おっ、弥次さん!喜多さん!?旧東海道の宿場町「関宿」
<三重県・亀山市>

東海道五十三次、その宿場の風情を今に残す関宿。耳を澄ますと、江戸と京を行き来した大勢の旅人たちの賑わいが聴こえるようだ。
関宿 01
お江戸・日本橋を出発して東海道を上ると、関は四七番目の宿場町である。ここから鈴鹿の山を越えると近江に入り、京・三条まではもうすこし。往時は、これから峠を越える人、下りた人で、たいへんな賑わいであったそうだ。いまもその当時の風景をよく伝えている町並みであり、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
いまは東海道線や名神高速道路が関ケ原を抜けるルートなので、そっちが東海道のように思いがちだが、関ケ原を通るルートは旧中山道であり、旧東海道およびそれを踏襲した国道1号線はこの関宿を通る鈴鹿越えである。現在は、鈴鹿越えの新名神高速道路が開通しているので、自動車でのルートはまた旧ルートへ戻ったともいえる。
関宿 02
さて、JR関駅を降りると、徒歩約10分で宿場のど真ん中の中町に至る。江戸時代後期から明治時代にかけて建てられた町家が200棟以上も現存し、宿場の東の入口にあたる東追分から、西の入口、西追分までは約一・八キロメートルもある。この間に木崎、中町、北裏、新所の四地区があり、それぞれ特徴的な歴史的景観を形成している。街道沿いの伝統的建造物は長年、地道に修復がなされたおかげで、整然とした町並み景観を創出している。
関宿 03
宿場の中心に当たる中町には、かつて川北本陣と伊藤本陣の二軒の本陣があったが、現在は伊藤本陣の格子をそなえた店の間部分の建物が残っている。復元された旅(はたご) 籠「玉屋」は歴史資料館として公開されており、一階の開口部はオープンスペース的に使用されている。
江戸期からの両替商であった橋爪家住宅は、関宿でも珍しい切(きり) 妻(づま) 造りの建物。他にも、関宿を代表する旅籠「会津屋」、二階の洋風の意の窓が特徴的な「洋館屋」など、伝統的建造物がリズミカルに並んでいる。
関宿 04
旧東海道を軸として家並みが連なるようすは、まさに江戸時代そのもの。宿場の四方を見渡せば、まるで弥次さん・喜多さんになった気分である。
写真/米山淳一

INFORMATION

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レポーター

米山 淳一

獨協大学外国学部英語学科卒業。岸信介事務所を経て、75 年(財)観光資源保護財団(現(財)日本ナショナルトラスト)入所。事業課長、事務局長を経て、06 年退職。現在は母校の獨協大学等で講義を行うほか、地域遺産プロデューサーとして全国で歴史を活かしたまちづくりプロジェクトを推進。現在、公益社団法人横浜歴史資産調査会(ヨコハマヘリテイジ)常務理事・事務局長

一般社団法人 日本茅葺文化協会理事
一般財団法人 茶道宗偏流不審庵理事
日本鉄道保存協会事務局長
東映株式会社「大鉄道博覧会」企画プロデューサー
一般財団法人 東武博物館アドバイザー ほか


【著書】
●酔余の町並み(駒草出版)
●続・酔余の町並み(駒草出版)
●写真集「光り輝く特急「とき」の時代」(駒草出版)
◎「地域遺産みんなと奮戦記」(学芸出版)
◎「歩きたい歴史の町並」 文 米山淳一 写真 森田隆敏(JTBパブリッシング)

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