日本海五大船主に挙げられる有力商人の町「南越前町」その①
<福井県南条郡>

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武生から越前海岸を目指し日本海を横目に見ながら北上。北前船資料館「北前船主の館 右近家」に到着した。資料館の前に通る旧道の先には日本海が広がっている。運よく昨晩から朝にかけて台風が去ったこともあり、心地よい晴天に恵まれた。
 
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江戸中期から明治30年代、大阪から北海道を不定期に往復し、各港で商いを行った廻船を「北前船」と呼んだ。右近家は北前船主として、江戸時代後期から活躍。全盛期には、八幡丸ほか30余隻を所有した。後に北前船の衰退を感じた右近家は、事業転換を計り海上保険事業に進出。日本火災海上保険株式会社設立にいたる。
 
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右近家を起点に北へのびる旧道「北前船主通り」。同じく北前船で財を築いた中村家などが現存する。北前船が栄えた時代を今に伝える通りだ。この旧道を中心に多数の家屋が建てられており、右近家はそれらを見守る存在であったかのように思えた。
 
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最初は窮屈に思えた旧道。ただし、山と海に挟まれ十分な道幅を取れないという限られた条件の中で、先人たちが知恵を絞り出した結果なのだろう。そんなことを考えながら、歩き進んでいくと窮屈な感じがしなくなってきた。
 
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2015年7月、国の重要文化財に認定された「中村家」。中村家は室町時代に河野の地に移り住んだと伝えられる。地主として農業を営みながらも、江戸時代初期から北国廻船業に乗り出した。400石積の弁才船を3艘も所有し、幕末から明治中期にかけて北前船主の中で隆盛を得る。やがて、右近家と並び日本海五大船主に挙げられる有力商人となった。
 
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「右近山 金相寺」は右近家や中村家をはじめとし、多くの船頭や乗務員の菩提寺となっており、廻船業とかかわりの深いお寺である。5代住職「称意」の書き記し「称意一代記」によると、金相寺自らが廻船を所有し稼いでいたとあるから驚きである。いかに、この地域が廻船業を重要視していたかがよく分かる。
 
 
 
 

地図

レポーター

森 順一郎

「北前船主の館 右近家」は、”北前船”をテーマとした資料館です。館内は撮影禁止となっているため、展示物をお見せすることはできませんが、当時の繁栄や歴史を肌で感じることができます。特に船旗は、船頭たちの気迫や覚悟が表れているように思えました。

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