日本遺産「かかあ天下 -ぐんまの絹物語-」の町をめぐる

大名気分にひたれる国指定名勝「楽山園(らくさんえん)」
<群馬県甘楽町③>

kanra03_01郷土資料館の前には大手門礎石があり、ここから南がかつて小幡陣屋(小幡城)であった地域になる。礎石から200mほど進むと中小路(なかこうじ)にでる
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中小路は織田氏によって造られた大手門から小幡藩邸までを結んでいた道路で、長さ約700メートル・当時の幅は13~14mもあったそう。今でも十分に広い道沿いには、昔のままの石垣や、白壁の武家屋敷が並んでいる。
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kanra03_04自動車も通れるようになっていて、中心部には観光客が停められる駐車場も用意されている。雰囲気にあわせたトイレも用意されており、武家屋敷地区を歩くならココに停めると便利そうだ。
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kanra03_08武家町のなかには庭先までは入って見学できる屋敷があり、「心」の文字の形をした池や、クランク状になった石垣の「喰い違い廓」など珍しい史跡も見られるので、時間があるならのぞいてみるのも良いだろう。
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kanra03_10食い違い廓を過ぎると、楽山園中門が見える。楽山園は織田氏によって作られた小幡藩邸の庭園で、国指定名勝に指定されている。武士の公式な出入口であった中門は高さ7m・門中間4.5mもあり、往時の繁栄が自然に思い浮かぶ。近くまでいくとさすが大名庭園と思わせる大きくて立派な門である。
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中門をくぐり園内に入ると、平らな空間が広がっていて庭らしさがない。良く見ると藩邸があった場所や長屋・厩などの跡が線引きされていて、発掘現場のような展示(平面表示という方法らしい)だった。井戸以外の建物は復元されていないので、なんとなく藩邸の様子や生活を思い浮かべてみる。kanra03_12「不詳建物」とかかれたスペース(電話ボックスほど)は、江戸時代にはどんな建物が建っていたのだろうか? 一か所だけ分かっていないというのが、妙に面白さを感じた。
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藩邸跡地の南側に行き庭門をくぐると、池を中心に起伏のある地形が造形された美しい庭園が広がっている。江戸時代に発達した池泉回遊式という様式で作られており、中心に設けられた池の周囲を巡りながら鑑賞するのが正しい楽しみ方。
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庭内の一番高い場所にある東屋にも自由に入れる。障子を明け放すと快い風と共に、借景に溶け込んだ美しい庭園が目に飛び込んでくる。かっての大名の贅沢は、現代でも通用する贅沢だと感じた。普段忙しくされている方こそ、楽山園を歩いてみてはいかがだろう?  モニターもエアコンもない時代の贅沢が、時を超えて心と体を癒してくれるはずだ。

INFORMATION

地図

レポーター

恩田 正恒

四方を開け放った東屋の解放感はかなりのモノ。あまりの心地良さにだんだんマブタが…あと2分誰もこなかったら寝入ってたな~。タイミングよく訪れた年配のご夫婦に感謝!

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