雲海に浮かぶ山城、武家屋敷、赤瓦の鉱山町・・・美しい歴史の町「備中高梁」
<岡山県高梁市>

歴史を色濃く残した町が醸し出す美しさは、現代の都市空間が見せる斬新な美とは、まるで質が異なっている。どちらがよいかという比較には意味がない。長い時間によって育まれた文化景観には、新しいものがけっして持つことのできない威厳と気品が漂っているからだ。備中高梁には、現存する山城では日本一高いところにある備中松山城をはじめ、武家屋敷や社寺のある町並み、ベンガラの産地として繁栄した鉱山町など、貴重な歴史的景観がよく保存されている。山河に囲まれたとても美しい町である。
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いままで映画「男はつらいよ」のロケ地に2回取り上げられているのも、風情のある町である証。昭和46年池内淳子がマドンナを演じた“寅次郎恋歌”、そして昭和58年竹下景子がマドンナを演じた“口笛を吹く寅次郎”である。物語では、さくらの亭主・諏訪博の郷里という設定であった。
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まず伯備線・備中高梁の駅を降りたら、「紺屋川(こうやがわ)美観地区」へ向かってみよう。藩政期には松山城の外堀でもあったという紺屋川畔は、桜や柳の並木が続いており散策には絶好のロケーションである。
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天柱山 頼久寺(らいきゅうじ)」は、1339年に足利尊氏が安国寺として建立した禅寺である。とくに小堀遠州の築庭といわれる蓬莱式枯山水庭園は、江戸初期の庭園としてはわが国を代表するものの一つとされる。遠くに見える愛宕山(あたごやま)を借景として、海洋を表す砂の波紋に鶴亀の二島が配され「鶴亀の庭」とも呼ばれる。また大海の波を表すという遠州独特のサツキの大刈り込みも見事で、庭園ファンには見逃せない庭である。
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石火矢町(いしびやちょう)ふるさと村」は、約250mに渡って格式ある門構えの武家屋敷が建ち並び、白壁の長屋門や土壁が続いていて、かつての武家屋敷町の景観がよく保存されている。
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また旧折井家と旧埴原家は一般に公開されており、武家の住まいの様子や武具の展示などを見ることができる。(写真は旧折井家)
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また「高梁市商家資料館」として公開されている池上邸は、享保年間に当地で小間物屋をはじめ、のち両替商や高瀬舟の船主等を経て醤油製造で財をなしたという豪商の家。建物は1843年に建てられ、一部大正時代に改築されたものというが、江戸から続く商家の豪壮な屋敷に触れると、全盛を誇った当時の様子が彷彿とさせられる。
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さて高梁の象徴でもある「備中松山城」、現存する12の天守では唯一の山城であり、もっとも高い位置にある城。それだけにけっこうな距離を歩いて上らなければならないが、高さ10m以上の切り立った岩壁、急傾斜を利用して複雑に構成された石垣など、“難攻不落の名城”といわれた姿を見ることができる。天守、二重櫓、土塀の一部が現存しており、また平成6年度から本丸の復元整備も行われており、往時の様子が忠実に再現されている。雲海に浮かぶ幻想的な姿は、備中松山城展望台から眺めるのがよい。時期は秋から冬にかけて、晴れて昼夜の寒暖差が大きい日、早朝に朝霧が発生しやすい。霧の発生していないときでも、展望台から眺めると山城の特徴がよくわかるので、一見の価値はある。
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市街地からは離れるが、ぜひ見ておきたいのが「吹屋ふるさと村」とその周辺だ。備中吹屋は、江戸初期より銅山として、また江戸後期からは良質のベンガラの産地として繁栄した町である。ベンガラとは、絵の具、染織り、陶磁器、漆器などに用いられる顔料で、化学顔料が開発されるまでは吹屋のベンガラが独占状態であったという。繁栄を極め巨万の富を築いた吹屋の商人は、各々の屋敷の豪華さを競うことなく、旦那衆が相談の上で石州(島根県)から職人を招いて、町全体を統一されたコンセプトで設計したのだという。当時としては驚くべき先進的な思想だ。赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された町並みはたいへん見事であり、江戸末期から明治にかけて当地の長者達が残した貴重な文化遺産である。昭和52年に重要伝統的建造物群保存地区に認定されている。
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豊かな自然に恵まれている宇治町は、農村型リゾート「備中宇治彩りの山里」として、自然歩道・史跡・農村公園などが整備されている。「元仲田邸くらやしき」は、明治中期の建造とされる酒蔵を改修したもので、いまでは貴重となった「いろり」のある宿泊施設。敷地内には、数寄屋風の長屋門、研修室になっている書院造りの母家、資料館となっている土蔵などがあり、江戸期の庄屋屋敷の面影が残っている。のどかな農山村の雰囲気を満喫し、心身ともにリラックスしたい人にはおすすめである。
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現存する日本最古の木造校舎といわれるのが「高梁市立旧吹屋小学校」。明治6年に拡智小学校として開校、後に吹屋小学校、吹屋町立尋常高等小学校となった。東校舎・西校舎等が明治33年、本館が明治42年の建築だという。2012年で廃校となったが、文化財としての保存が決まり、現在は保存修理工事中で、残念ながら仮囲い・覆屋がしてある(平成32年3月末までの予定)。年に数回、内部の特別公開があるという。
 
歴史の町・高梁は、いわゆる観光としても見どころ満載であるが、なにより伝統を大切にし土地固有の文化を育もうという誇り高い風土が最大の魅力だと思える。
 
写真提供:岡山県観光連盟

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レポーター

岡崎 聡

「町旅」編集部

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