近代日本のシルクロードを辿る⑥

急勾配の難所に突貫工事で鉄道敷設~明治日本の切迫した事情とは
〈群馬県安中市〉

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
通称「めがね橋」でも知られる旧信越線の碓氷第三橋梁(うすいだいさんきょうりょう)。ここでもやはり絹が大きく関係してきます。この66.7%という日本一の急勾配に鉄道を運行させるのは当時でも至難のわざでした。その解決には、わざわざイギリス人技師ポーナル氏を招聘して「アプト式」というドイツの山岳列車ですでに実用化されていた方法がとられました。
この難事業が明治中期という比較的早い時期に行われたのは、これが太平洋側と日本海側を結ぶ重要な交通路であり、さらに言えば繭と生糸の輸送という日本の近代化の礎を支える外貨獲得のための重要な鍵を握っていたからで、横須賀製鉄所や富岡製糸場の建設と並び、国家の命運を左右するほどの重要事業であったからです。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
碓氷峠のアプト式鉄道路線は、新線ができて現在は廃線となっていますが、この廃線敷を利用した「アプトの道」は現在は遊歩道として人気を集め、鉄道ファン以外にも訪れる人が増えています。
この横川〜熊ノ平間の6kmの行程(遊歩道)中、めがね橋を渡り終えたところにあるのが上の写真の第6号トンネルです。第10まであるトンネルの中で、550mと沿線最長であり、トンネル内部の中ほどに横坑があるのが特徴です。
117
松井田と軽井沢の間にある旧信越本線の鉄道施設群の1つとして、碓氷第三橋梁(めがね橋)などと共に国の重要文化財に登録された旧丸山変電所。重要文化財に登録される以前は、昭和38年に使用を中止して以来、廃墟同然に放置されてたのが、現在では美しく修復を施され鉄道遺産として観光スポットになっています。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA
碓氷峠鉄道文化むらには、30車両以上もの現役を退いた往年の名選手ならぬ鉄道車両たちが展示されています。写真のアプト式電気機関車ED42 1は、鉄道文化むらの資料によれば、66.7パーミルの信越本線 横川~軽井沢間(平成9年9月廃線)を上下するために昭和9年から28両が製造された機関車で昭和38年に、アプト式ではない通常のEF63形に譲るまで活躍していた車両。この車両には昭和初期の紳士ファッション「フロックコートに山折帽・ステッキ」がよく似合いそうですね。
 
写真:米山淳一

INFORMATION

地図

関連タグ

関連記事

エリア

(Categories)

タグ

(Keywords)

すべてのタグを見る

おすすめ記事