深山に霊気が集まる、関東有数の神域、奥秩父「三峯神社」
〈埼玉県秩父市〉

標高約1100メートルの三峰山山頂に鎮座する三峯神社は、現代では「関東最大級のパワースポット」として、また、古くからは神気、霊気の集まる名だたる霊山として知られている。
両脇に神木
縁起は古く、約1900年前の景行天皇(『古事記』『日本書紀』で第12代と伝えられる天皇)の時代にまで遡る。景行天皇より国の平定のため東国に遣わされた皇子・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)がこの山の清く美しい風景に強く心を打たれ、社を建立してイザナギ・イザナミの二神を祀り、国の平和を祈ったのが始まりとされる。
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日本に約8万5千の神社がある中で、全国でわずか7つしかない珍しい「三ツ鳥居」を持つ三峯神社(みつみねじんじゃ)。天空近い奥秩父の高所に位置するため「古代の秘境」と称されることもある。じっさいに辿り着くのになかなか骨の折れる、人里離れた山奥にあるためか、古代からの神秘的な雰囲気がよく保たれ、神気が宿るという言葉が肌で感じられるような場所だ。
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一般的には、神社の参道や社殿の前に『魔除けのため』に配置される狛犬だが、三峯神社の「お犬様」は犬ではなく、なんと「狼」のことをいう。しかも、御眷属(ごけんぞく)といわれる『神様のお使い』だ。さらには「お犬様(狼)」は護符の『御神札(おふだ)』としても配られ、信仰の対象そのものでもある。魔除けの狛犬とはそもそも格の違う「お犬様(狼)」だったのだ。
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深い木立の中にひっそりと佇ずむ随身門。明治のはじめに神仏判然令が発令されるまでは、ここ三峯は、天台・真言・修験の三宗を奉じる神仏混淆の山だった。随身門は、かつての仁王門である。つまり仁王像は、仏教アイテムであるため、廃仏毀釈により置くことが許されなくなったのだ。そのときの仁王像は、いまは鴻巣市の古刹・勝願寺へ移されているという。
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元禄4(1691)年に建立され、寛政4(1792)年に再建された随身門は、昭和40年(1965年)春に改修された。扁額は増山雪齋の筆。記録によれば、当初は拝殿正面の青銅鳥居付近に建立されていたという。平成16(2004)年に本殿、拝殿、随身門とともに漆塗りで塗り替えられ、現在のような絢爛たる美観を得た。
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山のなかで道に迷った日本武尊を道案内したとされる狼は山の神「大口の真神」とも呼ばれる。三峯山では、この御眷属を「お神犬」「お犬様(狼)」と呼んだ。この御眷属たちの姿は、境内のいたるところで見られる。すべて崇敬者による寄進だという。雰囲気も表情も個性豊かなため、それぞれのお犬様(狼)たちを見比べながら探索するのも一興だ。
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随身門をくぐり抜けて200mほど行った先に、いよいよ拝殿・本殿へと続く石段があらわれる。石段の頂上には、青銅鳥居が鎮座し、手前にはここにも「お犬様(狼)」の姿が。こちらのお犬様は、エジプト神話に登場する犬の姿をした神・アヌビス像を連想させる神秘的な雰囲気だ。
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弘化二年(1845)に建立された青銅鳥居は、江戸木場堅川講により奉納されたもの。「講」とは同じ信仰を持つ人々の集まりで「講社」ともいう。三峯神社の場合は「三峯講」と呼ばれ、遠隔地にも多くの崇敬者の集団を持つ。最古の講は江戸中期にまで期限を遡るが、商店街などで組織される小さな講まで含めると、大小あわせて全国に約3000件の講があるというから驚きだ。
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嘉永6(1853)年に4年をかけて建立された手水舍(てみずしゃ)は、青銅鳥居と同じく江戸木場堅川講の奉納により建立された。精巧で美しい彫刻で全体が美しく彩られている。
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じっくりと鑑賞する価値のある美しい手水舍の彫刻。そのまま通りすぎてしまうには、あまりに惜しい。
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青銅鳥居を挟んで、手水舍の向かいに建つ八棟灯籠にも、手水舍同様の精緻な彫刻が施されている。いずれも高い芸術性を感じさせる見事な作品だ。
(つづく)
 
写真:乃梨花

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レポーター

乃梨花(「町旅」女子部)

ひとり暮らしの猫飼い人ゆえ、
長らくショートトリップ派・・でしたが、
最近は、猫を預けて遠くまで足をのばすこともしてます⭐️
(➕日本酒党❤️)

【アクセス】
三峰口駅より西武観光バス三峯神社行きで約75分「三峯神社」下車徒歩すぐ
西武秩父駅より西武観光バス三峯神社行きで約90分「三峯神社」下車徒歩すぐ

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