わが子を殺めた悲劇により鬼婆と化す~安達ヶ原の鬼婆伝説~
<福島県二本松市>

e13d3b266098235cd6f04b8d98360bca
安達ヶ原の鬼婆伝説をごぞんじだろうか? 我が子を殺して気が狂い鬼となってしまった乳母・岩手の話で、歌舞伎の演目「安達ヶ原」や能の「黒塚」など、日本の伝統芸能の題材としても取り上げられている。東北自動車道二本松ICから車で約10分に位置する観世寺は、その鬼婆を退治した僧・祐慶によって開基されたと伝えられ、境内では鬼婆が住んでいたと言われる岩屋など、伝説にまつわるものを数多く見ることができる。
 

行基作と伝わる「白真弓如意輪観世音菩薩(しらまゆみにょいりんかんぜおんぼさつ)」が祀られている御堂。鬼婆に追いかけられた祐慶がこの像に祈ったところ、像が虚空に舞い上がり白真弓で鬼婆を成敗したといわれている。こちらは60年に一度だけ開帳される秘仏となっている。
 
1919e37eda7d407fbd53773ba58e846a
「出刃洗いの池」はその名の通り、鬼婆が人を殺めた後に出刃包丁を洗ったと伝わる池で、「血の池」とも呼ばれている。鬼と化した老婆が背中を丸め、ぴちゃぴちゃと音を立てながら出刃包丁を洗っている・・・・・。そんな状況にでくわしたら、間違いなく失神するだろう。
 
26896386708979557c2e46f5e8e5f12d
「おくのほそ道の風景地」として国指定名勝になっている「笠石」は、鬼婆が住んでいたと伝わる岩屋だ。この場所で実の娘を殺して鬼と化した岩手が、その後も旅人を殺して喰らった惨劇の舞台である。
 
0008f94b2cf43d01196b21dcde39339d
周囲には鬼婆に殺された赤子の泣き声が聞こえる「夜泣き石」や、旅人が足をとめるようにと呪いをかけた「祈り石」が、伝説を裏付けるように鎮座し、一帯はいまでも独特の雰囲気につつまれている。
 
1ea40c5ca14e31b546708f212f2047db
笠石を裏へまわると「胎内くぐり」と呼ばれている岩の重なり合いでできた隙間がある。大人1人がギリギリ入ることができる広さだが、胎内という言葉と鬼婆が行った猟奇行為が重なってしまい、そんな気分にはなれなかった。
 
DSC_0386-1024x684
境内にある「宝物資料館」には、鬼婆にまつわる伝説の品々が所狭しと展示されていた。鬼婆が住んでいた「岩屋」から出土したとされる生き肝を入れた壺、出刃包丁、人を煮た鍋などがあり、朽ちた姿が生々しい。また、地獄の様子や鬼婆伝説についての絵図も展示されており、おどろおどろしさ満載であった。館内は撮影禁止なので、お見せできないのが残念。
 


観世寺から5分ほど歩いた阿武隈川畔に、鬼婆が埋葬されている「黒塚」がある。観世寺の方に話を聞いたところ、昔はここまでが敷地だったらしく、この黒塚は敷地の隅にあたるらしい。大きな杉の木の下には平兼盛(たいらのかねもり)が詠んだ有名な句「みちのくの、安達ヶ原の黒塚に鬼こもれりと、聞くはまことか」の句碑が建てられている。
 
 
 
 

INFORMATION

地図

レポーター

森 順一郎

鬼と化した1人の女性。しかし、もとをたどると手塩にかけて育てた姫を救いたいとの思い一心で行ったこと。京都から福島まで、道なき道を何日もかけて歩き続けた気持ちの強さには、驚きを隠せない。こんなことを考えていると、ついつい情が湧いてしまった。

関連タグ

関連記事

エリア

(Categories)

タグ

(Keywords)

すべてのタグを見る

おすすめ記事