江戸~川越を辿る

いまはなき江戸の昔を偲ばせる蔵造りの商家の町並み
〈埼玉県川越市①〉

東京ではすでに失われてしまった「江戸」の景観をいまに伝える町として近年人気が増し、大ぜいの観光客が訪れるようになった川越。重厚な蔵造りの建物が並ぶ川越一番街の風景はメディアにも登場して、よく知られている。
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しかし、そんな川越に蔵造りの建物が建てられたのは、明治の半ば。明治26(1893年)の川越大火で街の中心部が焼失し、川越商人の財力で江戸東京の大工、左官職人を呼び寄せ、つくらせた耐火建築の建物群が今日に至る「蔵造りの町並み」だ。
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この川越の蔵造りの町並みは、壁が「黒い」のが特徴。これは「江戸黒(えどぐろ)」と呼ばれる色で、武家の象徴だった「白壁」に対して、江戸商人たちが示した遠慮のかたちだという。ただし見た目は地味に見える黒だが、商人たちの「財の証し」といわれるほど、左官には財力を要した。
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ここ「陶舗(とうほ)やまわ」と「町勘(まちかん)刃物店=写真中央」「深善美術表具店」が立ち並ぶ一角が、川越「蔵造りの町並み」中で最大の見どころとなっている。大棟を箱形に覆った箱棟や屋根の両端に丸く盛り上がったかげ盛、大きな鬼瓦と観音開きの扉などが、重厚さに風格をあたえている。
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寛永年間(1624〜44)に川越藩主だった酒井忠勝によって創建されたと伝わる「時の鐘」。川越のシンボルとされ、地元では鐘撞堂(かねつきどう)の愛称でも知られる。木造の3層のやぐら構造で高さは約16m。耐震工事でしばらく鐘が隠れていたが、ようやく外に顔を出した。
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江戸時代初頭から城下の町に時を告げ、約390年もの間、ずっとこの場所で庶民に親しまれてきた時計台。現存の鐘楼は、明治時代の川越大火の直後に再建されたもので4代目とされる。
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川越の蔵造り通りは、和風建築の商家に混ざって大正から昭和初期に建てられた西洋建築が点在しているのも目に愉しい。この石造りの洋館、旧田中家住宅もその中の一つ。大正4年に建てられ、竣工当初は輸入自転車の販売を行っていた。(現在はカフェエレバート)
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寛政4年(1792)に建造された大沢家住宅(左)は、明治26年(1893)の大火をまぬがれて現存する川越でもっとも古い商家であり重要文化財。平成に入り伝統工法によって建てられた蔵造りの家(右)が路地を挟んで横に並ぶが、外観からでは築年数の差がそうとはわからないほど、美麗に修繕がほどこされているのがわかる。
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煙草卸商を営んでいた豪商・4代目の小山文造の旧宅(屋号「万文」)を改装した「蔵造り資料館」。ここ旧小山邸は、川越大火のあと、資力を背景にいち早くこの蔵造りの建物を完成させたという。(※蔵造り資料館は、2016年現在、耐震化工事のため休館中)
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もとは昭和3年に武州銀行川越支店として建てられた川越商工会議所。資生堂本社なども手がけた設計者・前田健二郎によるもの。外観のギリシャ神殿を思わせるドリス式円柱や玄関上部のメダリオンと称される円形装飾により、まさにパレス(!)な迫力ある佇まい。
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天明3年(1783)創業の川越藩御用達の歴史を持つ老舗和菓子店「龜屋」。川越土産の定番で徳川家にも献上されていたという伝統の銘菓「亀の最中」は、老舗の代表菓子なうえに、買い求めしやすい(1コ90円)のも魅力だ。
(②へつづく)
 
写真:乃梨花

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乃梨花(「町旅」女子部)

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