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ご近所目線でお伝えする熊本のいま②
セイショコ(加藤清正公)さんが祀られる肥後本妙寺
<熊本県熊本市>


彼(とり坊)のご実家に到着して一息ついたのですが、日中は暑くて出かける気力がわきません。ようやく日が暮れだしたころ、家の近所にある肥後本妙寺にお散歩です。
【とり坊のつぶやき】
地元では通称300段でとおってる本妙寺。昔は近くの高校・大学の部活がトレーニングがてら走ってた。このあたり出身のアスリートは、一度は経験してるんじゃないだろうか。頂上までは結構きつい!昔は走ったけど、今は絶対無理。今も学生たちは走ってるのだろうか?


本妙寺山麓にたつ巨大な「仁王門」は、1919(大正8)年に鉄筋コンクリートで建てられたという本妙寺の総門。遠目には震災の影響は少なく見えましたが、近くによると根元がブルーシートで覆われ、門周辺は立ち入り禁止に…そのためか近所の猫の休憩所になっていました。

仁王門から本堂までは長い参道が続きます。毎年7月23日に行われる「頓写会(とんしゃえ)」があるのですが、今年は震災でによる「仁王門」損壊や安全性の問題で、夜店も出なかったようです。
【とり坊のつぶやき】
普段は静かでいいいところだけど、夏はとにかく蝉がうるさい、とくにクマゼミ!朝の10時くらいになると、いっせいに鳴き出すのだ。テレビの声も聞こえない時がある。東京にいる時は忘れているので、帰ってきたなぁと実感する一瞬だ。歌手の森高千里さんは、この町の出らしい。散歩に出かけるたびに、いつか会えるかな~って思ってしまうのだ。

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参道のわきに並ぶお寺も震災の被害にあってます。

参道の両脇にあったこの像は、右側は無残にも壊れていました。しかし、左側の像はまるで自分で台座から降りたように綺麗に立っています。

参道の途中にある「胸突雁木」と呼ばれる急勾配の176段の石段には、信者から寄進された多数の石灯籠が並んでいたのですが、それも無残に倒れ歩けないようになっていました。

本妙寺はセイショコ(清正公)を祀る浄池廟(じょうちびょう)があることで知られるお寺です。1585(天正13)年に加藤清正が父の冥福を祈るため大阪で開基されたのち、清正が熊本城主になった1588(天正16)年の3年後に熊本へ移ってきた由緒あるお寺ですが、境内も震災の被害にあってしまいました。今回は行けませんでしたが、本堂からさらに石段を上った市内を一望する高台があり、そこでは、高さ約9メートル(台座を含めると約17メートル)加藤清正の銅像が、熊本城を見守っています。残念ながら清正が持ってる槍も、今回の地震で折れてしまいました。

本妙寺から望む「熊本城」です。日をあらためて熊本城にも行ってきました。
 
つづく。

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とり坊 & Sayuri

「町旅」サイトを知って、今回、初投稿してみました。
ときどき【とり坊のつぶやき】が入っています。
これからも、いい写真が撮れたら投稿します。

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