〇〇効果で二人の仲も結びつく!? 有名観光スポットの新しい楽しみ方
〈広島県尾道市〉

天然の良港である尾道港が豪商を生み出し、商人文化が開花した尾道。その財を用いて整備された町を一望できる人気スポットが「千光寺公園」です。ただし、山頂駅まで3分で運んでくれるロープウェイは、通常17時15分までの運行なので、ロマンチックな夕景をゆっくり見るには少し早めに終了してしまいます。しかし、あきらめる必要はありません。ロープウェイが終わっても千光寺公園は24時間入園可能なので、標高144.2mほどを歩いて登ればいいのです。

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登ると言っても山道ではなく石畳の舗装路。まずは「古寺めぐりコース」という観光ルートに沿って歩きます。一説には、山の尾根伝いに一筋の通りが有ったことから「山の尾の道」が変化して地名になったと言われる「尾道」。ですが、このコースはアップダウンや曲がり角が複雑に入り組みまるで迷路のよう。歴史ある寺社につくと、コース通りに歩けていることが確認できてホッとします。

IMGP4457b千光寺に続く登りにでたところで、古寺めぐりコースを外れて進みます。スタートした麓の線路沿いの道から30分ほど石畳を歩いたところで千光寺に到着。

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千光寺は806(大同元)年に開かれたお寺で、境内には複数のお堂や諸仏、巨岩・奇岩が祀られています。また、明治時代の和尚様により千光寺山一帯の公園化が進められ、現在は尾道観光の目玉のひとつになっています。

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17:30を過ぎた境内は、売店なども閉まっていて誰もいません。静謐で厳かな雰囲気は、町の灯りを見てここが生活の場と離れていないことがようやく認識できるほど。施設内には入れませんが境内の見学は自由にできるので、ゆっくり見てまわりたい人にはオススメの時間です。

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境内を抜けると点々と石碑が置かれた「文学のこみち」があります。こみちのなだらかな坂を登り、営業時間を過ぎたロープウェイ山頂駅をこえると「頂上展望台」が見えてきます。

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さっそく展望台にあがると素晴らしい眺望! 連なる山々と尾道水道が織りなす景色を、徐々に増える尾道の灯りとゆっくりと沈んでゆく太陽が様々に変化させてくれます。日が沈むまで眺めていてもまったく飽きません。もし夕暮れに間に合わなくても、夜景100選に選ばれた景色を楽しめるので慌てなくても大丈夫。

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展望台を降りてロープウェイの反対側に歩くと尾道美術館と駐車場があります。実は車でも来られますし、美術館内を鑑賞して夕景を待つ手もありますね。車道をくだった少し先には、ライトアップされた「恋人の広場」があり、ここからも綺麗な夜景を見ることができます。

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「恋人の広場」から、歩いても町へ降りて行けます。しかし、日が落ちた千光寺公園周辺は真っ暗。街灯も少ないので家々から漏れ出る光を頼りに、暗い路地をくだることになります。舗装路なので足元の心配はあまりありませんが、登ってきた「古寺めぐりコース」以上に入り組んだ道のため、だんだん方向感覚も失われていくのです。

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でも、安心してください。ちょっと心細くなるころには民家の密集する地域に戻ることができますよ。雰囲気のある夜景をみたあとは、散歩がてら迷路のような尾道の町を歩く。ムードを高めたあとに、吊り橋効果でダメ押しできるこの下りコース。ちょっと迷ったくらいじゃ喧嘩にならない仲が良いカップルにオススメです!

 

民家のすぐ横を通り抜けるので、騒ぎすぎないよう注意して楽しんでくださいね。

美しい磁器が町中を彩る! 誰もが聞いたことのある「有田焼」の生産地
〈佐賀県有田町〉

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大学時代より何度か訪れている有田内山地区の町並みが、他にはない風景でとても面白いところです。

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有田の町にはいたるところに磁器が飾られています。橋の上にある大きな壺以外にも、はめ込まれた大皿や磁器のかけらが外壁に使われている場所もあり、町全体が有田焼を誇りにしていることを感じます。

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重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている有田内山の表通りは、江戸~昭和まで各時代に建てられた建物が今も現役で、有田焼のお店やゲストルーム、カフェ等になっています。表通りから路地に入るとまた違った表情がうかがえてとても魅力があると思います。特に有田焼を作る過程の廃材などで作ったトンバイ堀はきれいです。他にも昔の窯跡が残っていたり、河の底にも器のかけらなんかが見られ、磁器の町ならではの景色が続きます。ちなみに…自分も勉強して知ったのですが、有田焼は陶石という石から創られるため「磁器」に分類されるそうです(瀬戸焼など土、粘土から創られるものは「陶器」に分類)。

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その陶石の採掘場(泉山磁石場)は、有田町に来たらぜひ見て欲しいスポット。1616(元和2)年に発見され、江戸時代は個々の石から有田焼が作られていたそうです。長い間掘り続けられたため他では見られない山の形になっていますが、有田町の繁栄を支えた歴史を感じる場所です。現在は休鉱中になっていますが、国指定史跡として保存されており見学は可能です。近くに「有田町立歴史民俗資料館」もあります。

IMG_20130909_141009ちょっと休憩したいと思ったら「ギャラリー有田」はいかがでしょうか?  店内に並んだ有田焼のコーヒーカップのコレクションのなかから、自分で気になったデザインを選んでコーヒーなどを楽しめるお店です。arita05

帰りにぜひ食べてもらいたいのが、有田駅の売店で売っている「有田焼の器に入った焼きカレー」。すごく美味しくって毎回写真を撮る前に食べちゃいます(編集部注:画像は「創ギャラリーおおた」さんにお借りしました)。カレーが入った有田焼の器はお土産として持って帰れるのでとってもおすすめです。

夕陽に照らされた畳の大広間が圧巻! 「花燃ゆ」ゆかりの臨江閣
〈群馬県前橋市〉

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昨年のNHKの大河ドラマ「花燃ゆ」で主人公の夫、楫取素彦(かとりもとひこ)ゆかりの場所として話題になった臨江閣(りんこうかく)。明治時代に迎賓館として市長や市民の寄付により建てられたこの大屋敷ですが、地元民による「昼間も良いが、夕暮れ時がまたいちだんと風情が増して良い」という噂を聞き、日差しが傾く午後もかなり時計の廻った時間に訪ねてみることにしました。
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別館1階にある喫茶コーナーでは、赤い絨毯に橙色を帯びた陽射しが落ちて、空間全体が絵画的な美しさに染められていました。

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こちらは本館1階の渡り廊下。映画のタイトルではないけれど、あたかも「日の名残り」「遠き落日」といった雰囲気。残滓のような斜行した光線に染め抜かれて、そこにあるすべてのものが憂いを含んでいるようにも感じられました。
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次にこの迎賓館の見どころの一つ、別館2階の150畳の大広間です。こちらはまさに圧巻という感じのスケール感でとにかく広いんです。30畳の舞台付きの大広間で、ここは詩人の萩原朔太郎の結婚式にも使われました。
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同時にこの臨江閣は、明治天皇や大正天皇(当時は皇太子)を始め、これまで多くの皇族の方々がご滞在されてきた、という栄えある歴史を持っています。また現在は国指定の重要文化財となっているため、本館2階の明治天皇がお泊りになった部屋も自由に拝観することができます。さらに今回は時間外のため見られませんでしたが、落ち着いた雰囲気の日本庭園も人気で、池と造園が本館の和風建築と調和した魅力ある景観を造っているようです。

 

写真:「町旅」編集部

のんびりレトロな電車に乗って、神話の国をめぐる
<島根県出雲市>

出雲大社へは、JR出雲市駅から乗り換えて、“ばたでん”こと一畑電車が便利だ。映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」のロケ地としても有名になったが、一畑電車の車両は、ほとんどが関東・関西の第一線で活躍していた名車達。田園のなかをゆっくり走る姿がとても愛らしい。

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写真は、大社線への乗換駅「川跡」にて。左が、出雲大社前へ向かう元東急電鉄の1000系。東急・東横線と東京メトロ・日比谷線の直通運転で活躍した車両だという。右は、松江しんじ湖温泉へ向かう元京王電鉄5000系。京王線とは線路幅がちがうため、台車を営団地下鉄のものと付け替えている。懐かしい香りのする運転台も素敵だ。
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出雲といえばもちろん古事記に登場する「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」を祭る出雲大社。旧暦10月は、八百万(やおよろず)の神々が出雲の国に集まるので、全国的には神無月だが、ここ出雲では神々が集うので神在月。出雲大社は、いわゆる縁結びの神様として有名だが、男女の縁に限らず、神在月にたくさんの神々が集っていろんな縁を結ぶ会議をすることに由来するのだそうだ。境内のみならず、土地そのものに、悠久の時間と霊気を感じる場所である。

ぜんざい

(写真提供:島根県観光写真ギャラリー)
さて、“ぜんざい”の発祥地が出雲だって知ってました?神在月の神事「神在祭(かみありさい)」で振る舞われた「神在(じんざい)餅」が起源なのだとか。その「じんざい」が、出雲弁で訛って「ずんざい」、さらには「ぜんざい」となって京都に伝わったのだという。なるほど、ですよね。

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鉄ファンのみならず、一度は見てみたいのがJR旧大社駅。明治45年の開業から出雲大社へ参拝する多くの乗客を運んだが、残念ながら平成2年に廃線となったJR(旧国鉄)大社線の終着駅。出雲大社の門前町にふさわしく、神社様式を取り入れた格調高い木造建築。

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駅舎へ入ると、高い天井と広い空間に圧倒される。大正風の灯篭型の和風シャンデリアがしゃれている。屋根にも特徴があり、中央に千鳥破風が取り付けられ、棟には鴟尾(しび)がのり、各破風には懸魚(げぎょ)が付けられている。瓦も一般の物より大きい特製品で、玄関中央の懸魚の上野瓦は国鉄マークである動輪があしらわれている。

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平成16年に国の重要文化財に指定された豪壮な駅舎と、終着駅の線路が旅情を掻き立てる大社駅、構内には日本を代表する蒸気機関車D51も保存されている。

築地松

(写真提供:島根県観光写真ギャラリー)
そして、出雲地方独特の風景といえば、この築地松(ついじまつ)。日本海からの厳しい季節風を防ぎ、斐伊川の氾濫から土地を守るなどが目的といわれている。屋敷の西側と北側に植えられた黒松が、一定の高さに刈り整えられ、とても美しい景観を形づくっている。長い年月をかけて培われてきた景観は、その土地固有の文化を顕していておもしろい。

木綿街道

(写真提供:島根県観光写真ギャラリー)
ではまた、“ばたでん”に乗って、ちょっと足を伸ばしてみよう。雲州平田駅で降りて「木綿街道」へ。平田は、14世紀から近江商人らによって開拓され、商人の町として栄えたところ。江戸末期から明治初期にかけては、大阪や京都で良質の木綿として高く評価された“平田木綿”の集散地として発展し、綿花流通の道として「木綿街道」と呼ばれるように。創業三百年の菓子屋をはじめ、造り酒屋や醤油店などがあり、町歩きを楽しむにはもってこい。

斐伊川

(写真提供:島根県観光写真ギャラリー)
たっぷり一日楽しんだ後は、斐伊川(ひいかわ)の夕景でしめくくり。全長 153km、中国山地の船通山から流れだし、出雲平野を横切って宍道湖へと至る河川。この川が天井川になったのは、かつて上流で「たたら製鉄」が行われ、砂鉄を採取するための「鉄穴(かんな)流し」によって大量の土砂が流されたためという。なんか“もののけ姫”の世界だね。また、古事記に登場する肥河(ひのかわ)、上流で素盞鳴尊が八岐大蛇を退治した川がこの川だともいう。神話の国の風景は、なぜかどこまでも奥深いのである。

地元の熱意で残した資源を発展活用! 織都「桐生」の新たなる試み
〈群馬県桐生市〉

徳川家康の命を受けた代官大久保長安の手代大野八右衛門によって、1591年(天正19年)から1606年(慶長11年)にかけて段階的に建設された桐生新町。桐生天満宮から本町通りがのび、近代以降に建てられた伝統的建造物やノコギリ屋根の織物工場、重厚な土蔵が散在。織物業で発展してきた変化に富んだ町なみは、町あるきスポットとして人気となっています。

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町あるきベースとして最適なのが、レンタサイクルの受付や町めぐりバスの停留所にもなっている「有鄰館(旧矢野蔵群)」。ここは、江戸時代から昭和時代にかけて建てられた11棟の蔵群で、現在は町並み保存の拠点としての活用にくわえ、展示や舞台・コンサートなどを行なう多目的イベントスペースとしても使用されています。

kiryu201602_02使用用途が多様になったのは、使用者それぞれが蔵の使い方を考えて行くうちに広がりをみせた結果とのこと。運営も地元有志による部分が多く、桐生が誇るべき施設となっています。

kiryu201602_04有鄰館から天満宮へ向かう本町通り沿いでは、蔵造りの重厚な建造物もみることができます。写真の右側2棟は大正3年に建てらてた「平田邸」で、国の登録有形文化財です。

kiryu201602_05本町通り沿いの建物をよく見ると、道路に平行ではなくすこし角度をつけて建てられています。天満宮に向かって錐行するように並ぶことで、遠近法により奥行きを長く見えるようにしてあるそう。

kiryu201602_06桐生市街の起点となっている「桐生天満宮」の歴史は古く、景行天皇の時代(西暦不明)と伝えられているそうです。現在の社殿は1793年に落成したもので、当時の建築装飾技術の粋を集めた建造物として群馬県重要文化財に指定されています。毎月第1土曜日に開催される「天満宮古民具骨董市」は関東三大骨董市の1つといわれ、約80店舗が出展する品物を目当てに多くの人で賑わいます。kiryu201602_07
桐生天満宮から少し歩いた場所にあるのが、人気のカフェベーカリー「レンガ」。桐生に唯一残ったレンガ造りののこぎり屋根工場を改装した人気のパン屋さんです。元工場なのでイートインスペースも広々、のこぎり屋根の天井から自然光が差し込むゆったりとした空間で食事を楽しめます。

kiryu201602_08一番人気はのこぎり屋根の形をしたフレンチトースト! 可愛らしいルックスだけでなく、しっかり中までしみ込んだフレンチソースの味も非常に美味。地元の常連客も多いなか、一番人気をキープできるのも納得。

kiryu201602_09桐生を歩いているとちょくちょく目にするのが、この特徴あふれる8輪バス。群馬大工学部や群馬県内企業によって共同開発された「低速電動バスeCOM-8」、愛称「MAYU(まゆ)」です。電動なので環境に優しく、昇降ドアや窓ガラスのないオープンな構造は、静かで開放的な乗り心地を実現。座席に座ったときの目線が、立って歩いているときと同じくらいの高さという所まで計算されているそうです。

kiryu201602_10MAYU(まゆ)を運行しているのが、桐生市の委託を受けて産業観光ガイドをしている「桐生再生」。土・日曜と祝日は市内の主要スポットを巡るコースを無料で運行しているほか、オーダーメイドの観光ガイドにも対応してくれます。運転手兼ガイド・大橋さんの説明を聞きながら町を巡るのに、時速19キロのスピードはピッタリ! また、社長の清水さんの町に対する愛情は並々ならぬものが…桐生のことを聞けば本当に親切に教えてくれます。訪問する前に相談すると、さらに充実した町歩きが楽しめますよ。

駅前から町の自慢がズラリ! 溢れ出る地域愛を体感せよ
〈大阪府池田市〉

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midorinomachi阪急梅田駅から宝塚線急行で約20分、池田駅を降りると目の前に飛び込んでくる巨大な三角柱の看板がある。それぞれの面ごとに「インスタントラーメンのまち池田」「落語のまち池田」「卓球のまち池田」と大きく書かれ、さらにその足下には「緑の町 池田」の文字が刻まれた大きな石が! どうやらこの町は見どころ満載のようだ。

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「インスタントラーメンの町」というのは、1958(昭和33)年に日清食品創業者の安藤百福により世界初のインスタントラーメンがこの地で発明されたから。駅から歩いて5分の所に「インスタントラーメン発明記念館」があり、発明当時の研究小屋やインスタントラーメンの歴史が展示されているほか、「マイカップヌードルファクトリー」では自分だけのカップヌードルを作ることができる。

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次の見どころは「落語ミュージアム」。「池田の猪買い」「池田の牛ほめ」と「池田」名前が入った上方落語がある事や、人気落語家桂文枝師匠が池田市民である事から2007(平成19年)年にオープンした施設で、落語の映像や音声資料が楽しめ、毎月第二土曜日には落語会も開かれている。通常時は入館も無料。落語が好きなら一度は訪れたい施設だ。また、ミュージアムに面した「能勢街道」は、江戸時代「北の都」と呼ばれ商業都市として特に池田炭の集散地と酒造の町として栄えた池田の大動脈であり、歩いているとその名残を至る所に見る事ができる。
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能勢街道をしばらく歩くと町の繁栄を支えた蔵元「吉田酒造」がある。現在の主屋は明治10年の火災後に再建された建物だが、国の登録有形文化財に指定されていて、虫籠窓の窓枠と格子や祖卯建は江戸時代のままに再建され、仕舞屋風を形作る高塀の佇まいが大型酒造業の姿を今に伝えている。

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さらにその先には池田を代表する酒「清酒呉春」の蔵元もあり、当時の風情を残している。
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kajiyamaさて、この町の繁栄を支えた「池田炭」は、切り口が菊の花に似ている事から「菊炭」とも呼ばれるクヌギの黒炭で、明治3年まで宮中御茶用炭として献上されるほど良質な炭。手に入れたいな…と商店街を歩いていると、Kajiyamaという洋品店の前に池田炭が100g単位で販売されていた! なぜ洋品店で炭を売っているかは謎だが、重さを計って店内に入ると、三代目という品の良いご主人が池田炭の事や市の歴史を丁寧に教えてくれた。

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その他にも、煉瓦積みの装飾が目立つ国登録有形文化財「旧加島銀行池田支店」、阪急電鉄創始者の事績を紹介する「小林一三記念館」、小林氏のコレクションを展示している「逸翁美術館」、桜で有名な「池田城跡公園」など、池田の町は一日で回りきれない魅力がある。
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と偉そうにこの町の事を語っているが、そのほとんどの事を教えてくれたのが池田駅前にある「池田市観光案内所」。町歩きの前にここを訪ねると、スラスラと的確な答えをくれてとても便利だ。池田市愛溢れるスタッフの藤田さんは、市のキャラクター「ふくまるくん」と一緒に撮影に応じてくれた。ありがとうございました!

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ちなみに「卓球のまち」は市が生涯スポーツとして卓球を推奨しているから。「緑の町」は特産品として細河地区の植木があり日本四大産地の一つと言われているから。町のあちこちに「ウォンバット」が出没しているのは、ウォンバットのいるオーストラリア連邦タスマニア州ローンセストン市と姉妹都市だからだ。

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そういえば駅前にもう一枚大きなパネルが…「世界一信号まもる町池田市」。池田市、欲張りです(笑)。


意表をついた展示でも人気
蚕糸博物館の気になるその中味とは?
〈長野県岡谷市〉

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岡谷蚕糸博物館は、明治時代のはじめに導入した製糸機械によって一大製糸業地に発展し、富岡と並んで日本の製糸業の牽引役を果たしてきた長野県岡谷市が、歴史と貢献を後世に伝えるために1963年に開館しました。2014年に移転してリニューアル。きれいで見やすいと旅行者にも評判です。

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富岡製糸場で、和田英も使っていたのと同じ当時使用された300台のフランス式繰糸機(そうしき)のうち、世界でも現存している最後の2台が、現在こちらで保管・展示されています。繰糸鍋や繰糸台、ひしゃくなどは胴や真鍮製、車は鉄製で、当時はたいへん高価なものでした。現在見ても鑑賞に値する美しい骨董品のような趣きです。119-19

また、この博物館の最大の面白さは、なんといっても宮坂製糸所という本物の製糸工場が地下に入っていて、じっさいにそこで稼働していることでしょう。言ってみれば、生糸の生産工程をナマで動態展示しているわけです。しかも、伝統的な生糸の生産方式が系統的に残されている日本で唯一の製糸工場となったために、歴史資料館的な役割も同時に担っているのです。ここではたらく工員の皆さんはもちろんプロの職人さん。小さな箒のような道具を使って、またたく間に繭から糸を取り出す様子は巧みで、見飽きることがありません。

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こちらで展示されている蚕の種類の見本です。じつは蚕とひと口に言っても種類はこんなに豊富。欧州産や中国産、国産まで、色もサイズもカタチもさまざまです。右上のきれいな緑色のものは、天蚕(てんさん)と言って日本の野山に生息する現在ではたいへん稀少な野生の蚕です。この天蚕は、天皇家の歴代の皇后陛下(昭憲皇后陛下以降)が引き継がれている御養蚕でお飼いになられていることでも有名で、その稀少性ゆえ「繊維のダイヤモンド」と言われるほど高価です。

 

写真:米山淳一

戦国の城下町から近江商人の町へ
<滋賀県日野町>

名神高速を名古屋方面へ向かって走ると、野洲川を越えるあたりで、左手に見えるのが三上山。高い山ではないが、近江富士と呼ばれるだけあって、美しいプロポーションが湖東のランドマークになっている。この姿を見ると、「ああ~近江だなあ~」と、故国を想う人も多いのではないだろうか。竜王で高速を降り、のどかな田園地帯を30分ほど走ると、蒲生郡日野町へ至る。
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日野を城下町として拓いた蒲生氏郷(がもううじさと)は、いまも郷土の歴史的ヒーローである。そして秀吉による領地替えで蒲生氏が日野を去ったあとこの町は、日野椀や薬の行商などはじめ、商人の町として栄えた。いまも町の随所に古い商家の町並みが残り、また通りに面して建てられた家並がのこぎり歯の形をしているのは、戦国時代の城下町の面影をしのばせる。

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近江商人という呼び名は全国的にも有名だが、なかでも日野地方出身の商人は日野商人と呼ばれる。その特徴は、大店は少ないが、店の数において群を抜いていたことだ。千両もたまれば新しい店を出すというくらい、小型の出店をかさねて商売を拡張したので、日野の千両店という呼び方もあったらしい。

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2月中旬から3月初旬にかけて行われる日野ひなまつり紀行は、日野独特の桟敷窓がならぶ町並み一帯で、江戸期の由緒ある雛人形から、現在の創作人形まで、たくさんの雛人形が飾られる。日野の歴史ある町並みでゆったりした時間を楽しむなら、この時期も見逃せない。

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毎年5月の2日・3日に行われる馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)の春の例祭「日野祭」は、800年以上の歴史を持つ盛大なお祭り。2日の夕暮れより曳山が引き出され、提灯の灯りとお囃子が祭気分を盛り上げる。翌日本祭の朝は、祭を取り仕切る神調社(シンチョウシャ)・神子(カミコ)らの渡御よりはじまり、昼頃には十数基の曳山が神社境内にあつまり、御輿3基も繰り出して祭りは最高潮となる。

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「近江日野商人館」は、日野商人の名家である山中兵右衛門(やまなかひょうえもん)の旧宅で、建物は昭和11年に新築されたものだが、典型的な日野商人本宅の特徴がよく残っている。館内には、行商品や道中具、店頭品をはじめ、家訓なども展示され、日野商人の歴史がわかる資料館になっている。

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西大路にある日野城址は、蒲生氏の居城であった戦国時代の城跡。本能寺の変で殺害された織田信長の妻子が、安土城からこの城へ逃れたと伝えられる。現在、城の遺構はあまり残っていないが、日野川ダム北畔に本丸跡石垣が見られる。石垣の一部のみが残る状態なので、城ファンの人にはかえって想像が広がって面白いのかも。ちなみに西大路を、祖祖母は「にしょうじ」と発音していた。西大路の表記は幕末まで仁正寺であったので、音だけは残ったものらしい。

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私事で恐縮だが、この西大路にある清源寺という寺が、私の家の菩提寺である。ここまでくれば、もう日野の町はずれである。このすぐ近くにあるのが、滋賀農業公園「ブルーメの丘」。「ブルーメ」はドイツ語で「花」。中世ドイツの農村をイメージした花いっぱいの公園である。広い園内には、牛、馬、羊、山羊などが放牧されているほか、パンやソーセージ作り、クラフト教室などたくさんの体験メニューもあり、のびのびとした解放感を味わうことができる。

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さて、最後に、土産はどうしようか? もちろんメジャーなのは近江牛だが、あえてここは丁稚羊羹(でっちようかん)はどうでしょう? これは滋賀から京都にかけてのお菓子で、子どもの頃によく食べたのでこの味は忘れられない。一言でいえば、竹皮に包まれた蒸羊羹である。名前の由来は、丁稚でも買える手軽な羊羹という説もあり、高級菓子ではない。普通の羊羹のように濃い味ではないので現代人でもとっつきやすい、水ようかんのような味。冷蔵庫でよく冷やすと美味しい。

いろんな店で売ってはいるが、オススメは「かぎや菓子舗」。嘉永元年(1848年)創業の和菓子屋さん、日野を代表する老舗である。

 

写真提供:(公社)びわこビジターズビューロー

島の頂上部のひと足先へ… ちょっとディープな江ノ島散歩
〈神奈川県藤沢市〉

2020年東京五輪のセーリング開催地にも選出されるなど、いま改めて注目を集めている神奈川県藤沢市江ノ島。その選考理由として都内からのアクセスの良さが挙げられたように、江ノ島の大きな魅力のひとつは東京から気軽に足を伸ばせることです。強烈な陽射しと観光客で溢れるハイシーズンも良いですが、時期をずらして落ち着いた江ノ島をゆったりと散歩するのもおすすめです。

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江ノ島へは片瀬海岸から江ノ島弁天橋を渡っていきます。島へとまっすぐ伸びるこちらの橋は歩行者と自転車専用になっているため、車を気にすることなくのんびり歩いていくことが可能です。橋幅が広いうえ、海の上に架かっているので、とても開放感があります。

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江ノ島に着くと目の前には市指定重要文化財の「青銅の鳥居」が見えてきます。1821(文政4)年に建てられたといわれるこの鳥居から江島神社まで続く緩やかな坂道が、江ノ島のメインストリート「仲見世通り」です。通りの両脇にはお土産屋さんや食事処、カフェなどが軒を連ね、たくさんの人で賑わっています。

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タレをたっぷりつけて焼いたハマグリやイカ、作りたてのお団子など、数々の美味しそうな誘惑を断ち切って選んだ昼食が「江ノ島丼」。江ノ島といえばシラスで有名ですが、実はサザエの産地でもあるそう。甘い出汁でサザエと玉ねぎを煮て卵でとじ、上に刻み海苔をのせたこちらのどんぶりは、優しくて、どこか懐かしい味。親子丼と似ていますが、魚介の風味が強く、よりあっさりとしています。江ノ島丼は島内の至る所で提供されているため、自分好みの味を探してみるのもいいかもしれません。

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仲見世通りを抜けると、島の中心に建つ展望塔に向かって石段が続きます。やや急ですが、階段の途中には展望台が設けられており、そこから眼下に広がる景色を見おろせば疲れも吹っ飛んでしまう……ような気がしないでもありません。写真は冒頭でお話ししたセーリング競技の会場となるヨットハーバーです。

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坂を登りきり、島の頂上部まで辿り着くと、アイルランド人貿易商が造築した大庭園「サムエル・コッキング苑」が見えてきます。世界各国の植物が生育されているこの苑では、12月にも関わらずチューリップが咲き乱れており、ここが真冬の日本だということを思わず忘れてしまいそうになりました。ここで島の中心である江ノ島シーキャンドル(展望灯台)に登るのも良いのですが、今回は島の最奥を目指しさらに歩いていきました。

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サムエル・コッキング苑を過ぎると周りの雰囲気が一変。昔ながらのお店や民宿が立ち並ぶ、細くてアップダウンの激しい道が現れます。ここからは団体の観光客もいなくなるため、ゆっくりと景色や買い物を楽しみながら歩くにはうってつけです。なかにはかなりディープそうな展示館も……。

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また、この辺りからは観光施設だけではなく民家も見受けられるようになります。軒先で乾かしているウェットスーツや、貝殻でデコレーションした手作りの鉢などを見かけるたび、江ノ島で暮らしている方々の生活の息吹を感じます。写真のように断崖絶壁に沿って建つ家などもあり、人々がこの島の環境や自然との共存を図ってきた、その努力の跡を見ているような気分になりました。

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共存といえば、江ノ島ではたくさんの猫たちが人々と共に暮らしています。どの猫も人に慣れていて、カメラを向けてもまったく動じません。

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こんな見晴らしの良い場所でお昼寝をしている猫もいます。冬でも暖かい島の陽射しと海風を受けて、最高に気持ちが良さそう。この島は猫たちにとっての楽園なのかもしれません。

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だんだんと日も傾いてきたころ、島の西端・稚児ヶ淵に到達しました。ゴツゴツとしたむき出しの岩、叩きつける波、沈みゆく太陽。今度こそ本当に疲れが吹き飛ぶ絶景です。観光地としてはもちろん、ありのままの自然や、そこで暮らす人々、猫たちの姿も印象的な江ノ島。皆さんも有名スポットから少し足を伸ばして、江ノ島の奥深い魅力を発見してみてはいかがでしょうか。


岡谷製糸業〜黄金時代の繁栄の証
旧・林家住宅の贅を極めた金唐革紙の部屋
〈長野県岡谷市〉

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国の重要文化財にも登録されている旧・林家住宅の主屋です。(主屋というのは建物屋敷の中で家族が居住するメインの部分を言います。)岡谷の製糸家で3大創業者の1人と言われる林国蔵の住まいでした。丸みがかって湾曲した特徴のある屋根はむくりと言って、日本の伝統的な建築法の一つ。大隅流第14代の棟梁・伊藤佐久二の匠の手によるもので、重厚さの中にも素朴な味わいの感じられる美しい建築です。
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この屋敷の中の白眉は、離れ2階の和室の壁・天井・襖・床の間の壁すべてに金唐革紙(きんからかわし)が使われていることでしょう。それほどに岡谷の製糸業最盛期の遺産といわれるその贅の極みには、目を見張るものがあります。また同じ面積を刷るなら「札の方が安い」と言われたほど、費用も天井知らずだったようです。当時はまだ洋式だけで使われていた金唐紙を和室に取り入れたところも、斬新でした。

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同じく旧・林家私邸の洋館です。外装はかなり傷んでるものの内部は100年前の建築とは思えないほど保存状態がよく瀟洒(しょうしゃ)な造りです。絹糸の商談の際に外国からの貴賓をもてなすために建てられました。天井は金唐紙、壁・床は寄木細工で、細部にほどこされた繊細な彫刻が華やかさの中にも気品を感じさせます。

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株式会社  金上繭倉庫(きんじょうまゆそうこ)
岡谷に現存する数少ない3階建繭倉庫です。当時はそれこそたくさんあった繭倉庫ですが、絹から化学繊維へと世界の衣料・繊維の需給の流れがシフトする中、わが国の養蚕・製糸業も縮小・衰退し、現在ではその建物の多くが取り壊されてしまいました。そのような中、なかなか目にすることも少なくなってしまった繭倉庫ですが、こちらの繭倉庫は保存状態も良く、見た目も美しいままに現在も現役の荷物倉庫として稼働しています。また、四角い窓が並んで見えるのは繭倉庫の特徴の1つ、繭の自然乾燥に欠かせない通気性を確保するためのものです。

 

写真:米山淳一