窟の上にあった事から「穴稲荷」という俗称がつけられている。しかし、伝承を知らなくても「穴稲荷」と呼んでしまう理由が、社殿から反対方向へ数歩あるくと見える鉄格子の奥にある。

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格子戸には貼り紙があり、参拝できることが分かるのだが、日本語が読めない外国の方は入り口で引き返していた。というより、昼でも薄暗く提灯にあかりがともされているので、日本語が読めても入りづらい…勇気をだしてなかに入ると、L字型の小さな通路になっていて、つきあたりまでの距離は10メートルほど。最奥に「お穴様」と呼ばれる小さな社が鎮座し祀られていて、古の宗教施設はこんな感じだったのではという神秘的な雰囲気があった。内部は撮影禁止になっていたので、お見せできないのが残念。

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ちなみに、社殿や穴稲荷へまっすぐ続く出入り口の方は、赤い鳥居の連なりがないのでご注意を。ただし、ここから境内を出て数歩坂を下るだけで、医薬の神様を祀られている「五條天神社」に行ける。

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五條天神社の入り口には大きな鳥居がある。実はなかで穴稲荷とつながっているのであるが、キチンとした入口はコチラ。ご由緒をみると、日本武尊(やまとたけるのみこと)が上野忍が岡をお通りになられた時、この地に御祭神をおまつりなされたとのことで、伝承での創祀はなんと約1890年前。 御祭神が医薬の祖神ということから薬効や健康に神威があるといわれ、以後さまざまな変遷をたどりながらも歴史を刻み続けている古社である。

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境内では、無病息災を祈る「茅の輪ぐぐり」の神事も行なうことができ、大勢の訪問者が順繰りに茅の輪をくぐっていた。眺めていると、みなさんキチンと同じ動きができているので驚いたのだが…。

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「輪のくぐり方」の作法がわかるように図入りの解説が設置されていたため、穴稲荷には躊躇していた訪日外国人も茅の輪くぐりは体験していた。来訪者が使う言語や年齢は様々なので、なるべく多くの人に伝える手段として、図や絵での表示は多用していくべきなのだろう。

【谷根千さんぽ①】江戸から昭和まで。古さと新しさが同居するレトロな町並み
〈東京都台東区〉

「谷根千(やねせん)」の愛称で親しまれ、最近では海外からの旅行者のあいだでも人気の下町として知られる『谷中・根津・千駄木』。このあたりは、震災・戦災をまぬがれた古い建物が多く残り、江戸や昭和の風情が味わえる東京では数少なくなった貴重なエリアです。今回はこの谷根千の古い歴史や情緒を感じさせる建物を中心に訪ね歩いてみました。
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まずは日暮里駅に近いところにある延命院です。重厚感のある石門から長く伸びた境内は、立体的で奥行きのある眺めでパッと目を引きます。ここの開基(かいき)は四代将軍徳川家綱の乳母・三沢局(みさわのつぼね)で、家綱出生の際に安産を祈祷した慧照院(えしょういん)日長が、三沢局の信施(しんせ)を受けて甲州身延山の七面大明神(しちめんだいみょうじん)を勧請(かんじょう)し、1648年(慶安元年)に別当寺(べっとうじ)として開創したと言います。
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この延命院でもっとも有名なのは境内にある樹齢600年の巨大なシイの樹です。が、訪れた時(9月)は本堂の前に咲く藪蘭(ヤブラン)が日本情緒たっぷりの絵になる風致を見せていました。
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その先にある「経王寺(きょうおうじ)」は、明暦元年(1655)創建の日蓮宗の寺院で大黒山と号し、境内の大黒堂には日蓮上人作という大黒天が祀られています。
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また、この寺の山門には上野戦争で敗走した彰義隊士たちが逃げ込んだ時に、追ってきた新政府軍からの銃撃を受けた弾痕が生々しく残っており、維新の意味を見る者に深く問いかけます。
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経王寺を過ぎ、すぐ先の路地に目をやると、昭和初期の建築と思われる木造の日本家屋とブロック塀が。「サユリ美容室」の味のある昭和レトロな看板と一体となって、こちらも魅力的な一角です。
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さらに進むと二股に分かれた道に出ます。ここを右へ行くと谷中銀座が見えてきます。この二股のポイントもなにか独特の雰囲気。主人公の人生が大きな岐路にさしかかる時、ここに立てば?「ベタな演出」と呼ばれる昼ドラのワンシーンにもなりそう?
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さらにちょっと奥に進むと道路にドテっと腹をつけ、シブめの表情でまったりしている猫さんを発見!近所の人たちから「ミッちゃ〜ん」と声がかかるのを見ると?さてはこのあたりの猫さんのようです。
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名所の「夕焼けだんだん」を下って、谷中銀座の商店街へ。
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谷中銀座の商店街の中で、もっとも昭和レトロを感じるお気に入りは、こちらの『美容室たてやま』。ハイカラな着物姿のおキャンな娘が店の前でポーズをつければ?今ドキのおしゃれ雑誌の表紙にだってなりそうです。
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さらに昭和レトロな雰囲気の店を探し求めて歩くこと5分。谷中銀座を通り抜け、よみせ通りに出て、三崎坂(さんさきざか)の途中にあるこの店はその名も「さんさき坂カフェ」。昭和の雰囲気と下町っぽさの両方が感じられる魅力。軒のブルーの板目のフェード(退色)感もたまりません。
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その並びにある創業明治8(1985)年の菊見せんべい総本店は、谷根千ではハズせないと言われている老舗の1つ。この店の屋号は明治時代に団子坂名物の菊人形を見に詰めかけた大ぜいのお客さんのお土産用として作られたことに由来するそう。純和風の町家ふうの店構えは日本人だけではなく多くの外国人観光客も魅了して止まないようです。
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昔ながらの大きな丸い蓋つきのガラス瓶に入れて陳列されたせんべいは、日本人にはノスタルジーを、外国人にも「和の魅力」を強く印象づけるようです。
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さて今回の最終地は大円寺としました。笠森おせんと鈴木春信の碑があるお寺です。童女の手毬唄にも歌われた笠森おせんは、明和年間、錦絵の開祖と言われる鈴木春信に描かれたことにより、江戸中にその名を知られる存在となったそう。有名な「江戸の三大美女」の1人をひと目見ようと笠森の茶屋には当時行列ができたそうです。笠森神社前におせんの茶屋があった縁で、その笠森神社を合祀している大円寺に現在二人の碑があるというワケ。歴史を知ると、お寺廻りもグンと魅力が増しますネ。

 

写真:乃梨花

訪日外国人にも人気の「上野東照宮」は日光と異なる魅力アリ!
<東京都台東区>

ueno_c20前回紹介した上野動物園から東照宮が見えるのをご存じだろうか? 上野公園のメインストリートからは少しズレているのだが、動物園の正門からほんの少し南へ歩くと、森の中に「上野東照宮」の幟が連なる道が現れる。

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幟に沿って歩くと大きな石の鳥居があり、そこから先が「上野東照宮」。1627(寛永4)年に家康を祀る神社として寛永寺境内に創建されたあと、1651(慶安4)年に3代将軍家光により今の社殿が造られた。現在も江戸時代の面影を色濃く残し、国指定重要文化財も数多く見ることができる。

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日光東照宮に比べると知名度は低いが、地元では「ぼたんの名所」として名が通っており、

ueno_c22そして、家康が開いた江戸府内にある東照宮として、地域の人々から大切にされ続けている。

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ueno_c23d鳥居の先の門をくぐると両側に石燈籠がならんだ参道。石燈籠は約200基あり、そのほとんどは1651(慶安4)年(おそらく家光が改築した際)に、各地の諸大名から奉納されたもの。

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燈籠に刻まれた文字はいまでもしっかり読むことができ、寄進者の名前や役職、奉納年月を見て歩くと、江戸時代のことを思い浮かべずにはいられないはず。そして、すでに365年もの時間をつないでいる燈籠やそこに書かれた文字に、畏敬の念を覚えるだろう。

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ueno_c26b参道のつきあたりに国指定重要文化財の唐門(正式名称は唐破風造り四脚門)がある。金箔と彫刻できらびやかに装飾されたこの門までくると、日光東照宮のもつ華美なイメージと重なるのではないか。

ueno_c27東照宮の見どころでもある建築装飾は、ただの飾りではなく様々な意味があるそうだ。たとえば、日光の眠り猫で有名な左甚五郎作と言われる「昇り龍・降り龍」の彫刻は、立派な人物ほど頭を垂れるという教えから、頭が下を向いている方を昇り龍と呼ばれる。また、この龍には「夜になると不忍の池の水を飲みに行く」という伝説もあるが、こちらは単にデキが良いということなのだろうか?

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唐門の左手には、お札授与所と東照宮社殿へと続く参拝入口がある。お札授与所ではお守りなども売られていて、なかでも家康のイメージと結びつきやすい「他抜(たぬき)守」が人気のようだ。気になったのは、車のライトを反射する手裏剣型のリフレクターになっている「忍者守」で、外国人が喜んで買いそう。

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そういえば、唐門まえの「ご参拝の作法」は、日本語版と英語版の両方が貼られているし…

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振り返ると、参拝しているのは日本人より訪日外国人のほうが多いくらいであった。有名スポットが多い上野公園の中にあるため、他の名所の陰に隠れがちな「上野東照宮」だが、海外からの旅行客には結構知られているようである。外国人に人気になると、日本人も押し寄せるというパターンは結構あるので、上野東照宮もさらに参拝客が増えるのではないだろうか。

 

 

 

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余談になるが、上野東照宮の鳥居の隣では、まさに昭和の雰囲気を残す老舗「東照宮第一売店」が元気に営業中。店内でラーメンやカレーなどを食べている人が意外といたが、ココはさすがに外国人にはハードルが高いようだった。いや、日本人にもかな?

神田明神!界隈で食べ・飲みあるき【神田明神②】
〈東京都千代田区〉

最近はサブカルの聖地としても話題に上るようになった神田明神こと神田神社ですが、すでに1,300年近くの歴史をもち、江戸時代には「江戸総鎮守」として将軍様から江戸庶民にいたるまで江戸のすべてを守護していました。今もなお、神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内など108の町々の総氏神様として、崇敬を集めています。
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この神田明神のご祭神には、大己貴命(おおなむちのみこと、大黒様)、少彦名命(すくなひこなのみこと、えびす様)、平将門命(たいらのまさかどのみこと)の3柱が祀られていますが、江戸の祟り神であり、守り神、勝負の神である「平将門命」が実質上の主祭神とも言われています。(平将門命は朝敵であったが為に未だに三之宮扱いなのです;)
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また、神田明神は風水上でも江戸にとって要となる場所に位置しています。そもそも江戸城・皇居は風水学の緻密な設計の上に作られていたと言われており、初代将軍の徳川家康が幕府を置いたのは、家康の宗教政策ブレーンである天海大僧正(てんかいだいそうじょう)の勧めだと言われています。
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その天海大僧正は、陰陽五行説にある「四神相応(しじんそうおう)」の考えをベースに江戸城を中心として四方結界を張り、鬼門(東北)を守護する現在の位置に、関東の巨大な地霊である平将門を祀る神田明神を(現在の)大手町から遷座して据え置きました。こうして風水的にはけっして良くなかった江戸の地を平安京を凌ぐほどの見事な風水都市に仕立て上げたのが、陰陽道のエキスパートであり、比叡山で天台密教を極めた、天海大僧正という人物です。
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そんなことを考えながら、神田明神の大鳥居のすぐ左手にある老舗「天野屋(あまのや)」を訪ねました。ここの松の緑と「明神甘酒」の紺地の暖簾がかかる和風の店の佇まいには、なぜか参詣したら立ち寄りたくなる風情があります。この地で創業して170年というこの店は、同じく神田名物と言われる「まつや」「いせ源」「竹むら」などの老舗とともに千代田区の「景観まちづくり重要物件」にも指定されています。
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ここ天野屋は江戸時代の後期、弘化3年(1846年)創業の甘酒屋です。初代の天野新助は京都・丹後の宮津藩の出身で、弟の仇討ちのために江戸の総鎮守であった神田明神に茶店を出し、仇相手が偶然通りががる機会を待っていた、というまるで時代劇に出てくるような逸話が今に残っています。その初代・天野新助が濁酒(どぶろく)を作る技術に近い、米麹が基本の甘酒作りを始めたところ、当時の江戸庶民の間で大流行しました。
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発酵によってできる甘酒は、じつは滋味豊かな栄養源。飲む「点滴」ともいわれ、即効性がありアミノ酸、ビタミンも豊富です。江戸時代、食欲のない盛夏には、うなぎと同じく夏バテ防止の栄養源として重宝されました。ここ天野屋では「甘酒」の伝統の風味を守ってきた天然の糀室が、店舗の地下約6メートルにあり、千代田区指定有形文化財となっています。(写真は冷やし甘酒と氷甘酒。無添加で手作りの甘さは、体にすうっと沁み込む優しさです。)
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もう一軒、神田明神の門前には、宵の頃に入ってみたい店がありました。
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こちらのお店「きやり」も参拝客で賑わっているのをたびたび目にし、以前から気になっていた店です。「明神そば」の灯篭看板と品の良い料理の盛り付け写真が店先に並び、天野屋同様に参拝したさい、つい立ち寄りたくなる、そんな雰囲気を感じていました。
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お通しの茄子の煮浸しは、料理の色が引き立つきれいな緑青色の皿にのって出てきました。予想通り皿や盛り付けもきちんとしていて、それだけで早くもちょっと嬉しくなります。
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2膳目には注文した「籠盛セット」(1800円・税抜き)が運ばれます。こちらは、少量ずついろんな種類の惣菜が盛られ、見た目もにぎやか。さらに天ぷらの椎茸には神田明神ゆかりの銭形平次の投げ銭の紋様が刻んであり、思わずニヤリとしてしまいました。これに少量のお蕎麦がつくので、仕事帰りのチョイ飲みには、質・量ともに十分といえそうです。
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と、ふつうはここで終了なのですが、今回は(取材ということで)籠盛セットに合わせて日本酒も注文してみました。日本酒のおすすめはなんといっても「江戸の酒」。メニューにある、1596年(慶長元年)に地元神田で創業した豊島屋酒造のお酒です。東京では最古の酒舗として知られ、清酒「金婚」は明治神宮、神田明神、山王日枝神社の、東京における主要三大神社すべてに御神酒として納める唯一の清酒だそう。これを聞いたらもう飲まずにはいられません。といいながら、結局頼んだのは、吉乃川・八海山・ばくれんの3種類が980円(税別)のお得な値段で飲める“本日の飲み比べセット”。量にもお味にも満足。そして何よりも家計に優しかったので・・
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ちなみに先に紹介した豊島屋酒造。初代豊島屋重右衛門が慶長元年(1596年)に現在の神田橋付近で商人たちを客として酒屋と一杯飲み屋を兼ねる「豊島屋」を始め、そのさいに当時飲み屋としては、めずらしい酒の肴に田楽の販売を始めたら大評判になったそう。さらには蕎麦と一緒に酒を飲むスタイルを最初に客に勧めたのも、なにを隠そうこの豊島屋十右衛門だと言われています。蕎麦と酒と田楽。いまでは“ふつう”のそれらにも“そもそもの始まりの歴史”がきちんとあるのが面白いですね。(写真は「きやり」の豆腐田楽。ほんのり焦げた味噌の香りに大豆の風味が残る木綿豆腐との組み合わせ。お酒もつい進んでしまいそう?)

 

写真:乃梨花

第1回・神田明神「納涼祭」【神田明神①】
〈東京都千代田区〉

730年に創建され、東京の中で最も古い神社の1つに数えられる神田明神こと神田神社。徳川家康が関ヶ原の戦いの前に戦勝祈祷を行ったことでも有名ですが、その後、家康が勝利して天下統一を果たしたため、幕府の尊崇する神社となりました。以後「江戸総鎮守」として、将軍様から庶民まで江戸の町と人々のすべてを守護する一方で、現代では仕事運、商売運をもたらしてくれるパワースポットとしても有名です。
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そんな神田明神で、さかのぼること8月の中旬に、今年(2016)が“初めて”となる納涼祭が開かれていたのをご存じでしょうか?
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そもそも神田明神といえば江戸三大祭の1つである「神田祭り」が有名。つまり祭りとは切っても切れない仲なのがこの神社です。現在では、2年に一度、5月に開催されています。
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また、ここ神田明神は東京都心に位置することや、都内有数の電気街「秋葉原」にも近いため、海外からの観光客にも人気です。近づく2020年東京オリンピック開催を背景に、そんな海外からの観光客がますます増える中、満を持して始まったのがこの「納涼祭」とも言えそうです。
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そんなことを思いつつ、さっそく祭りの様子を見ていくことに。やって来たこの日は開催中唯一の平日(12日)だったせいもあり、本堂に続く境内に入ると、人の数は・・あれれ?ふだんの平日とそれほど変わらなかったり・・?
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盆踊り用のやぐらにやって来ると、ここも日中はまだそんなに多くの人が見あたりません。でもおそらく夜にはぎっしりと人で埋まることでしょう。
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さらに一歩奥へ入ると、おいしそうな出店(でみせ)がズラリ並ぶエリアを発見。しかもなんとここには平日の昼からすでに大ぜいの人がつめかけていました。
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かわいい浴衣女子も2名発見。
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さらに奥にはパーゴラ天井の涼しい木陰スペースが。ここなら飲食用のテーブルがあり皿が置けるので、両手がふさがって飲み物が口に運べない?なんて心配もいりません。
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ここで私は周りの人が美味しそうに食べていた「けずりいちご」を真似して購入。ズバリ、いちごメニューの王道「練乳いちご」のフローズン版で、さてお味の方は・・?もちろん期待ハズレのワケがございません。
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氷(けずりいちご)が刺激となったのか、急に食欲モリモリに。次はがっつりお腹にたまる一品を、と探し歩いてみました。フードメニューがいろいろあって、どれにしようか迷ってしまいます。
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決めたのはトルコのケバブをダンナさまと可愛い男の子の3人家族で協力しながらワゴン販売していたこちらのお店。なんとも素敵な奥サマの笑顔につい引き込まれて購入していまいました。
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ところが、このケバブが、大正解!!同行のメンバーにも甘辛ソースのかかった皮が香ばしいカリカリのチキンを味見してもらったところ、皆で旨い旨いと言いながら、あっという間の完食でした。
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さて、喉が渇いたので、お次はびいる。ほとんどの出店でビールが置いてある中で選んだのがココです。「ラガービール」「モカブラウン」「ワインレッド」「ピーチエール」の4つのビールが1000円で飲める「飲み比べセット」が売り切れ寸前の人気!(ほんとうにこのあとすぐに売り切れてしまいました。)
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色が違うので、見た目もパーティーみたいに華やか。それぞれ味の違いがハッキリしていて面白く、あれこれ言いながら楽しく飲み比べができました。
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アニメの聖地アキバから近いということもあって、最近ではAKB48や「ラブライブ!(school idol project)」などいろんなコラボでも人気を集める神田明神。江戸から続く古き良き伝統文化と、アキバ発の最先端カルチャーとが入り混じって古さと新しさの両方を体感できるそんな名所に変化しつつあります。「納涼祭」も今年はAKIBA系・キャラクター・アイドルなど各ステージイベントも開催され盛況だった様子。今年を皮切りに、今後もさらなる盛り上がりが予想されます。

 

写真:乃梨花

ご近所目線でお伝えする熊本のいま⑤
私が好きな熊本のディティール
<熊本県熊本市>

熊本滞在中は暑い日が多く、ご当地では定番のかき氷をしょっちゅう食べてました。これはお皿に移すことなく、袋のはじを切ってそのまま食べます。安いスーパーだと、1個35円くらいだそうで、ご実家では必ず2~3個が常備されてます。ただし、売っているのは熊本周辺だけかもしれません。

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アイスのお気に入り「ブラックモンブラン」と「ミルクック」は、九州~山口県あたりで流通してるそう。私はどれも好きなので、東京に売ってないのが本当に残念です。

熊本の市電は車体のペイントやモデルがいろいろあります。そうそう、熊本もだいぶsuicaやPASMOが使えるようになりました。

熊本には7日間滞在しましたが、とうとう東京に帰る日となりました。帰りは熊本駅から博多駅まで九州新幹線に乗り、博多駅で「のぞみ」に乗り換えます。よーく見ると、熊本駅がとうとう「くまモン駅」になっていました。


出発まですこし時間があったので、駅隣接のショッピング街「えきマチ1丁目」へ。入口には熊本銘菓「陣太鼓」が埋め込まれた氷柱が置かれていて、手で溶かして取り出せたらもらえるようです。私もちょっと触ってみましたが、冷たくって長時間は無理! しかし何個か取り出した後がありました。

どうも熊本駅が「くまモン」一色になっていると思ったら、2016年3月に行われた「九州新幹線全線開業5周年記念」と「くまモン誕生祭」のイベントによるものみたいです。写真の巨大な「くまモン」の頭部は、高さ1.7m×幅3mもあり、くまモンが除幕したそうです。今月いっぱい(2016年9月30日)までなので、気になる人はお早めにどうぞ!

駅構内もやっぱり「くまモン」ですね。実はこのあと、ホームに上がるエスカレーターで長渕剛さんとすれ違いました。突然のことでビックリしましたが、やはりオーラがありました。後で分ったのですが、益城町総合体育館で復興支援ライブをしたとのこと、会場に向かってる途中だったようです。


熊本駅中のコンビニで、妙に気になり衝動買いした「マグマのしずく」です。味はタバスコの酸味が無い感じで、バリのサンバルソースっぽいかも。

 

【余談1】

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熊本ではないのですが…「のぞみ」に乗り換える博多駅で時間があったので、いったん改札を出て「博多デイトス」の「みやげもん横丁」でお土産を買うつもりが…「博多ほろよい通り」の文字を発見!  看板につられ奥へ進んでいくと、とてもいい雰囲気のエリアが出現。

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そのうちの一軒「驛亭(えきてい)」というお店の黒板に書かれた「16時まで生ビール 280円」につられ、生ビール&焼き鳥をチョイス。新幹線の時間まであっという間でした! 博多から新幹線に乗る、呑み助さんにはおすすめポイントです。

とり坊のつぶやき

そういえば…東京の焼き鳥って何か足りないと思ってたけど、肉と肉の間に玉ねぎがないんだよねー。なんでかなぁ? たまたまかなぁ? それにしても、博多の豚バラはバリうまだね!

 

【余談2】

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愛犬家の方への情報です。実は前回、熊本に行った時は、愛犬(小型犬)を連れて行ったのです。でも、電車では時間がかかりすぎるし、飛行機の貨物室に預けるのは超不安。 いろいろ調べ、やっと見つけたのが「フェリー さんふらわぁ」でした。その中でも、神戸と大分を結ぶ航路だけには「ウィズペットルーム」という、ペットと同室に泊まれる個室があるので、ずっと一緒にいられます。確認したら、今でもあったので、愛犬と一緒に九州へ旅行したい方は、是非、チェックしてみてください。(一緒に泊まれるペットの種類、大きさなどはご確認ください)

 

 

おしまい。

誰もが楽しめる上野動物園の期間限定イベント「真夏の夜の動物園」は非日常感満載!
<東京都台東区>

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前回まで紹介していた東京国立博物館の周辺から、上野公園の中心地へもどる。 写真の奥に見えるのはトーハクだが、この向きから90度左を向くと「恩賜上野動物園」が見える。

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入口の前は生垣が動物の形に伐られていたり、道路にも動物が描かれていたりと、入場前から来場者を楽しませる演出がなされている。

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ueno07_04入口から少し離れた場所には、パンダを模したポストも設置されている。白黒のカラーリングだけではなく、耳や尻尾もつけられたなかなか凝った仕様。ただし、赤くないのでポストと気が付いてもらえないのか、あまりメジャーな存在にはなっていないようだ。ちなみに、ここに投函したハガキはパンダと西郷さんが描かれたオリジナルの消印を押して配達してくれるので、一度試してみてはいかがだろう。

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ueno07_06また、動物園前には「こども遊園地」もある。遊園地と言っても、そのスペースは小さな公園程度のものだが、隙間を埋めるように遊具がひしめきあっている。動物園表門横の出口をでると見える位置にあるので、小さな子ども連れの場合は立ち寄ることになるかもしれない。入場は無料。遊具により回数券または現金で払い、いずれも百円程度だ。ちなみに自分が子供の頃は不忍口(弁天門)から退園させられていたので、ここで遊んだ記憶が無い。

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1882(明治15)年に開園した上野動物園は日本で最も古い動物園(ちなみに東園と西園をつなぐモノレールも日本初)だが、現在でも年間入園者数日本一を誇る。なんといっても有名なジャイアントパンダをはじめ、それ以外にも約500種類の動物が飼育されており見どころが満載。広い園内を見て回ると、あっという間に日が暮れてしまい、観覧時間が足りなくなることが多い。

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そんな思いに応えてか、近年は夏休み期間中の約1週間ほど、通常は17時までの営業時間が20時まで延期される「真夏の夜の動物園」という企画を開催(残念ながら2016年度は終了しました)。涼しくなった夕方からでも入園できるうえ、普段とは雰囲気が異なる夜の動物たちが見られるとあって人気だ。写真は開催期間中の17時ごろ、この時間からもぞくぞくと入場者が集まっている。

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期間中は西園の不忍池周辺で「オープンビアガーデン」や「音楽の夕べ」「ナショジオ 夜のどうぶつシアター」など、大人が楽しめるイベントも数多く実施。

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緑に囲まれた環境で、動物たちのざわめきを聞きながらビールを飲む。特別な気分に浸れるひとときをぜひ味わってみて欲しい。

ご近所目線でお伝えする熊本のいま④
明治の御一新から復活した島原城、噴火災害から復興を遂げた普賢岳
<長崎県島原市・雲仙市>

今日は、カーフェリーで島原半島にドライブです。長洲港(熊本県玉名郡)から 多比良港(長崎県雲仙市)を結ぶ「有明フェリー」を利用しました。約45分の船旅です。
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フェリーに乗ると決まって買うのが、島原銘菓「ラッキーチェリー豆」と「焼きちくわ」どちらも定番メニューです。あと、長崎には「ちりんちりんアイス」というのがあります。本来は屋台販売のアイスなのですが、それのカップコーン型を食べてる人がいて、絶対帰りのフェリーで食べようと思っていたら売ってませんでした。残念!なので写真もありません。

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普段の行いが良いせいか、晴天に恵まれました!雲一つない青空と穏やかな海の間に、うっすらと島原半島が見えます。この日も35度を超える猛暑日。一通り景色を楽しんで、早々と船内に戻りました。

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まずは、島原城を見学です。1618(元和4年)から松倉豊後守重政が7年の歳月をかけ築いた城です。別名「森岳城」「高来城」と呼ばれ、日本100名城に選ばれてるそうです。天守閣のまわりには、西望記念館や民具資料館などがあります。

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お城の前で「ふる里納税」のパンフレットを配ってました。テレビなどで見て知ってましたが、正直、あまり興味はありませんでした。でも、手渡しでもらってしまうと、なんか読んでしまい、時折訪れる島原の「歴史遺産の保全」や「観光の振興」のために役立つなら、やってみようかなぁと思っています。単純ですね。

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写真は「喝」の像です。この像の前に来ると、どうしてもこのポーズをとってしまいます。

【とり坊のつぶやき】

?!  この子は、本当に反省してるのでしょうか?(笑)

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本丸表広場には、郷土出身の北村西望先生の作品が何点も展示しています。恥ずかしながら、私はこの方を知らなかったの調べてみたら、文化勲章、紺綬褒章などを受賞するほど有名な方だったのですね。代表作の「平和祈念像」は記念館の中にあるので見られませんでしたが、写真は有名な「天草四郎」像です。

【とり坊のつぶやき】

ん~!!  天草四郎ってこんなぽっちゃりだっけ?  美少年って聞いてたから、ちょっとイメージ違ったなぁー。

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天守閣の中に展示されてる「つまようじ島原城」です。島原高校の人達が6万本の爪楊枝を使い、約2カ月もかかった様です。写真は、反射してしまい凄さが伝わりませんが、白と黒のコントラストが絶妙で感動ものです。

天守閣の展望所へ。広大な島原を一望できます。目の前には普賢岳、ふもとには市街地が広がっています。ここから見ると普賢岳の壮大さをより感じます。展望所へは階段しかないので、少々辛いですがオススメです。

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島原城を満喫した後は、仁田峠駐車場へ向かいます。普賢岳は、平成3年の噴火で人々に甚大な被害を与えました。ここは、仁田峠第2展望所。20年以上経った今も、火砕流跡がはっきり見えます。

【とり坊のつぶやき】

春は、ここらへんつつじでいっぱい。GWあたりが見頃だよ!

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仁田峠駐車場から雲仙ロープウェイにのり、妙見岳展望所を目指します。雲仙の大自然が360度の大パノラマで楽しめます。ただし、2名は脱落。駐車場で休憩タイムです。

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ロープウェイを降りたところに山頂展望所があります。そこからの景色も素晴らしいですが、もうひと頑張り、急な階段を上って妙見岳展望所に向かいます。

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妙見岳展望所から見える普賢岳(手前)と平成新山(奥)です。平成新山は、5年間も続いた溶岩の噴出により成長した山で、日本で一番新しい溶岩ドームとのことです。

前回行ったので、今回は寄らなかったため写真はありませんが、麓の島原温泉近くに「道の駅 みずなし本陣ふかえ」があります。ここに隣接して「土石流被災家屋保存公園」があり、土石流に埋まってしまった家屋11棟を今でも保存しています。屋外の家屋は24時間見られますので、初めて島原に行かれるかたは、見学されることをお勧めします。そして、その近くに日本で唯一の火山体験ミュージアム「雲仙岳災害記念館(通称:がまだすドーム)」もあります。「がまだす」とは方言で、「がんばる」という意味だそうです。

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仁田峠のお店で買った「普賢岳 噴火まんじゅう」パッケージについている紐を引っ張ると蒸気が出てきてアツアツのまんじゅうができあがるという商品。一気に蒸気が噴き出すのでやけどに注意との事だったが・・・。いくら待っても蒸気が出ない!冷蔵庫に入れておいたのがいけなかったのか、楽しみにしていたのに残念。今回は微妙な温かさで終わってしまいましたが、味は美味しかったです!

 

 

 

 

A・サトウが心から愛した「絵に描いたような風景」【英国大使館別荘記念公園②】
〈栃木県日光市〉

2階の広縁からも、サトウが愛した中禅寺湖畔の「絵に描いたような風景」をはるか彼方まで見渡せます。彼が別荘の建設地として選んだこの高台は、どこまでも続くような奥行きのある水面を一望し、その湖越しに白根山を望むことができる湖畔で絶好のロケーションです。
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そもそも候補地には、もっと工事しやすい場所が多くあったにもかかわらず、舟が主な移動手段となるこの不便な敷地に三段テラスまで造成して、サトウは別荘を建てました。山好きのサトウにとって、東京からも見えるこの奥日光の白根山は思い入れのある特別な山だったのです。
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サトウは1895年(明治28)に特命全権公使として日本へ戻って来ると、翌年には早くも別荘を完成させ、離日するまでの5年間に200日以上滞在するほど、この地を愛し続けました。父サトウの影響で、登山と植物学の道に開眼し、やがて日本を代表する植物学者/登山家となる次男の武田久吉氏ともこの地で多くの時をともに過ごしたであろうことは想像に難くありません。
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来園者が思い思いに過ごせる座り心地の良いソファーが並ぶ2階の広縁。見晴らしの良い絶好のロケーションの中でさわやかな風にあたりながらくつろいでいると、まるで高級リゾート地にいるよう。つかのまの贅沢気分を味わうもよし、充実したサトウ関連の蔵書をソファーに身を沈めながら、ゆっくり読むのも快適です。
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2階はサトウが活躍した、英国・ビクトリア朝時代の文化についての展示をしています。ヴィクトリア朝時代は、産業革命により経済が発展した英国の絶頂期でした。また、英国の文化芸術が花開いた黄金期でもあり、その一つが「アーツ・アンド・クラフツ運動」です。
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このデザイン運動は、ジョンラスキンの思想に深く影響を受けたウィリアム・モリスの主導によるもので、手仕事の復興と産業デザインの改良を目指しました。別荘では今日でも人気の高いモリスのデザインによるクロスを壁に用いたり、他にも同運動で生まれた美しい作品の展示が見られます。また、ビクトリア朝中期に貴族の間で起こった文化であるアフタヌーンティーの紹介も。本場の味の英国スコーンを楽しみながら併設のティールームでゆっくりお茶(アフタヌーンティー)するのも、素敵です。
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ギャラリーのような室内で美しく展示された美術品を見たり、蔵書の中から気になる本に目を通したり、ゆったりソファーに身を沈め美しい景色を心ゆくまで堪能した後は、英国式アフタヌーンティーで午後の紅茶と美味しいスコーン・・。ぜひまた訪れたい場所です。

 

写真:乃梨花