連載・地元の人と歩く

氏子だから知る諏訪大社下社秋宮
<長野県下諏訪町>

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長野県のほぼ中央に位置する諏訪湖。その諏訪湖の北側に位置する下諏訪町は、かつての中山道と甲州街道が交わる要衝地であり、宿場町として栄えた地域である。なかでも御柱祭りで有名な諏訪大社下社の春宮・秋宮周辺は当時の名残りが色濃く残り、いまでも神社を中心とした地域社会が残されている。そんな宿場町で生まれ育ったという山田昌宏さんに、下諏訪の名所や見どころを案内していただいた。
(下諏訪町連載第3回)
 


 
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下諏訪町のというより、全国的にも有名な名所といえる諏訪大社。念のために説明しておくと、諏訪大社は諏訪湖周辺に上社本宮・上社前宮・下社春宮・下社秋宮の4ヵ所の境内地を持つ神社で、全国各地にある諏訪神社の総本社である。下諏訪町の中心部は下社と二つの街道を中心に発展してきた地域であり、そこに住む人々にとって、諏訪大社下社はとても生活に密着した存在なのである。
 
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秋宮を案内してもらう山田さんも下社の氏子だ。「神社があるおかげで町に良いことがたくさんあるのだから、氏子としてご奉仕するのは当たり前」といい、長年神社の行事にも関わっているため、ご神職の方ともお知りあい。ガイドブックには載っていない、地元の人ならではの案内をしていただいた。
 
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鳥居をくぐると両側が階段の坂になっていて、何にも気にせずに坂を登ろうとすると「中央は神様の通り道なので、避けるのが礼儀」と山田さんに止められた。知識としては知っていても、たまにしか神社に足を運ばない人はつい忘れてしまったりおざなりになってしまいがち。しかし、生活のなかに神社が溶け込んでいる人々は、こういったマナーも自然と受け継がれ身についているのだろう。二歩目からは「お宮に向かう時は左側を登る」という山田さんに習ってあとに続く。
 
諏訪大社下社神楽殿
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坂を登ると大注連縄が飾られた三方切妻造りの神楽殿があらわれる。1835(天保6)年に立川流の宮大工・立川和四郎富昌(たてかわしろうとみまさ)棟梁により建てられたと伝わり、1983(昭和58)年には国の重要文化財に指定された貴重な建造物である。出雲大社型では日本一の長さといわれている13mもの注連縄(しめなわ)は、氏子有志でつくる大注連縄奉献会の人々によって作られているとのこと。七年に一度行われる御柱祭の前年に新調され、いまの注連縄を作る際は山田さんの息子さんが参加しているそう。山田さん自身も若いころは注連縄づくりに参加しているといい、代々のご奉仕を誇りにしていることが感じられた。
 
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神楽殿まえに鎮座する狛犬は高さ1.7mあり、こちらも青銅製では日本一の大きさといわれている。制作者は文化功労者にも選ばれている諏訪郡原村出身の彫刻家・清水多嘉示(しみずたかし)氏で、美術品として見ることもできそうだ。
 
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神楽殿の左側を進んだところにある「子安社(こやすしゃ)」は、名前があらわす通り安産信仰で親しまれている摂社である。社殿にかけられたたくさんの柄杓(ひしゃく)は良く見ると底が無く、するりと楽に安産ができるようにとの願いがかけられているという。もちろん山田さんの子供や孫が生まれるときもここでお参りしているとのこと。みなさん安産だったそうである。
 
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「観光客の人はあまり知らないと思うのだけど…」と教えてくれた子安社の床下を覗くと…、そこには石でできた男性器と女性器が鎮座していた。諏訪大社で祀られている御祭神は十三柱の御子神をお生みになったご夫婦で、昔から子授けの信仰も深いという。ガイドブックはもちろんネットでもあまり情報がでてこないスポットだが、それゆえに秘められた力がありそうだ。
 
諏訪大社下社秋宮弊拝殿
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最も奥まった場所にある幣拝殿は1781(安永10)年に建立され、随所に施された見事な彫刻が特徴。こちらは、神楽殿を建てた富昌棟梁の父である立川和四郎富棟(たてかわしろうとみむね)の代表作といわれ、神楽殿と同時期に国の重要文化財に指定されている。この拝殿の奥に二つの宝殿があり、御祭神である建御名方神(たけみなかたのかみ)と妃神・八坂刀売神(やさかとめのかみ)が祀られ、さらにその奥ではご神体であるイチイの古木が祀られている。最も古い神社のひとつとされる諏訪大社は自然信仰が受け継がれており、木をご神体として拝しているのである。
 
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そして、諏訪大社といえばの御柱(おんばしら)である。拝殿の四隅を守るように立てられる4本の樅の木は、拝殿の右手前から時計まわりに一の柱・ニの柱・三の柱・四の柱と呼ばれ、7年に一度立て替えられる。上社・下社あわせて4社分・16本の柱を山から曳いてくるのが、あの有名な「御柱祭」なのだ。
 
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下社の御柱は、下諏訪町の東俣国有林から氏子衆によって伐りだされる。伐採の副裁定委員長を務めた山田さんによると、若いころから木を調べて「雷が落ちていない」とか「不浄の件がない」木に狙いをつけているという。木落としの時に曲がらないよう「できるだけまっすぐ」であることも重要なのだそう。さらに「副裁定委員として年輪を数えたところ、この木は黒船が来たころ(1853年ごろ)に生まれた木だった」と教えてくれる山田さんを見て、この地域の人々にとって諏訪大社へのご奉仕は「あたりまえ」でありながら、自分たちだけのシンボルを持つ「喜び」にもなっていると感じた。
 
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取材を終えると山田さんは顔なじみのご神職へ挨拶をしに行った。神社と氏子そして町の生活リズムが、他の地域に比べて非常に近いのがこの地域一帯の大きな特徴なのだ。この連載の後半では、そんな下諏訪町で毎年行われる「お舟祭り」を紹介する。
 
 
 
画像提供(5枚目の神楽殿と11枚目の拝殿):諏訪フォトライブラリ

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レポーター

恩田 正恒(町旅編集部)

実はプライベートでも何回か訪れている諏訪大社なのですが、まだ上社前宮だけ行ったことがありません。近いうちに訪問して御朱印もコンプリートしようと考えています。

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