不定期連載 -歴史・文化・芸術の堆積「上野の山」を歩く④-

六将軍と篤姫が眠るトーハク裏の霊廟
<東京都台東区>

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ueno_c00b寛永寺第3霊園の入り口に立つと、庭のように美しく整えられた駐車場の奥に、墓所とは思えない石垣が見える。
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ueno_c00e石垣の手前には重要文化財である常憲院霊廟勅額門がある。門の形式は四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、銅瓦葺。常憲院とは「生類憐みの令」を施行したことで有名な江戸幕府5代将軍・綱吉のことで、前回紹介した根本中堂を初めに建立(上野戦争で焼失)したのも彼である。綱吉の霊廟は1709(宝永6)年に竣工し、非常に整ったものであったと伝えられているが、維新後に解体されたり第二次世界大戦で焼失し、勅額門と水盤舎のみが残っている。
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また、廟内には綱吉のほか有徳院(8代将軍・吉宗)、温恭院(13代将軍・家定)と、2008年NHK大河ドラマの主人公となった天璋院(篤姫)の墓所もある。篤姫は夫であった江戸幕府13代将軍・家定の隣に眠ることができた。これは明治になり将軍家のしきたりが薄れたから実現できたと言われるが、それ以上に徳川家のために力を尽くした篤姫への気持ちもこめられていると思う。
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門前には柵が設けられており近寄ることはできないので、門内にある水盤舎は見ることはできない。しかし、豪華で美しい門を眺めれば、焼けてしまったという霊廟や、徳川家の時代を思い描くことができるだろう。
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ueno_c01第3霊園駐車場の入り口にも徳川家の葵紋がビシッと付けられている。上野の山では様々な場所で葵紋を見ることができるが、きらびやかで大きいモノは、なかなか近くに寄れない。そのためか、ここで記念撮影する人も結構いるようだ。
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東京国立博物館入り口の真裏の一辺と平行して霊園は続く。ここらは本当に静かでゆっくりとした時間が流れているように感じられるため、昼寝や休憩のための車がいつも列を作っている。写真はものすごく渋滞しているように見えるが、エンジンをかけている車は少ないので、意外なほど落ち着いた空気感は保たれているのである。ただし、タクシーに声をかけても乗せてもらえない場合もあるかも。
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そんな車の列を横目に1~2分ほど歩くと、車道沿いの柵の向こうに、2つ目の勅額門が見られる。 こちらも重要文化財である厳有院霊廟勅額門。勅額門の形式は四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、銅瓦葺で、先ほどの常憲院霊廟勅額門と同じ。
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厳有院とは江戸幕府4代将軍・家綱のことだが、浚明院(10代将軍・家治)、文恭院(11代将軍・家斉)も廟内に合祀されている。徳川将軍の墓といえば日光と答える人が多いと思うが、上野の山にだって6人もの将軍が静かに眠っているのだ。
 
つづきます

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レポーター

恩田 正恒

上野の山は行くたびに新しい発見アリ! 次回は他のメディアではあまり紹介していないお寺から続く予定です。

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