仙台藩主が子を授かったと言われる湯もアリ! 江戸時代に開かれた湯治場は路地裏に注目
〈宮城県大崎市〉

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東北新幹線古川駅から陸羽東線に乗り換えると、東京から3時間以内で到着できる鳴子御殿湯。鳴子御殿湯駅は1952(昭和27)年に地元民の国鉄への陳情が実ってできた駅で、今も歴史を受け継ぎ、地元温泉組合がJR東日本から運営管理をまかされている。naruko_02
御殿湯とはいかにも由緒ありそうな名である。共同浴場から孫の手を引いて出てこられた地元の方に聞くと「汽車の線路の山側に伊達の殿さまが浸かった湯がある」と教えてくださった。かつては、石巻や気仙沼、女川あたりから多くの漁業や農家の皆さんが仕事を終えた晩秋の時期を中心に、定期的に湯治にやって来たそうだ。だから、温泉宿ばかりか酒屋、衣料品、食堂、パン屋等商店街が大賑わいだった。07 裏通りの配管
温泉場は表通りだけではなく路地や裏道が面白い。表は格好つけた意匠になっている旅館建築だが、裏手はスッピンだ。そこには、生活感あふれるもうひとつの顔がある。面白いのは増築に増築を重ねた建物で、木造に鉄筋がひっついていたり、バラックの様な継ぎ足しがあったり、かなり大胆。
08 配管はデザインされている
御殿湯での傑作は、配管だ。温泉や水道、上下水の大小の配管がタコ足のようにめぐらされている。配管職人の腕の見せ所でもある。労作が芸術作品のように見えてくるから不思議である。歌手ミッチー・三橋美智也の謡う「古城」ではないが、廃墟になってしまった旅館だって増築や配管から当時の栄華を偲ぶことはできるのだ。
11 渋い個室温泉
 
03 薄暮の温泉街(大)
大規模な温泉ホテルが建ち並ぶお隣の鳴子温泉に比べ、鄙びた感じが良く残っている鳴子御殿湯。薄暮に街灯がぼんやりと灯りはじめ、どことなく色っぽさを増した町並みが心地よい。
 
写真:米山淳一

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レポーター

米山 淳一

獨協大学外国学部英語学科卒業。岸信介事務所を経て、75 年(財)観光資源保護財団(現(財)日本ナショナルトラスト)入所。事業課長、事務局長を経て、06 年退職。現在は母校の獨協大学等で講義を行うほか、地域遺産プロデューサーとして全国で歴史を活かしたまちづくりプロジェクトを推進。現在、公益社団法人横浜歴史資産調査会(ヨコハマヘリテイジ)常務理事・事務局長

一般社団法人 日本茅葺文化協会理事
一般財団法人 茶道宗偏流不審庵理事
日本鉄道保存協会事務局長
東映株式会社「大鉄道博覧会」企画プロデューサー
一般財団法人 東武博物館アドバイザー ほか


【著書】
●酔余の町並み(駒草出版)
●続・酔余の町並み(駒草出版)
●写真集「光り輝く特急「とき」の時代」(駒草出版)
◎「地域遺産みんなと奮戦記」(学芸出版)
◎「歩きたい歴史の町並」 文 米山淳一 写真 森田隆敏(JTBパブリッシング)

http://www.j-yoneyama.jp/

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