民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶~デカンショ節~<兵庫県篠山市>

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デカンショ節は江戸時代の「みつ節」を起源とする民謡で、約200年にわたり人々が育んできた伝統文化である。人々は歌い継ぐことで伝統や文化を守り伝えてきた。今や300番にものぼる歌詞に新たな時代を反映し、脈々と後世に歌い継ぐ。発祥地は兵庫県篠山。篠山駅からバスで5キロほど移動したところにある、美しい緑に囲まれた盆地だ。デカンショという言葉は「ドッコイショ」が転化したと言われているが、定かではなく諸説あるようだ。
 
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毎年8月には、デカンショ祭りが篠山城址三の丸広場で行われ、約7万人が訪れる。ヨーオイヨーオイのデッカンショ♪の掛け声と手拍子が夏の丹波篠山を賑やかに彩る。全国各地のグルメが大集合する約200店の屋台もおおいに盛り上がりをみせる。
 
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平成24年12月、重要伝統的建造物群保存地区に選定された篠山市福住地区。デカンショ節「夜霧こめたる 丹波の宿の 軒におちくる 栗の音♪」にでてくる宿が、この地区の宿をうたっているかどうかは定かではないが、江戸時代、福住の宿場町に連なる農村集落は茅葺農家でありながら、宿場として賑わったこの地区を補完する役割を担ったとされている。四季折々の表情を豊かに表現する福住の町並みは、この歌の情景そのままを今に伝えている。
 
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旧安間家住宅(現武家屋敷安間家資料館)。デカンショ節「丹波篠山鳳凰の塾で 文武きたえし 美少年♪」に歌われている鳳凰の塾とは、篠山藩の藩校振徳堂(しんとくどう)を前身としている。この安間家は篠山藩主青山家の家臣で、振徳堂において和算の指導を行い学問の振興に大きく貢献した。現在は、和算関連資料等や当時の武家の暮らしを一般に公開している。
 
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全国でも名高い丹波杜氏だが、西尾家はその技術をもって江戸時代から篠山藩ご用達として酒造業を営んでいた。また、江戸後期の俳人西尾武陵(にしおぶりょう)の生家でもある。丹波杜氏への称賛はデカンショ節「灘の名酒はどなたがつくる おらが自慢の丹波杜氏♪」と歌われている。西尾家の母屋は2004(平成16)年7月に、国の有形文化財に登録されている。
 
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1734(享保19)年創業「小田垣商店」は黒豆を扱う老舗だ。デカンショ節「丹波篠山お茶栗さんしょ 野には黒豆 山の芋♪」と歌われているように、黒豆は丹波篠山の特産品である。小田垣商店の外観は、塗屋づくりでとても重厚。2007(平成19)年、店舗や事務所棟を始め10件が国の有形文化財に登録されている。
 
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丹波焼の窯元は、ほとんどが半農半陶というスタイルだったため、大規模な展開はされず家内制で生産している。デカンショ節では「嫁がほしゅうて 轆轤(ろくろ)を蹴れば 土はくるくる 壺になる♪」とユーモアを交えて歌われている。日本六古窯として知られ、1978(昭和53)年、丹波立杭焼の名称で、国の伝統的工芸品に指定された。
 
■画像提供協力:篠山市教育委員会
 
 
 
 
 

地図

レポーター

森 順一郎

人々の喜怒哀楽、希望、生活、文化など、ユーモアを交えながら現代に歌い継がれてきたデカンショ節は、多くの人たちを勇気づけ、笑いとともに幸せをもたらしました。現在、約300番もの歌がありますが、この先も多くの人たちにデカンショ節の素晴らしさが歌い継がれていくことを切に願います。

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