堀と伝統建築が織りなす美しい商人の町
<滋賀県近江八幡市>

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新幹線の米原から約20分、京都から約40分、近江盆地のほぼ中央に位置する近江八幡は、豊臣秀吉の甥・秀次が開いた城下町。江戸時代には天領となり、近江商人の本拠地として栄えた商都である。
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近江八幡といえば、まずはこの八幡堀(はちまんぼり)。時代劇のロケ地として有名なので、ドラマで見覚えのある人もいるだろう。秀次が築城の際、城下へ船を入れるために堀と琵琶湖をつないだといわれる。この堀に沿って、江戸の風情がたっぷり楽しめる風景が続く。もちろん船に乗って、水上から町並みを見るのもおすすめ。桜や花菖蒲があるので、花の季節なら、もう極楽の気分だ。
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さて、歴史的建造物がとても良好な状態で保存されている町を散策してみよう。まずは、明治10年に建設された八幡東学校。現在は観光案内所「白雲館」。当時6千円といわれた建設費は、ほとんどが近江商人の寄付だったという。町の先人たちが、町の発展のため教育を大切にしたことがうかがえる。
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白雲館の2階から、町並みを望む。甍の連なる眺めが美しい。
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江戸時代末期の建造といわれる「旧伴家住宅」は、畳表・蚊帳・扇子などを商った豪商の商家。
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この日は雛飾りが多数展示されていたが、とても広大な内部空間は太い梁と柱で構成され、昔日の繁栄ぶりを彷彿とさせる。
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そのすぐ向かいにあるのが、昭和28年にヴォーリズ建築事務所により改築された洋風建築の「郷土資料館」。
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奥には、八幡商人の控え宅であったとされる和風建築があり、往時の生活をしのばせるさまざまな用具等が展示されている。
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旧西川家住宅」は、1706年建造の京風の建物。屋号を大文字屋と称した西川家も、蚊帳や畳表で財を成した豪商である。庭の奥に見える土蔵は、全国でも珍しい三階建てで、造られたのは1681~1683年といわれる。
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通りを歩くと、京風の出格子や各戸に配された見越しの松が続く家並みは、いかにも近江商人の町という風情である。このあたり一帯は、国の重要伝統的建造物群保存地区となっている。
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ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(日本名:一柳米来留)は、明治38年に英語教師として来日、キリスト教の伝道、YMCA活動、メンソレータムの輸入・製造・販売など、そして建築家としては携わった建造物が全国に約1600あるという、近江八幡を拠点として活躍したとにかく多彩な人物。彼にゆかりの建築物を巡るのも、この町の大きな楽しみ。上の写真は、ヴォーリズがはじめて設計したといわれる建築「アンドリュース記念館」。
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そのすぐ隣には、ヴォーリズの設計ではないが、伝道師として深くかかわったといわれる「近江八幡教会」がある。江戸の風情だけではなく、明治以降の近代日本の貴重な痕跡が見られるのもこの町の大きな魅力だ。
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ちょっと面白いと思ったのがこの建物。古い町屋を改築して、現役の医院となっている。内部は見ていないが、相当に手が入っていると思われる。古い町並みで景観を壊さない工夫は各地で見るが、こういう例は珍しいのではないか。
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では最後に、八幡山に登ってみよう。まずは山の麓で、草創が131年と伝えられる「日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)」に参拝。重要文化財である拝殿と神殿が、霊気漂う岩崖を背に鎮座している。そして、すぐ隣の八幡山ロープウェイで山頂へむかう。
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頂上の本丸跡には、昭和36年に京都から移築された瑞龍寺(村雲御所)があるが、とにかく眺望が素晴らしいので、天気がよければぜひ登ってみてほしい。ロープウェイ側からは近江の平野が一望でき、お寺を回り込むように反対側へ回ると、西ノ丸跡および北の丸跡からは湖が見える。溢れんばかりに水をたたえる広大な琵琶湖と、その向こうに冠雪の比良山系を望む景観は絶景である。秀次は秀頼の誕生によって秀吉に疎まれ、非業の死を遂げるが、ここに城を築いた理由は、この眺めを見ればよくわかる。平野と湖が一望に見渡せるのだ。

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レポーター

岡崎聡

「町旅」編集部

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