陶石の中継地“川湊”として栄えた塩田津の魅力
<佐賀県嬉野市>

博多駅より肥前鹿島駅まで特急で約1時間、駅前よりバスで嬉野市役所塩田庁舎まで約10分ほど、そこからは歩いてすぐ塩田津の町並に至る。
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ここは三方を山に囲まれた町の中央に「塩田川」が流れており、海から干満の差を利用してここまで船が入ってくる川湊だったため「塩田津」と呼ばれたところ。鉄道や自動車が発達するまで物資運搬の中心が舟運であったことは、他所でも触れているが、現在では河川舟運は廃れてしまったので痕跡が残る町は貴重である。ここで主に取り扱われていたのは陶石。有明海を南へ下ったところ、天草で採れる最高級の「天草陶石」を船でここへ運び、ここから陶器生産で有名な「有田」や「伊万里」へ陸路を運ぶという物流の中継地として発展した町だ。
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川湊としてだけではなく「長崎街道」の宿場町としても栄えたこの町には、いまでも白壁の大きな家が建ち並んでおり、一帯は「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。その大きさに圧倒される「杉光陶器店」は、約160年前の建物で、かつては廻船業も営んでいたそうだが、現在は陶器店として陶器や雑貨などを扱っている。
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その隣の「西岡家住宅」は、かつてこの地域の屈指の豪商であり、建物は国の重要文化財にも指定されている。内部へはいると、重厚な箱階段、太い梁や柱、吹き抜けの座敷、組子の欄間など、廻船業を営んだ当時の華麗な生活を窺い知ることができる。
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石畳の路地の奥に寺院の山門が見える、こんな風景はかつて日本の各地で見られたものだが、こういう風情はいまでは貴重なものになってしまった。
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ここはもと「天草陶石」の集荷施設であり、「肥前陶土工業協同組合」の事務所として利用されていたという。現在は「町並み交流集会所」として活用されている。
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面白いと思ったのが、この小屋の下にある鉄板。すぐ裏の川からスロープがついているので、船を引き揚げて修理等をするのに使ったのか?と思ったのだが、じつは計量装置であった。鉄板の上にトラックを載せ、川から荷揚げした陶石を積み込み、車ごと荷重を計量したのだという。管理をされている女性の方から、とても親切に説明していただいた。
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裏は「御蔵浜」と呼ばれる荷揚げ場で、船から荷をおろすためのクレーンを支えていたコンクリート台座がいまも残っている。塩田川は河川工事によって本流が町の外を流れるようになり、いまはこの付近の水量は減ってしまったが、かつて川湊であったことを彷彿とさせる風景だ。
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この洋風の建築物は1940年に建った消防団の建物で、いまも現役で使用されている。こういうモダンな建物がちゃんと利用されているのを見ると、古い町を残そうという地元の方々の誇りと意気込みを見る思いだ。
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ふと見ると、近くのガレージで猫たちがお寛ぎ中であった。毛並もキレイなので大事にされているのであろう。ここにも町のあたたかさが見えると思った。

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レポーター

岡崎 聡

「町旅」編集部

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