地元ボランティアの方と歩く

藩主が愛した庭園で優雅な回遊を楽しむ
<福島県二本松市>

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三の丸から上へ向かうと、初代二本松藩主光重公から5代高寛公にかけて整備された回遊式庭園が広がる。
 
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新緑の頃も美しいが、ガイドの鴫原(しぎはら)さんのオススメは紅葉時期。池の周りに植えられたカエデが色づき作り出す鮮やかな景色は、何度見ても感動するとのこと。また、10月中旬から11月下旬に園内で実施される「二本松の菊人形」では、一本の茎から千輪以上の花がさく菊や、菊の花で作った衣装を着た菊人形なども展示され、さらに見どころが増える。
 
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池を見下ろす場所に位置している木造茅葺き・寄棟平屋造りの洗心亭は、城内に唯一残る江戸期の建造物で福島県指定重要文化財。創建は1600年代なかばと考えられ、当時は「墨絵の御茶屋」と呼ばれ藩主に愛用されたそうだ。
 
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鴫原さんの解説によると、洗心亭の軒下にある柵は床下に忍び込まれないためのものだという。藩主が使う茶屋なので、万が一にも会話の内容等が漏れないように設置されたそうだ。
 
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桜まつり期間中は、訪問者をもてなす洗心亭「桜の茶屋」として活動し、抹茶セット(菓子付)を500円で提供してくれる。二本松は和菓子の有名どころでもある。上級武士だけが口にできた江戸時代から続く伝統的銘菓を、殿様と同じ場所から庭園を眺めて楽しむ…最高の贅沢を体験できるまたとない機会だ。
 
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奥に飾られた屏風は市内の小学生が制作した作品とのこと。良く見ると二本松の様々な名所が描かれており、お茶を喫しながらボランティアの方々に話を聞けば、旅がさらに味わい深いものになる。
 
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洗心亭からさらに坂をあがると、樹齢300年を越すといわれる「霞ヶ城の傘マツ」が見えてくる。鴫原さんによると「二本松の地名の由来といわれる『旅人の目印となった二本の松(鶴松・亀松)』のうちのひとつ」という説もあるとのこと。確かに、これほど特徴的な形をした松ならば目印として申し分ない気がした。
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下から覗き込むと、これだけの樹冠を支える太い幹が見える。もともと初代藩主の丹羽光重公の命で植えられたといわれるアカマツは、現在に至るまで城のシンボル的存在として大切にされている。
 
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ちなみにこちらは鶴松があったといわれる場所に植えられたという若い松。とくに案内などは見つけられなかったので、鴫原さんが教えてくれなければまったく分からなかっただろう。 場所は傘松から数メートルあがったところ。いまは見るからに若いが、300年のあとには平成期に植えられた鶴松として文化財になっているかもしれない。
 
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庭園内には滝や池が豊富にあるので水源を尋ねてみると、待ってましたとばかりに解説してくれたのが二合田用水の伝承。城にとって命ともいえる水の確保は、初代藩主の命により幕府には届け出ず敷設。無許可のため作業は夜間のみ。測量は提灯や線香を用いて行い、秘密を守るために「逃げた罪人を探すため山狩りをしている」という噂を流したりもしたそうである。
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証拠を残さない為だったのか、当時の資料はほとんど残っていないそうだが、二合田用水を発案した山岡権右衛門(やまおかごんうえもん)は、幕府に発見された場合を考え藩士の身分を辞して計画を進めたと伝わっている。多くの苦労をしてつないだ安達太良山中腹から18㎞に及ぶ水路は、所々を改修しながら今も二本松の各所を潤している。
 
つづく
 
 
取材協力:二本松市役所観光課

INFORMATION

地図

レポーター

恩田 正恒 (町旅編集部)

実は取材の約1カ月前にプライベートで安達太良山と会津磐梯山へ登ってきました。そのときも福島の方々は暖かいと感じたのですが、今回の取材ではそれ以上に多くの方々に親切にしていただき、「東北の人は優しい」という言葉を実感しています。


【二本松観光ボランティアガイド協会 事務局】
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