連載・地元の人と歩く

国産絹糸の文化を守る下諏訪の製糸工場
<長野県下諏訪町>

suwa01_01
長野県のほぼ中央に位置する諏訪湖。その諏訪湖の北側に位置する下諏訪町は、かつての中山道と甲州街道が交わる要衝地であり、宿場町として栄えた地域である。なかでも御柱祭りで有名な諏訪大社下社の春宮・秋宮周辺は当時の名残りが色濃く残り、いまでも神社を中心とした地域社会が残されている。そんな宿場町で生まれ育ったという山田昌宏さんに、下諏訪の名所や見どころを案内していただいた。
(下諏訪町連載第2回)


 
 
suwa02_02
諏訪湖周辺は精密機械工場が多いことで知られているが、これはかつて蚕糸業で栄えたころの製糸工場が移行したことが理由のひとつと言われている。現在、絹糸の国内自給率は1パーセント未満であり、日本国内の4カ所でしか作られていない。そのうちの一つ、諏訪にただ一軒だけ残る松澤製糸所を訪れた。
 
suwa02_03
山田さんとは子供の頃からのお知り合いだという松澤清典(きよのり)社長にご挨拶。インターネットはよくわからないという松澤さんに、山田さんから町旅の説明をしていただく。お祭り前日でお忙しいなかだったが、快く取材に応じていただき貴重なお話を伺うことができた。
 
suwa02_04
清典さんのお父様が第二次世界大戦後に復員したあと始められ、70年以上の歴史を刻んでいる松澤製糸所。製糸工場になる前は、明治期の祖父の代から副蚕糸(繭のくずや蛹)を集めて商いしていたというから、すでに100年以上を蚕とともに過ごしてきた家といえる。
 
suwa02_05
松澤さんは18歳から岡谷の製糸工場に20年以上勤めて製糸の仕事を一通り学んだのち、実家の工場に入ったというこの道ひとすじの職人さんである。写真からも伝わると思うが、少しお話しただけでとても真面目で誠実な人という印象をうけた。そんな松澤さんから発せられた「自分の代になってからは良い時代は一回もなかった」「長男として生まれてきた責任感でこの仕事を続けてきた」という言葉からは、国産絹糸が今の状態になった歴史とともに、家業や伝統を守り続ける古き良き日本男児の誇りも垣間見える。
 
suwa02_06
suwa02_07工場は松澤さんが岡谷から戻ってきたとき建てなおしてからすでに数十年が経過している。「かなり傷んでいるけれども」と言うが、なかに入ると大変キレイにされていて驚く。先代は人の手による座繰りで創業したそうだが、人材不足や外国との競争により機械化に切り替えたとのこと。「これがなきゃ勝負できない」という大切な機械は、生産性を向上させるため業者と協力して改良を重ねているという。故障しないためのメンテナンスはずっと心がけているというだけあり、長年使っているとは思えないほど美しい状態だ。
 
suwa02_08
工場の稼働時間は8時から16時。家族2人を含めた従業員6名と運営しているそうだ。意外だったのは、男性は松澤さんを含めて2名しかおらず、スタッフはほとんどが女性。理由を聞くと、糸をつないだりするのはやわらかい女性の手が圧倒的に向いているためだという。ここでは極細の14中から110中まで8種類の太さの絹糸を作ることができ、1日約30キロが生産されている。
 
suwa02_09
工場が始まる8時に間に合うよう繭を煮るため、社長は1時間以上早く出社しボイラーを炊いているそうだ。燃料を使用するボイラーなら5分で蒸気を発することができるそうだが、雑燃ボイラーを使って廃材を燃やすことで経費を削減し生産性をあげているとのこと。こういった努力をしても家族の協力や家財を犠牲にしなければ続けるのが難しいという。
 
suwa02_21
suwa02_03qq
先代が亡くなってからは、営業もしなければならなくなったことも負担が大きいそう。昔は相場的なものがあったが、最近は取引のたびに値段交渉がおこなわれるという。しかし、ほとんどが固定の取引先に卸しているため、なかなか値上げの要請は難しいのが実情らしい。年々養蚕農家が減少し繭の値段も高騰するなか、製造・販売の重責を担うのは想像するだけでも怖くなる。
 
suwa02_11
しかし、松澤さんの口から「やめる」という言葉は一度も出てこない。むしろ「子供が継いでくれるという話があるので、なんとか続けられる形を整えて受け渡したい」と力強い言葉を聞かせてくれた。そうまでして続ける理由は、それが家業だからか国内にわずかに残された製糸業を守る義務感からなのだろうか。
 
suwa02_12
仕事をしていて最も嬉しかったことを聞くと「親父に良い仕事して良い糸つくったなといわれたこと」という答えが返ってきた。工場の社長というよりも、品質にこだわりとプライドを持つ職人という印象が強い松澤さん。そのありようが諏訪でただ一軒継続できている製糸工場の秘訣なのかもしれない。

INFORMATION

地図

レポーター

恩田 正恒(町旅編集部)

松澤製糸所と清典社長は初めてなのに懐かしい感じがする場所と人でした。
近ごろは国家規模のイベント団体や大手百貨店などからの問い合わせも増えつつあるそうなので、右肩上がりに発展される可能性も!
しばらくしたら、また取材にうかがって「良いことあったよ!」というお話も聞かせていただきたいと思います。

関連タグ

関連記事

エリア

(Categories)

タグ

(Keywords)

すべてのタグを見る

おすすめ記事