都会の中に突然あらわれる船運で栄えた土蔵と町屋群
〈愛知県名古屋市〉

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高層建築が建ち並ぶ名古屋駅から歩いて約15分の距離に、大都会の喧騒を忘れてしまうほど閑静な住宅街が存在する。堀川沿いの四間道界隈である。
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堀川は名古屋城の築城の物資を運搬するために1610(慶長15)年に開削されたという。その後、舟運に利用され川岸には商家が軒を連ねることとなった。四間道の商人は、味噌、醤油、海苔などの商いで富を築いた。その富の蓄積は、豪壮な商家の建築や土蔵を見れば理解できるであろう。中橋や五条橋付近には今も石畳の荷揚げ場が残され、かつての舟運華やかなりしころの繁栄をしのぶことができる。
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四間道の町並みは堀川の西側に位置し、1700(元禄13)年の大火後、防火の目的で四間(約七メートル)の幅をもった道を設けたことにその名は由来する。四間道に立って通りを見渡すと、堀川方の右側は石積みを築いて一段高く設計され、重厚な土蔵が連なっている。県指定文化財の伊藤家住宅などは、商家のちょうど裏手に当たる。
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堀川から四間道を越えた側は、町家が軒を寄せ合うように連なる地区が集中している。出格子、中二階をそなえた桟瓦葺の瀟洒な町家が、今も住居として使用され興味深い。なかには軒に屋根神様を祀っている町家もある。屋根神様は愛知県や岐阜県の古い町でよく見かける。秋葉社の場合が多く、町会でお世話されていると聞く。コミュニティが健全である証のようにも思えてほほえましい。
 
写真:米山淳一

INFORMATION

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レポーター

米山 淳一〔よねやま じゅんいち〕

獨協大学外国学部英語学科卒業。岸信介事務所を経て、75 年(財)観光資源保護財団(現(財)日本ナショナルトラスト)入所。事業課長、事務局長を経て、06 年退職。現在は母校の獨協大学等で講義を行うほか、地域遺産プロデューサーとして全国で歴史を活かしたまちづくりプロジェクトを推進。現在、公益社団法人横浜歴史資産調査会(ヨコハマヘリテイジ)常務理事・事務局長

一般社団法人 日本茅葺文化協会理事
一般財団法人 茶道宗偏流不審庵理事
日本鉄道保存協会事務局長
東映株式会社「大鉄道博覧会」企画プロデューサー
一般財団法人 東武博物館アドバイザー ほか


【著書】
●歴史鉄道 酔余の町並み(駒草出版)
  http://komakusa-pub.shop-pro.jp/?pid=61024099
●続・歴史鉄道 酔余の町並み〈2016年2月1日発売〉(駒草出版)
●写真集「光り輝く特急「とき」の時代」(駒草出版)
◎「地域遺産みんなと奮戦記」(学芸出版)
◎「歩きたい歴史の町並」 文 米山淳一 写真 森田隆敏(JTBパブリッシング)

http://www.j-yoneyama.jp/

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