宮沢賢治が名付け親で知られる東北を代表する民藝の店『光原社』
〈岩手県盛岡市〉

大正13年(1924)年に宮沢賢治の『注文の多い料理店』発刊に伴い誕生した『光原社』は、出版社から始まった。『光原社』の社名は賢治によるものだ。

創始者の及川四郎氏は、賢治と盛岡高等農林学校で一学年違いの同窓だった。その後、花巻農学校で教師をしていた賢治から膨大な童話の原稿を預かることになり、その中から生まれたのが『注文の多い料理店』。賢治の生前に刊行された唯一の童話集だが、残念なことに当時はほとんど売れずじまいだった。

『光原社』はその後、材木町に工房を構え、南部鉄器や漆器の製作を手がけはじめた。昭和10年代からは、南部鉄器の作家・高橋萬治や民藝運動の提唱者・柳宗悦、版画家の棟方志功らと出会い、全国各地の民藝品を販売するようになった。

敷地の中には、自社の工房で作った漆器や全国のやきもの、沖縄のガラスや松本の家具などを扱う『本店』、岩手の食品や東北地方の工芸品を扱う『モーリオ』、『注文の多い料理店』の初版本や関係資料を展示した『マヂエル館』など、複数の施設を構える。

メルヘンな世界観そのままの木漏れ日が射す中庭。童話から抜け出てきた動物たちが隠れていないか?さがしてみよう。

賢治の顔が描かれたレリーフの横には「注文の多い料理店出版の地」と刻まれた記念碑が建つ。

世界の民藝品や衣類などを扱う『カムパネラ』を背に、本店に向かうと左に喫茶室『可否館』の大きなガラス窓が見える。夕暮れ時には、窓から漏れだす飴色の灯りが周囲を染める。

新館の1階には『光原社』ならでは、と思える吟味された陶器たちが並ぶ。

吹きガラスで1つずつていねいに作られたワイングラスは、ひとつとして同じ形がない。ちょっとした違いではあるが、それでも味わいが微妙に異なるため、選ぶ際にはどれにしようか迷いそうだ。

民藝品の持つ味わい、ぬくもり、手触り。すべてが感じられる。ずっと見ていても飽きない魅力がある。

店内には賢治の「雨ニモマケズ」の一節が染め抜かれた紺色の暖簾がかかる。この「雨ニモマケズ」のなかに見ることのできる賢治の精神を多くの人たちに伝えたいという思いが、あるそうだ。
 
写真:乃梨花

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レポーター

乃梨花(「町旅」女子部)

ひとり暮らしの猫飼い人ゆえ、
長らくショートトリップ派・・でしたが、
最近は、猫を預けて遠くまで足をのばすこともしてます⭐️
(親戚の多い東北へ、行くことが多い最近です。➕日本酒党❤️)

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